【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第132号
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○M課長の図書館俳句散歩道 (新年 申年の巻)

平成28年申年となりました。十干十二支では「丙申(ひのえさる)」になります。

動物のサルは「猿」と書きますが,干支のサルは「申」と書きます。本来の読みは「しん」で,稲妻を描いたもので,「電」の原字です。『漢書律暦志』では「申堅」とし,草木が伸びきり,果実が成熟して堅くなっていく状態を表すと解釈されています。

後に,覚えやすくするために動物の「猿」が使われるようになりました。


さて松尾芭蕉が1644年の申年生まれであったことはご存知でしょうか?

余談ですが,坂本龍馬も1836年生まれの申年生まれです。


年々や猿に着せたる猿の面         松尾芭蕉


元日に猿回しがやってきて,猿に猿の面を付けて芸をさせている。自分もまた猿と同じように,進歩もなく,旧年同様の愚をくり返すのだろうかという意味です。

元禄6年の歳旦である。元旦と前書きがあり,猿回しの情景が想像されて,新年の季感が十分に伝わる句です。


歳旦をしたり貌(がお)なる俳諧師       与謝蕪村


こんな古くさい掛け詞を織り込んだ歳旦句に得意顔をしている俳諧師たち,蕉門全盛の俳壇の復活を願い,その抱負を裏返して詠んだ自嘲的な俳句です。


元日や 上々吉の 浅黄空          小林一茶


「浅黄」は浅葱(本来はネギの古語)の当て字で,わずかに緑色を帯びた薄い青色のことです。

元旦の朝から上々の天気でとてもいい年になりそうである。


正月の子供に成りてみたき哉        小林一茶


一茶35歳の時の句です。幼くして生母を失い,一人江戸に奉公に出て苦労し,その後妻や子供の夭折の中で人並みの小さな幸せを求めながら,懸命に生きている彼の姿に胸が熱くなります。


「新年」の季語には,初春,初詣出,書き初め,初空,初日,初夢,初風,初晴,初凪,初富士,初景色,初湯,初荷馬,初暦,初旅,初句会,初不動,初場所など,まさに「初づくし」のめでたい季語が並びます。


御手洗の杓の柄青し初詣          杉田久女


参詣する前に手や口を清める御手洗所。石造りの水舟に,青竹を渡し柄杓をいくつか置いてあります。石舟に渡された青竹ばかりでなく,柄杓の柄も青々している。宮中行事の「節折」などにも使われる竹は,悪疫を祓うとされる植物。その竹の青から淑気が立ち上ります。


初日さす硯の海に波もなし         正岡子規


初日とは元日の日の出やその日差しを言います。

初日の出早々,子規は墨を擦り,なにかを書こうとしています。日の出を連想させる海,その波もない硯の海には,穏やかで静かな彼の心境があります。結核という不治の病の中で書を認めることは,遺言のような思いのようなものであったのかもしれません。


初凪や白髭橋はうすうすと         山口 青邨


元日の海が凪いでいます。隅田川かかる白髪橋は,うっすらとかすかに見えています。

おだやかな元日の景色です。


からからと初湯の桶をならしつつ      高浜 虚子


新年になって初めて湯に入る気持ちが,「からからと」に集約された気持ちのいい初風呂の俳句です。


宇佐に行くや 佳き日を選む初暦       夏目 漱石


明治32年,漱石が学友の居る宇佐に正月早々から出かけた時の句,「初暦」は新年に初めてこの年の暦を用い始めることから,まさに佳き日を選んで友人に会える日を楽しみにしている気持ちが伝わってきます。


初場所の土俵はやくも荒るるかな      久保田万太郎


正月に行われる大相撲の本場所。番付上位が負けるいわゆる波乱の場所。番狂わせが多い 初場所です。


雑煮食ふてよき初夢を忘れけり       正岡子規


この句は新聞「日本」の明治32年1月2日「歳旦十題・初夢」に掲載されています。「子規全集」では明治31年の「新年」の項に載っています。

明治31年当時既に根岸の子規庵で病臥の子規ですが,雑煮を腹一杯食べて満足感で「よき初夢」も忘れてしまったと素直に解釈すると彼らしい滑稽味を感じます。

さてこの句の季語は,「雑煮」それとも「初夢」でしょうか?「雑煮」は元旦の朝,そして「初夢」は元旦の夜,忘れた「初夢」が季語になるようです。


図書館へ いそいそ歩く 初詣出


今年も図書館を多いに利用してください!


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