【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第157号
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○寄贈著書コーナー

石川栄作・石川晶子・柳瀬朋子著
「板東俘虜収容所『第九』百年の国際交流」の内容紹介
徳島大学名誉教授 石川栄作

「板東俘虜収容所『第九』百年の国際交流」

昨年(2017年)は第一次世界大戦中に徳島県大麻町に板東俘虜収容所が設置されてからちょうど百年、そして今年(2018年)はその板東俘虜収容所でドイツ俘虜たちによってベートーヴェンの『第九』が演奏されてからちょうど百年になります。この『第九』日本初演百周年に合わせて私たち親娘 (おやこ) は三人で標記の著書を出版しました。私は長年徳島日独協会の事務局長を務め、妻は徳島交響楽団の一員として鳴門『第九』第一回演奏会からヴァイオリンを弾き、また娘(現在柳瀬)は卒業論文と修士論文 で板東俘虜収容所とベートーヴェン『第九』を取り扱いましたので、ベートーヴェンの音楽をこよなく愛してきた三人がそれぞれに体験したことを集大成すれば、標記のテーマで一つ記録・報告書ができるのではないかと考えて、出来上がったのが本書です。本書は徳島大学で39年間教育研究やボランティア活動に励んできた私にとって「徳島39年の記録」でもあります。定年退職 (2017年3月) の記念にその徳島生活39年を一冊の著書のかたちにすることができて、たいへんうれしく思っています。昔も今もいろいろとお世話になっている徳島大学附属図書館の「メールマガジン」の場をお借りして、ここでその内容について紹介させていただきます。

本書は五章から成っていて、その前後に「はじめに」と「おわりに」を付け加えていますが、まず本書執筆のきっかけを記した「はじめに」に続く第一章では、「板東俘虜収容所とドイツ俘虜たち」について先行の研究書や学術論文等を参考にしてまとめました。鳴門市ドイツ館からは貴重な写真掲載の許可をいただき、随所にたくさんの板東俘虜収容所関係の写真を掲載することができました。この第一章を読むだけで板東俘虜収容所の設置から閉所までの歴史とともに、そこでのドイツ俘虜たちの文化活動を概観することができるかと思います。俘虜の身分でありながら、さまざまな文化活動に専念することに「喜び」を見出しながら、ドイツ俘虜たちはそこに一つの「ドイツ文化」を残していったことは、まことに驚嘆すべきことです。とりわけドイツ俘虜たちが1918年6月1日に収容所内でベートーヴェン『第九』を演奏したり、1919年の夏には病没した11名の仲間たちのために慰霊碑を建立したことなどが、のちに日独間の百年の国際交流に繋がっていくのです。そのようなドイツ俘虜たちの文化活動を支えた松江豊寿所長の「弱い立場の者を思いやる心」「寛容な心」の由来についても詳しく述べています。

第二章では「ベートーヴェン『第九』とドイツ俘虜たち」について、娘の卒業論文と修士論文を活用してまとめました。ベートーヴェンの生い立ちからオペラ『フィデリオ』を経て『第九』が出来上がるまでの過程を詳細にまとめるとともに、『第九』第四楽章の「歓喜に寄せて」の素材となったシラーの詩もすべて掲載しています。そしてドイツ俘虜の一人ヘルマン・ハーケが故郷ドイツの母親にあてて書いた多くの手紙を引用しながら、板東俘虜収容所でのドイツ俘虜たちの心情を探っています。この一人の俘虜の心情は同時にドイツ俘虜たち全体の心情でもあったと捉えて、ドイツ俘虜たちがどのようにベートーヴェンの音楽に魅せられたのか、彼らにとってベートーヴェンとはどういう存在だったのか、そして彼らにとって『第九』とは何であったのか、そのあたりについても詳細に述べています。

第三章では「元ドイツ俘虜たちと鳴門市ドイツ館建設」と題して、第一次世界大戦に続いて第二次世界大戦でも捕虜生活を体験した人が多い元ドイツ俘虜たちの板東俘虜収容所への「熱い思い」を綴り、彼らのその「熱い思い」が鳴門市ドイツ館建設に繋がっていった過程を詳細にまとめています。その「熱い思い」はのちには子孫などにも受け継がれて、それが今日まで続いている「百年の国際交流」の源流となっています。松江豊寿所長の「弱い立場にある者への思いやり」「他人を思いやる心」「寛容な心」が、元ドイツ俘虜からその子孫や地元の人たちにまで受け継がれていることは、すばらしいことです。

第四章では「ドイツと日本の架け橋――二人のドイツ兵墓地――」のテーマで、その「他人を思いやる心」「温かい心」から異国の地に眠るドイツ俘虜の墓地を整備された徳島の人たちのボランティア活動を中心にしてまとめています。この墓地整備がのちの日独間の国際交流のきっかけとなり、現在、その墓地にはドイツの彫刻家から寄贈していただいた記念碑「悲しみを超えて」が建っています。そしてそこでは徳島日独協会と徳島少年少女合唱団との共催により二人のドイツ兵の鎮魂祭が毎年5月下旬に行われていることなどを詳述しています。

第五章は「ベートーヴェン『第九』による地方創生」と題して、2006年に公開された東映映画『バルトの楽園(がくえん)』から始まって、その映画ロケ村のボランティア活動や徳島エンゲル楽団の演奏活動、その他いくつかの講演などについてまとめています。

最後に、「おわりに」を付け加えて、そこでは全体をまとめていますが、私たち著者三人が本書で伝えたかったことを記載しています。板東収容所をめぐる国際交流は、さまざまな「苦しみ」をくぐり抜けてきた人たちの他人を思いやる「やさしい心」と「温かい心」があったればこそ、百周年を迎えた現在にまで続いていることを述べています。

以上、「はじめに」から始まって、第一章から第五章まで、そして「おわりに」を読んでいけば、板東俘虜収容所をめぐる『第九』百年の歴史を概観することができる点に、まずは本書の意義があるのではないかと思っています。そして本書を執筆しながら改めて感じたことは、ドイツ俘虜たちはドイツの文豪ゲーテにも代表されるような、ドイツ人の伝統的な「創造の喜び」を心の支えとして、苦しい俘虜生活を克服していったということです。ベートーヴェンの『第九』の真の「歓喜」が「苦しみ」から生れたように、ドイツ俘虜たちの「喜び」もまた不安で不自由な俘虜生活の「苦しみ」の中から生れたのです。「生れた」というより「喜び」を「勝ち取った」と言った方がよいでしょう。「苦しみ」を努力によって「喜び」に変えるドイツ俘虜たちの不屈の精神には、本当に驚かされます。

私もこのドイツ俘虜たちのことを勉強しているうちに、39年間の教員生活の到達点として、教養を身につけるとは、畢竟(ひっきょう)、さまざまな苦境にも負けることなく、強靱(きょうじん)な心をもってそれに耐えながら、努力を続けることで、ドイツ俘虜たちや松江豊寿所長が持ち合わせていた「他人を思いやる心」「寛容な心」、一言で言えば、「包容力」を身につけることではないかと思うようになりました。板東俘虜収容所『第九』をめぐる百年の国際交流からは、さまざまな大切なことを学ばせていただきました。このメールマガジンをお読みの皆さんも、どうぞこの機会に本書をお読みになって、元ドイツ俘虜たちや地元の人たちの「熱い思い」を感じていただければ幸いです。そういうドイツ俘虜たちや地元民の「熱い思い」を後世に伝えていくことが、私たち筆者三人の願いです。

なお、本書は徳島大学生協書籍部(常三島キャンパス)とそごう8階の紀伊國屋書店で販売しています。価格は本体800円+税です。


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