【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第162号
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○巻頭エッセイ(14)

蜂須賀家と伊能図
総合科学部 平井松午

ちょうど一年前のメールマガジン「すだち」(徳島大学附属図書館報No.150)で附属図書館HPに掲載している「伊能図学習システム」の古地図サイトを、そして徳島藩主であった蜂須賀家旧蔵の伊能図が附属図書館に収蔵された経緯について「すだち」(同No.154)で紹介してきました。

次にあげる合計10舖(枚)の地図は、徳島大学附属図書館に所蔵される伊能図のリストです。いずれも直径0.2mm大の極小針孔(針穴)が多数確認される大名家献上本の伊能図「副本」で、桐箱に収納され地図仕立ても美麗なことから、全国の「伊能図」の中でも優品とされています(渡辺1994)。これらの地図は、附属図書館HPの「近世古地図・絵図コレクション高精細デジタルアーカイブ」「伊能図学習システム」の古地図サイトで閲覧できます。縮尺1/216,000の中図「沿海地図」と「大日本沿海図稿」とで、おおむね日本列島をカバーしています。

・全6-1~3(中図3舗) 「沿海地図」上・中・下

・全11~14(中図4舗) 「大日本沿海図稿」五畿 東海、山陰 山陽、南海、西海

・諸45-1~3(大図3舗) 「豊前国沿海地図」1・2・3

このように説明すると、「えっ、伊能図は全国にあるの?」と思われるかもしれませんが、その通りです。伊能忠敬(1745~1818)が生前に作製した大図・中図・小図については、伊能忠敬記念館(千葉県香取市佐原)所蔵の控図約100点のほかに、針孔がある副本や針孔がない写本類が全国各地に100点余が確認され、それらは描画範囲や様式、彩色、記載内容も異なります。後者の中には、全国測量を行った伊能忠敬が各地の大名から依頼されて作製(複製)したものも含まれます。蜂須賀家は、大坂出身で幕府天文方(江戸)において忠敬の指導にあたった天文学者の間 重富(1756~1816)を介して、忠敬に伊能図の作製を依頼しています。ただし、蜂須賀家に献上された伊能図は第7次測量までの未完成図で、北九州や伊豆諸島・江戸府内の第8~10次測量の成果は含まれていません。

伊能図(副本)が蜂須賀家に献上された経緯については、大谷亮吉『伊能忠敬』(219頁)に次のように紹介されています。

「愈御平安被遊御座候、奉恐喜候然ハ間〔重富〕氏ゟ先年阿波侯御頼ニ而四国九州地図認候所其頃ハ九州不備候而半分遺候由、然ル所去年中ゟ阿波候間氏江先年之例を以認くれ候様御頼之旨年来之事ニ付、御覚ヘ不被遊故、間氏在府之事ニも被思召候段、並ニ阿波候ゟ尊君〔高橋景保〕並ニ下拙〔忠敬〕右間氏ヘも御挨拶も有之候旨、当間氏ゟ申来候由、委細奉承知候扨下拙覚候ハ右間氏在府之節ニ阿波侯ゟ無拠御頼之由ニ付、愚老〔忠敬〕江相談有之候間、御内々相伺申酉戌亥測量之沿海地図丑寅測量之駿遠三尾勢紀泉ゟ中国迄ノ図ヲ差遺申し候四国九州之図ハ遺不申候(中略)、扨阿波侯ヨリ御挨拶之儀間氏ハ如何ニ御座候哉、尊君並下拙方江ハ何之御沙汰も無之候 一阿波候ゟ残図而已御懇望之由ニ御座候得共四国九州ノ上下ニ中国も上方筋も街道筋も細測仕候間残図斗ハ差上兼申候前ニ上候図も(以下欠損)」 ※下線と〔 〕は平井補注。原史料は所在不明。

この文書をもとに、大谷は「これ蓋し文化の末にあたり忠敬より景保に送りたる書簡の下書なるべく、これによりて徳島藩の夙に間重富を介して忠敬より本邦東半部及中国地方の実測図を得更に又其他の図を求めて其交渉を開けることを知るべきなり。」とし、沿海地図の入手を切望した諸侯大名の一例として紹介しています。

当時の阿波侯は、徳島藩第11代藩主の蜂須賀治昭(1758~1814)で、在位は明和6年(1769)~文化10年(1813)、蔵書家としても知られ「阿波国文庫」(6万冊の蔵書)の充実や藩撰地誌『阿波志』の編集などを命じています。忠敬に「何之御沙汰も無之」ったのは、治昭が文化11年に逝去したことも影響しているのかもしれませんが、上記の文書からは徳島藩主の伊能図への並々ならぬ関心の高さを伺い知ることができます。

最終版伊能図とされる「大日本沿海輿地全図」が幕府に提出されるのは、忠敬没後の文政4年(1821)で、幕府に提出された大図214舗、中図8舗、小図3舗からなる正本セットは明治6年(1873)の皇居(旧江戸城)の火災で焼失し、それを受けてのちに東京帝国大学が保管していた伊能家旧蔵の副本セットも関東大震災で失われてしまいます。それゆえ、原本が失われてしまった「伊能図」の実像に迫るには、生前に忠敬が大名家などに献上した最終版以前の伊能図を比較分析する必要があります。そうした点からも、徳島大学附属図書館所蔵の伊能図は学術的・文化財的価値が高い資料といえます。

明治維新150年を迎えた今年2018年は、伊能忠敬没後200年にもあたります。こうした機会に、改めて伊能忠敬の成果である伊能図研究の新展開が待たれるところです。


参考文献

大谷亮吉(1917):『伊能忠敬』岩波書店。

平井松午(2016):徳大本伊能図の来歴・特徴と日本東半部「沿海地図」の比較分析、『平成26・27年度伊能図検証プロジェクト成果報告書』徳島大学附属図書館、1~24頁。

渡辺一郎(1994):徳島大学附属図書館の伊能図について,古地図研究,25,2~7頁。


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