【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第174号
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○巻頭エッセイ(25)

映画「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」トークイベント報告
総合科学部教授 依岡隆児

先日、大阪市立中央図書館での「映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』トークインベント 借りるだけではもったいない!『もっと』使える!図書館』」に行ってきました。

映画「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」(監督フレデリック・ワイズマン、2017年)は東京で上映されるや行列ができるほどの人気だったということもあり、関西でも話題となっているようです。イベントは日曜日の午前というのに、300人収容の大会議室はほぼ満席でした。後日京都でこの映画を全編、見たときも、3時間半の地味な長編ドキュメンタリーであるにも関わらず、こちらも立ち見がでるほどの盛況。普段この種のイベントや映画は敬遠する私も含めて、これだけの人を引き付けるものは、いったい何なのでしょうか。

トークイベントの冒頭、この映画のダイジェストが20分間流されました。そこでは、館の歴史や組織が紹介され、多様な取り組みが映されていきます。館が催すトークショーに進化生物学者ドーキンスが登場したり、室内楽コンサートやダンス教室、情報機器の講習会を開催したり、電話でのレファレンスサービスを行ったりと、驚くほど多彩です。館長をはじめとする幹部たちの資金集めのための会合にもカメラが入ります。しかし、多彩な催しや巨額な資金集めにばかり注目が集まりがちですが、私にはそれ以上に図書館員やここに集う市民たちの生き生きと活動する姿が印象的でした。私は思いました、ボザール様式の本館の荘厳さやいち早くネット環境を整備した先駆性にも関わらず、これは「街角図書館」の巨大集合体なのだと。決して悪口で言っているのではありません。

その後、『未来を作る図書館』(岩波新書)の著者でニューヨーク公共図書館を取材してきた菅谷明子氏が、ボストンからスカイプ出演、この図書館を専門的観点から紹介しました。ここでは情報を作り出すという取り組みがみられるが、それはイベントやパフォーマンスの録画記録まで含んでいて、未来に残すべきかどうかという基準で選択されているとのこと。他方、学童補習講座から就活講習会、移民・マイノリティ支援まで、この図書館は「民主主義のケーススタディ」とでもいうべき取り組みをきめ細やかに実践している。図書館が市民たちに寄り添い、デモクラシーの砦として彼らに頼りにされる存在となっていると、解説されました。

さらに、瀬戸内市民図書館前館長の嶋田学氏が登壇し、利用者個々の能力を最大限に引き出すことを目指すニューヨーク公共図書館の精神を引き合いに出して、ただ資料を所蔵し提供して終わりというのではなく、これからの図書館は市民の潜在的欲求にアプローチしていくべきだと述べ、未来の図書館を垣間見させてくれました。属性が違う人々がつながり別のチャンネルを持つことができる「第3の場」は図書館だから提供できると氏が述べるように、だれであれ知識を得ようとする人々が図書館に集い、知識や人に出会うことで新しいものを生みだすとすれば、なんて素敵だろう!最新機器の導入や立派な建物も大切だが、それは副次的なこと。ニューヨーク公共図書館の根幹にあるものは、シンプルに「図書館は人だ」という考え方なのだと思いました。

今回のトークイベントは、開館以来の入場者数だったと、スタッフも驚くほど。よくある内輪の関係者の情報交換会などではありません。図書館関係者が3割ほどでしたが、一般の人もそれ以上に来ていました。一般にもこれほどまでの期待があるとすれば、図書館も捨てたものではない。いくらでもネットで情報が得られる現代にあっても、図書館にはこうした様々な人が集まる「場」があることに改めて気づかされました。ここで人と人とが生き生きと交流し互いに刺激し合うことができれば、きっと何かが始まる――今回のイベントはそういう希望を抱かせてくれるものでした。


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