【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第168号
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○巻頭エッセイ(20)

「温故知新」の旅
総合科学部 平井松午

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

と言っても,私自身は3月末で退職するため,このメールマガジンに寄稿するのは最後になるかもしれません。そこで個人的な話題で恐縮ですが,附属図書館にまつわる思い出を少し紹介させていただきます。

教養部に着任した昭和57年(1982)当時,私は北海道移住を中心とした近代の国内人口移動に関心がありました。研究を進めるには近代の人口統計が不可欠でしたが,徳島大学にも徳島県立図書館にも関係する資料はありませんでした。そこで当時,附属図書館が募集していた大型コレクションに明治・大正・昭和前期の『府県統計書集成』マイクロフィルム版(504+636リール)を申請したところ幸いにも採択され,併せて新式のフィルムリーダー機も図書館に購入していただきました。今のように検索可能なデジタルデータではないため,来る日も来る日も,あまりエアコンの効かない保管室でリール式のマイクロフィルム数百本を手動で回し,ようやく目当ての統計データを探し出して該当個所のコピーを取ったことが懐かしく思い出されます。

平成元年(1989)6月に人文地理学会特別例会を開催した際には絵図展を開催し,附属図書館に所蔵されていた阿波・淡路国絵図や伊能図などを展示しました。ただし,展示施設・器具はなく1日だけの展示でしたので,現在の教養教育4号館の教室を借りて開催しました。広げると縦4m×横5mにもなる元禄度の阿波国大絵図は机を50台以上も並べて平置きにし,緩衝材を付けた洗濯挟みで伊能図をパネルに固定するなど,今では“絶対に許可されない”展示でした。貴重資料の扱いに当方が疎かったことは否めませんが,学会員からは「間近で伊能図が見られるとは思わなかった」というお褒めの言葉?をいただきました。当時の図書館職員のご理解とご協力に感謝する次第です。

平成5年(1993)4月に総合科学部に異動し,最初の地理学実習でまず手がけたのが附属図書館の絵図調査でした。先の絵図展で附属図書館所蔵絵図の重要性について古地図の専門家からお話を伺っていたことや,移民研究では学生が興味を持ってくれそうになかったことが,その理由です。私が着任する以前に教育学部におられた阿子島功先生が作成された絵図目録を手がかりに,2~3年かけて200点以上にのぼる古地図・絵図類を悉皆調査しデータベースを作成しました。この間,私自身も国絵図研究会に参加して,絵図研究やその扱い方についても一から勉強することになります。

絵図調査が一段落した平成8年に,附属図書館から絵図のデジタル化について相談を受けました。当時の私は「デジタル化」の意味をよく理解できていませんでしたが,試行的に作成した国絵図画像データの文字がパソコン上で実物(元図)よりも大きく明瞭に判読できる技術には驚かされました。以後,平成9年度には国絵図など6点の絵図画像データの館内閲覧を開始,平成11年度には附属図書館HPに「近世古地図・絵図高精細デジタルアーカイブ」を立ちあげ,平成20年には同アーカイブのネット配信を開始,平成26年(2014)には「伊能図学習システム」の公開など,徳島大学附属図書館は古地図画像データの作成・公開においてパイオニア的な役割を果たしてきました(詳細はメールマガジン「すだち」2017年7月号,No.150を参照)。

私自身の研究では,こうした古地図・絵図の高精細画像データをGIS(地理情報システム)というデジタルマッピング手法を用いて解析する「歴史GIS」あるいは「古地図GIS」と呼ばれる新たな分野に取り組んできました。経緯度などの位置情報を持たない古地図・絵図の画像データをGISソフト上でジオリファレンス(幾何補正)して位置情報を付与し,古地図・絵図に記載された地図情報を現代のデジタルマップやオルソ空中写真などと重ね合わせることで,地域の移り変わり(景観変化)をダイレクトに可視化し分析する研究です。その際には,附属図書館が所蔵する城下絵図や実測分間絵図,伊能図なども題材にGIS研究を進めてきました。扱う素材は古地図でも,新たな研究手法により,これまでとは異なる知見も得られることから,まさに「温故知新」の研究と言えるのかもしれません。

「平成」という時代は今年4月で終焉を迎えますが,その最初の年に附属図書館の絵図と出会い,デジタル化事業や古地図GIS研究に携わってきたこの30年という歳月は,私にとって「温故知新」の旅だったのかもしれません。新たな出会いと発見が続いたこの「温故知新」の旅は新鮮で楽しく,これからもどう展開するか期待感でいっぱいですが,附属図書館ならびに職員皆様のご理解とご支援がなければこの旅は前に進めることができませんでした。改めて,関係各位に感謝申し上げる次第です。ありがとうございました。


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