【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第180号
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○巻頭エッセイ(31)

叩けよ、さらば開かれん~ドイツの図書館から~
総合科学部教授 依岡隆児

今回で「すだち」も終わりなので、「叩けよ、さらば開かれん」という話をします。説教話ではなく、図書館を愛する皆さんがさらにもう一歩、図書館の世界に足を踏み入れるきっかけとなる話になれば、よいのですが。

とはいえ、図書館の「扉」はかなり重くて、なかなか開きません。そう実感したのは、17、8年前、長期在外研修でドイツにいた頃でした。私が滞在していたミュンヘンには州立図書館や大学図書館、公共図書館などがあります。州立図書館は、その巨大な教会のような建物の入口が自動ドアではなく、高さが3メートルはある大きな木製の扉でした。歴史を感じさせるその鉄枠をはめた扉を開くのには、そうとう力が要ります。そのため、出入りする人たちは次に来る人のために扉を押さえていてくれます。「ダンケ!」という言葉が行きかう光景は、それはそれでいいものでした。

広々とした閲覧室はいつ行っても満員でした。開架書棚に並んでいるのは辞書・事典などが中心で、ほとんどの本が書庫に入っていますので、一般書はいちいちパソコン端末で予約して取り出してもらいます。その取り出しには、ときに一日かかることもあります。レファレンス・デスクには司書が常時待機していて、それぞれの担当分野ごとに利用者の相談にあたっていました。

ベルリンにもベルリン・フィルハーモニーの近くに州立図書館がありますが、とてもモダンな建物で、映画「ベルリン・天使の詩」の舞台となったことでも知られています。ここでも蔵書のほとんどが書庫に入れられていて、同様に本の取り出しには時間がかかりました。ただしこっちは、登録が有料です。6年前に行った時には、係の人の好意だったのか登録料なしで利用カードを作ってもらえたのですが、3年前に立ち寄ったときには、ちゃっかり前回分の登録料も請求されました。ここでは閲覧室ごとに司書がいて、本を探したり調査の相談にのってくれたりしています。ドイツではいつもそうなのですが、黙っていては何も始まりません。一見すると手続きが面倒で司書も無愛想ですが、ひとたび声をかけると、思いもかけぬ本の世界や専門知識に触れることができます。私もあらかじめメールで問い合わせていたところ、専属研究員の部屋に通されたことがありました。その場でわからないことがあると、他館の研究員まで紹介してもらえました。

一方、ミュンヘン大学の方には、中央図書館の他に、それぞれの研究所に付属の図書館(図書室)があります。授業で読まなければならない本があれば、学生はこの図書室に行って配架されているその本から必要な個所をコピーするよう指示されていました。日本語がなつかしくなると、私は日本学研究所の図書室に行ったものです。受付がある事務室にはアルバイト生がいて、貸し出しの手続きをしています。なかには日本語ができる本好きな学生がいて、私が借りたい本を持っていくと、「あ、これ、私も読みました」などと言って、しばしブックトークの相手をしてくれました。中央図書館とは違って、研究所付属の図書室はアットホームで、のんびりしています。

ドイツの図書館は、巨大な施設であったりこじんまりした部屋であったりと様々で、「いちげんさん」にはシステムがとても分かりにくく、ときに不便ですらありました。しかし、図書館を本当に必要とする人のためには、徹底的に相談に乗ってくれたり、思いがけない出会いをもたらしたりする場でした。こうして私は、「叩けよ、さらば開かれん」ということを身をもって体験して、ドイツから帰ってきました。そこは、間口より奥行の方がはるかに広かったのです。

これは日本の図書館でも同様でしょう。私たちは当初探している本があって図書館に行くのですが、図書館員の力も借りながら本の森の中を探し回るうちに、探していなかったが自分が潜在的に求めていたものを見つけることになります。図書館に行く人というのは、実のところ、その「扉」の向こうにこのような予期せぬ出会い、すなわちセレンディピティを求めているのではないでしょうか。

まずは図書館に足を運び、その「扉」を叩いてみてください。そうすればきっと、新しい世界とまだ見ぬ自分にめぐり合えるに違いありません。では皆さん、今度は図書館で、またお会いしましょう!


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