今回は、暗号と言う視点で、古典から現代までミステリーの系譜が繋がっていることを見ていきましょう。
アーサー・コナン・ドイルの数あるシャーロックホームズ物の中から「踊る人形」という短編を最初に紹介しましょう。作品中の暗号の解読が、犯人逮捕に直結するという推理小説の古典です。詳細は避けておきますが、この作品でホームズが解読する暗号は、「
踊る人形は、換字式暗号を用いた傑作ですが、それに先行する作品が知られています。エドガー・アラン・ポーによる1843年初出の「黄金虫」がそれです。この短編は、推理小説というより海賊キッドの宝探しをメインとする冒険小説ですが、暗号小説の草分けと位置づけられるものです。一方日本での暗号小説の最初の作品は、江戸川乱歩によって1923年に書かれた「二銭銅貨」と言われています。
古典的な推理小説から現在に至るまで暗号は、ミステリーに良く現れますが、換字式暗号が殆どで、もう一つの主要な古典的な暗号方式である「転置式暗号」は、あまり扱われません。転置式暗号とは、平文の文字(アルファベット)の位置(順序)を一定の方法で入れ替える仕組みの暗号のことで、古典的な軍事暗号として、換字式と共に大切な暗号方式でした。転置式に比較して、換字式がミステリーで良く使われるのは、次のような理由があるように思われます。換字式暗号の解読では、読者は頻度分析を用いた解読を通じて、知的興奮と共に謎解きの快感を味わえます。これに比べて転置式暗号は、単純に機械的で、謎解きの快感が味わえないのです。
しかし転置式暗号のミステリーも皆無ではありません。徳島出身の海野十三によって1948年に書かれた「暗号の役割」を紹介しておきましょう。ただし残念なことに推理小説としては、破綻しています。何と言っても主人公は、暗号文だけでなく暗号の解読の鍵となるデータも同時に手に入れ、事件そっちのけで、暗号の仕組みを淡々と説明して作品が終わるのです。しかし面白い工夫が一つ入っています。主人公が手に入れた鍵のデータは、読める文章に整理されているので、一見鍵のデータであることが分からないのです。この転置式暗号の鍵の秘匿のアイデアを使えば、新たなミステリーが出来そうです。誰かチャレンジしてみてはいかがでしょうか?
最後に「名探偵コナン」にも触れておきましょう。冒頭で、主人公は、偶々目にした本の背表紙のコナン・ドイルと江戸川乱歩から一部を借りて江戸川コナンと名乗ります。アナグラムや地口は、初歩的な暗号ですが、そもそも江戸川乱歩というペンネーム自身、エドガー・アラン・ポーが由来です。このように名前一つをとっても「モルグ街の殺人」から青山剛昌まで、連綿と続いてきたことが分かります。