【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第160号
メールマガジン「すだち」第160号本文へ戻る


<不定期連載>読書Fun!?司書Sが楽しく読んだ本をご紹介します(第21回)

5月。ゴールデンウィーク気分もすっかり抜けて,新入生のみなさんも,在学生のみなさんも,そして大人のみなさんも何だかお疲れではないですか? そんな時に,おすすめしたい本がこちら。「生きるとは,自分の物語をつくること」。


これは,小説家の小川洋子さんと,臨床心理学者の河合隼雄先生の対談集です。

この二人の対談って!と,それだけで食いつきたくなる人も沢山いると思いますが,「??」という方のために軽く解説。

小川洋子さんは,ちょっと不思議な小説を書かれます。静かに,でも淡々とずれていく,独特の世界に引き込まれていく感じ(私の印象)。

「妊娠カレンダー」で芥川賞を,「博士の愛した数式」で読売文学賞,本屋大賞を受賞。「博士の愛した数式」は映画化されています。

河合隼雄先生は,臨床心理学者で,日本で初めてユング心理学を紹介した方です。晩年は,文化庁長官を務められました。2007年没。

カウンセリングの本や,心理学と昔話の研究などのほか,対談集なども沢山出されています。

ちなみに,講演も大変面白かったです(ずっと昔に拝聴しました)。関西出身だからか,笑いを取りにくるんですよね・・・。


という訳で,この対談集も,二人の軽妙な会話が続き,大変読みやすい。

でも,読んでいるうちに,大事なことがぽろぽろっと語られているのに気づきます。対談は2篇あり,そのうちの一つは映画化された「博士の愛した数式」がテーマになっているのですが,作者の小川洋子さんも気づいていなかった,小説の様々な要素が持つ「心理学的な意味」が次々と解き明かされていきます。

例えば,「ルート」という少年の名前の持つ意味。博士が「数」で人との距離をとることの,合理性。あまり書くとネタバレになるのでここでは書きませんが,物語が,作者の意図を超えた意味をもって一人歩きする不思議さに驚きます。

昔話に潜む心理学的な意味を研究されてきた河合隼雄先生ならではの,深い洞察です。


さらには,河合隼雄先生がカウンセラーとして何を大事にしていたか,何が起こると上手くいくのか,いかないのかが折々に語られ,「カウンセリングの真髄」に触れているように感じられます。

いくつか,「これは」と思った部分を挙げてみましょう。

「(数学の線分の話から)線を引いて,ここからここまでが人間とする。心は1から2で,体は2から3とすると,その間が無限にあるし,分けることもできない。・・・分けられないものを分けてしまうと,何か大事なものを飛ばしてしまうことになる。・・・分けられないものを明確に分けた途端に消えるものを魂という。(p.27-28)」

「患者さんが治っていく時には,何か『ものすごくうまいこと』が起こる・・・都合のいい偶然が起こりそうな時に,そんなこと絶対起こらんと先に否定してる人には起こらない。(p.53)」


小川洋子さんはこのような河合隼雄先生との対談を通して,自分の位置を発見できた,と言います。「誰かの心を支える,現実と折り合いをつけるための物語があって,小説家はそれを書き留めていく。世界中にあふれている物語を書き写すのが自分の役割」だと。

また,臨床心理の仕事について「自分なりの物語を作れない人を,作れるように手助けすることだというふうに私は思っています(p.46)」と述べると,河合隼雄先生も大いに賛同します。

そこに,私たちが物語を読む意味があるのでしょう。その物語は,私のための物語かも知れないのです。


と,このように,この対談集を読めば,河合隼雄先生のカウンセリングを受けている気分になれます。また,小川洋子さんの物語を追体験することもできるのです。これは元気がでます。

「元気もらいました!」ではなく,じわじわと芽吹く感じ。元気が長持ちする感じです。

ところが,残念なことにこの対談は突然,終わります。河合隼雄先生が亡くなってしまったから・・・。


しかし,追悼として寄せられた,小川洋子さんのエッセイが素晴らしい。

対談の中で語られた大事な,でも会話として流れてしまった要素を,深く掘り下げ,言葉としてつなぎとめ,読む者が受け取りやすい形にしてくれているのです。

この部分があるからこそ,この対談を深く味わうことが出来るのだと思います。


自分の物語が上手く作れないときは,どこかにそのヒントとなる物語があるのかも知れません。

この本がそのヒントの一つになればいいな,と思いつつ,河合隼雄先生の新幹線の言葉遊びを紹介して終わりましょう。

「望みがないときはどうするんですか。『のぞみのないときはひかりです』」

2年ぶり(!)のこの不定期連載が,誰かのひかりになりますように。


「生きるとは,自分の物語をつくること」の情報