【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第124号
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○「知的感動ライブラリー」(96)

ビゼーの歌劇『カルメン』
総合科学部教授 石川榮作

1.歌劇『カルメン』の題材と初演

フランスの作曲家ジョルジュ・ビゼー(1838-75)は1872年にドーデの戯曲『アルルの女』の付随音楽を書いてから名声が少しずつ高まり始めた頃に、パリのオペラ=コミック座の支配人カミーユ・デュ・ロクルから「三幕のオペラ・コミック」を書いてほしいとの依頼を受けた。そのときビゼーはプロスペル・メリメの小説『カルメン』を題材として、台本をリュドヴィク・アレヴィとアンリ・メイヤックに頼んで、それをオペラ=コミック座に提出したが、悪魔のようなジプシー女や密輸団を主人公にしたようなオペラは上演するわけにはいかないとクレームをつけられた。それを受けて二人の台本作者は、台本に少し修正を加えて、主人公たちの性格を和らげることで、歌劇『カルメン』が出来上がることになるが、それでも当時のオペラ=コミック座の聴衆にはスキャンダラスな題材のために受け容れられずに、1875年3月3日のオペラ=コミック座での初演は失敗に終わった。しかし、大失敗だったのは初日だけで、不道徳でスキャンダラスな内容が逆に話題を呼んで、その後は聴衆もだんだんと増え続けて、絶賛されるようになった。確かに物語の内容は、邪悪なジプシー女を主人公とした不道徳きわまりないものであるが、しかし、あちこちには親しみやすいメロディがちりばめられていて、現在ではたいへん人気のあるオペラとしてひんぱんに上演されている。以下、あらすじを順に辿りながら、このオペラの聴きどころ・見どころなどを紹介していくことにしよう。

なお、歌劇『カルメン』は全体を三幕構成にするものと、四幕構成にするものとがあるが、ここでは後者の四幕構成に従ってまとめることにする。


2.歌劇『カルメン』のあらすじと聴きどころ・見どころ

第一幕

冒頭の前奏曲から聴きどころである。知らないうちによく耳にしている有名な「闘牛士の入場」の華やかで力強いメロディで始まって、続いて軽快なメロディの「闘牛士の歌」が聞こえてくると、つい楽しい気分となる。しかし、冒頭の「闘牛士の入場」のメロディが繰り返されたあと、一転して不気味な「運命のテーマ」が奏でられて、このオペラの最終場面の悲劇を予感させる。この前奏曲はオペラ全体の内容を見事に表現していることが理解できよう。

前奏曲が終わって、第一幕の幕が開くと、第1場はスペイン・セビリアの町の広場である。衛兵詰所の前で龍騎兵の15人ばかりの兵士たちと伍長モラレスが通行人たちを眺めながらのどかな雰囲気の中で合唱しているところへ、清純な田舎娘のミカエラがやって来る。彼女はこのオペラの主人公の一人で龍騎兵の伍長であるドン・ホセの許嫁(いいなずけ)であり、彼に会うためにここへやって来たのである。そのときドン・ホセはそこにいなかったが、しかし、もうすぐ当番が交代するので、入れ替わりにやって来るだろうということであった。それを聞き知ると、ミカエラはあとでまた来ることにして一旦退いて行く。

やがて衛兵の交代を告げるトランペットの音が鳴り響いて、第2場となって、子供たちが軽快な合唱をしながら、衛兵たちと一緒に行進して入って来る。この場面の子供たちの合唱も軽やかで、聴きどころであろう。その場に現れた伍長ドン・ホセは交代の伍長モラレスから一人の女性が訪ねて来たことを聞くと、それがミカエラであることを悟る。

衛兵たちが交代すると、第3場となって、中尉スニーガと伍長ドン・ホセの間で対話が展開され、そこでドン・ホセは自らの身の上を話すことになっている。それによると、ドン・ホセは「坊さんになれと言われて勉強したが、それも駄目になって、放蕩三昧(ほうとうざんまい)の毎日を送っているうちに、村にも居られなくなって、龍騎兵に入った」という。そして「父親はとうに死んでいたが、母親があとを追って来て、セビリアから10里ほど離れた村に住みついて、ミカエラという17歳の女の子と一緒に住んでいる。ミカエラは母親が引き取って育てた孤児で、母親から離れようとしない」という。ただこの二人の対話は通常カットされることが多い。

昼休みの鐘が鳴ると、第4場となって、近くの煙草工場から女工たちが出て来る。それを若者たちが待ち受けていて、そこで「煙草の煙」を内容とした男声と女声の合唱が繰り広げられるが、煙草の煙がゆったりとたなびいているようなメロディで、どこか官能的な匂いも漂うようなメロディで、とても印象的な合唱である。

その女声と男声の合唱が終わると、主人公のジプシー女でその煙草工場で働いているカルメンが姿を現す。第5場である。若者たちが彼女に興味を示す中、カルメンは「恋は言うことを聞かない小鳥、飼いならすことなど誰もできない」で始まるあの有名な「ハバネラ」を歌う。ハバネラとはキューバのハバナの舞曲で、スペインでも流行していたと言われている。このカルメンの歌う「ハバネラ」がもちろん第一幕の最大の聴きどころであろう。若者たちはカルメンを取り囲むが、カルメンはその一人一人を見つめてから、関心を示さずに、その輪から抜け出す。カルメンの関心は、自分に興味を示さないドン・ホセにあるようである。このとき「運命のテーマ」が奏でられて、カルメンはドン・ホセに近づいて、手にしていた花をポンと投げてから、笑いながらその場を立ち去って行く。一同も退いて行く。

ドン・ホセが一人そこに残って、第6場となり、彼はカルメンの振る舞いについて考えながら、「女と猫は呼んでも来ないが、知らん顔をしていると近寄って来るというのは、本当だな」と独り言を口にする。地面に落ちていた花を拾い上げて、「投げつけられたときには、弾丸が来たかと思った」とも言う。またその花の匂いを嗅いで、きつい匂いに驚いて、「魔女がいるとしたら、あの子なんかがまさにそれだな」と思ったりもする。

そうしているところへミカエラが登場して、第7場となる。ミカエラは彼の母親から預かった手紙を届けに来たという。そして財布をも渡して、「給金の足しにしなさい」という母親の言葉を伝える。ミカエラはメリメの原作には登場しない人物で、このビゼーのオペラに初めて取り入れられた女の子で、カルメンとはコントラストを成すような清純な女の子とされている。その場でドン・ホセとミカエラの間で歌われる二重唱もまた、それにふさわしく清純で抒情的なもので、聴きどころである。その間、ドン・ホセの脳裏にはカルメンのことが思い浮かぶが、すぐにそれを振り払って、昔の思い出、故郷の思い出、母親の思い出に浸って、母親からの手紙を読み始める。ミカエラは自分のことがその手紙の中には書かれているので、恥ずかしくなって、その場を退いて行く。

そのあと第8場の展開となって、ドン・ホセは手紙に書かれていた母親の願いに従って、ミカエラを嫁にもらうことを決意して、手にしていたカルメンの花を投げ捨てようとするが、そのとき煙草工場の中では何か騒動が起こったようである。中尉スニーガと兵士たちがそこにやって来たあと、女工たちも駆け込んで来て、ソプラノとアルトの二つのグループに分かれて、それぞれ中尉スニーガに訴える。それによると、カルメンとマヌエリータという女性が喧嘩をしたようで、「手を出したのは、カルメンだ」、「いや、マヌエリータだ」と言い争っているのである。中尉スニーガは伍長ドン・ホセに「騒ぎの張本人は誰か、調べて来い」と言い付けたので、ドン・ホセは二人の兵士を連れて、煙草工場に入って行く。その間にも二つのグループの女工たちは言い争いを続けている。兵士たちは騒いでいる女工たちをやっとのことで押し返す。

ドン・ホセに引き立てられて、カルメンが登場したところで、第9場となる。中尉スニーガはカルメンを尋問するが、彼女は「喧嘩を売られたから、身を守っただけだ」と答えて、「切られようと、焼かれようと、口は割らない」と鼻歌を歌い始める。中尉スニーガは怒って、兵士たちにカルメンを縛るように命令してから、ドン・ホセに彼女を監獄に護送するようにと命じてから、退場して行く。

第10場となって、そこにいるのは、カルメンとドン・ホセの二人だけである。カルメンは嘘の身の上話をして、ドン・ホセに同情してもらおうとするが、うまくいかない。そこでカルメンは「セギディリャ」を歌い始めて、ドン・ホセを誘惑する。「セギディリャ」とはスペインのアンダルシア地方の舞曲である。ドン・ホセはその歌でもって誘惑するカルメンに次第に魅了されてしまい、ついには「カルメン、愛している!」と言ってしまう。誘惑することに成功したカルメンの歌は、ますます調子に乗って激しさを増していく。

そこへ中尉スニーガがやって来て、最終場面の第11場となる。女工たちも兵士たちもそこにやって来ている。中尉スニーガはドン・ホセに命令書を手渡してから、カルメンをしっかり見張りながら、連れて行くようにと命じる。そのときカルメンはドン・ホセに小声で、自分が逃げ出す手順を説明する。「途中で、私が力いっぱいあんたを突き飛ばすから、倒れてちょうだい・・・あとは私一人がやるから」というのである。カルメンは二人の兵士に前後を守られて、その脇にドン・ホセが付き添ったかたちで、連れ去られて行くが、そのとき、突然打ち合わせどおり、ドン・ホセを突き飛ばして逃げ出す。ドン・ホセは倒れたままである。女工たちがけたたましく笑いながら、中尉スニーガを取り囲んだところで、第一幕の幕が降りる。


第二幕

アンダルシア地方の俗謡とも言われる「アルカラの龍騎兵」のメロディの間奏曲のあと、第二幕の幕が開くと、第1場はカルメンがドン・ホセと落ち合うことになっていたリーリャス・パスティアの酒場である。ただドン・ホセはカルメンの逃亡の手助けをしたとして、牢屋に入れられていて、1か月が経っている。カルメンは踊りながら、「ジプシーの歌」を歌う。ジプシー仲間のメルセデスとフラスキータもそれに加わって、歌は次第にテンポを速めていき、最後には頂点に達する。その酒場にはカルメンに惚れ込んでいる中尉スニーガも来ていて、彼の話からカルメンはドン・ホセがやっと昨日牢屋から出されたことを聞く。そのとき外から「闘牛士ばんざい」の合唱が聞こえてくる。

合唱が次第に大きくなって、闘牛士エスカミーリョとその取り巻きたちがやって来て、第2場の展開となる。闘牛士エスカミーリョはここで有名な「闘牛士の歌」を歌う。この歌の前半では勇壮な行進曲のメロディに乗せて闘牛の様子が語られ、後半にはエスカミーリョの「ラ・ムール」(恋)の言葉に合わせて、ジプシー女のフラスキータ、メルセデス、そしてカルメンがその言葉を繰り返して、その歌は最後に大いに盛り上がる。この「闘牛士の歌」が第二幕の最大の聴きどころであることは、言うまでもない。歌い終わって、エスカミーリョがカルメンに名前を尋ねると、彼女は「カルメンシータ、カルメン、どちらでもいいわ」と答える。エスカミーリョはカルメンに一目惚れしたようである。この酒場の主人パスティアに促されて、中尉スニーガたちが帰って行くと、闘牛士エスカミーリョもそこを退く。

そのあと第3場となって、そこに残っているのは、酒場の主人パスティアとジプシー女三人である。フラスキータが主人パスティアに「客人たちを追い出して、自分たちを引き留めた」理由を尋ねると、主人パスティアはダンカイロとレメンダードが帰って来て、うまい話があるからだという。ダンカイロとレメンダードは、このあとの話によると、どうやら密輸人のようである。

その二人の密輸人がやって来ると、第4場の展開となる。密輸人ダンカイロはジブラルタルまで行って、ある船主に会って、イギリスの品物を積み込む話をつけたので、三人のジプシー女にその手伝いをしてほしいと頼む。そこで二人の密輸人と三人のジプシー女たちの五重唱が歌われて、その中で密輸の相談がなされる。メルセデスとフラスキータは一緒について行くことを承知するが、カルメンだけはそれを断る。レメンダードがわけを尋ねると、カルメンは「恋をしているの」と言う。カルメンは自分の逃亡を手伝ってくれた兵士をこの酒場で待つのだという。そのとき遠くからドン・ホセが無伴奏で「アルカラの龍騎兵」を歌っている声が聞こえてくる。ダンカイロはカルメンにその龍騎兵を仲間に引き入れて、明日自分たちのところに合流するようにと言ってから、レメンダードの後を追いかけて退場する。メルセデスとフラスキータも彼らを追いかけて、そこを去って行く。

歌を歌うドン・ホセの声がだんだんと近づいてきて、彼がやって来ると、第5場となる。カルメンは自分を逃がしてくれたお礼に「つたない踊りをお目にかけるわ」と言って、踊り出す。カスタネットで伴奏しながら踊るこのカルメンの踊りは、聴きどころであるとともに、見どころでもあろう。ドン・ホセはむさぼるように見つめているが、はるか遠くで帰営を促すラッパの音が聞こえてくると、カルメンに踊るのを止めてくれと頼む。「点呼だから、帰らなくてはならない」と言うのである。これを聞いたカルメンは、「帰営ラッパが鳴って、遅れちゃ大変だと言って、泡をくらって駆けて行く、そんな愛し方ってあるかしら」と怒りをぶちまける。ドン・ホセは以前自分に投げつけた花を見せて、カルメンのことを牢屋の中でも思い浮かべていたことを口にして、彼女を今でも愛していることを告白するが、カルメンはそれを否定する。「私が好きなら、どこまでも私について来るはずだわ」と言うのである。このあたりの二重唱は文句なしに聴きどころであろう。カルメンの愛か、脱営か、どちらを選ぶか、選択に悩むドン・ホセであるが、結局のところ、後者を選んで、「仕方なしに、永久にさよなら」の言葉を口にして、戸口に駆け寄ったとき、ドアを叩く音がした。

中尉スニーガが入って来て、第6場の展開となる。中尉スニーガはそこにドン・ホセがいるのを見て、カルメンに「将校の俺がいるのに、兵士を加え込む」のかと非難してから、ドン・ホセに向かって「失せろ!」と怒鳴る。ドン・ホセが拒絶して、サーベルを抜いたので、二人は決闘になりかけた。しかし、カルメンが仲間たちを呼び、駆けつけた密輸人のダンカイロとレメンダードに中尉スニーガは捕らえられてしまった。彼はピストルを持った四人のジプシー女たちに囲まれて退場する。そこに残ったカルメンは、ドン・ホセに自分たちの仲間に入ることを促すと、彼はこうなった以上は仕方なしに密輸団の仲間に入ることを決意する。男女による合唱が加わって、フィナーレとなって盛り上がったところで、第二幕の幕が降りる。


第三幕

抒情的でのどかなメロディの、すばらしい聴きどころでもある前奏曲が終わると、第三幕の第1場は荒涼たる岩山で、まったく人気(ひとけ)のない闇夜である。二度ホルンが響き渡ると、大勢の密輸団たちが荷物を運んで、「もうすぐ大儲けできるぞ」と合唱する。そのあとカルメン、ドン・ホセ、メルセデス、フラスキータ、ダンカイロ、レメンダードの六人による六重唱と合唱が続く。

ダンカイロとレメンダードが退場すると、第2場の展開となって、ドン・ホセはカルメンに仲直りの話をもちかけるが、カルメンの心はすでにドン・ホセから離れてしまっているようである。ドン・ホセが「もう俺を愛していないか」と尋ねても、カルメンは「私は自由でいて、好きなようにしたいの」と答え、ここから7、8里ほど離れた村に住んでいる母親のことを言い出すドン・ホセに向かって、「そのお母さんのところへ帰ればいいじゃないの。どう見てもこういう(密輸の)暮らしにはあなたは向いていないわ」と、答えるばかりである。ドン・ホセはカルメンに向かって、そのような態度を取り続けると、取り返しのつかないことになることをほのめかすが、それに対してもカルメンは「何度カルタ占いをしても私たちは一緒に死ぬと出ているわ」と言い捨ててから、彼のもとを去って、カルタ占いをしているメルセデスとフラスキータのところに近づく。そして自分も再度カルタ占いをするが、またもや占いは「死」と出る。そのときカルメンが歌うのが、沈痛なメロディの「カルタの歌」である。悲劇がほのめかされたあと、メルセデスとフラスキータとともに三重唱を歌が、この三重唱も聴きどころであろう。

密輸人のダンカイロとレメンダードが戻って来て、第3場の展開である。彼らは城壁のところに番兵はいないが、その代わりに三人の税関吏がいることを報告すると、カルメンが「その三人の税関吏は自分に任せてよ」と言って、その仕事を引き受ける。そのことに怒りを見せるドン・ホセに向かって、ダンカイロはここに残しておく荷物を見張ってくれと頼んでから、一同とともに荷物を担いで退場して行く。そのあとカルメン、メルセデス、フランスキータの三人が「税関吏なら任せてよ」と歌う三重唱も、たいへん印象的である。歌い終えると、一同は去って行く。

清純なミカエラが一人の案内人を伴って登場して、第4場となる。ミカエラは許嫁のドン・ホセを連れ戻しにここにやって来たのである。恐ろしい場所ではあるが、ミカエラは「こわくなんかないわ」と言うものの、案内人が去って行くと、第5場となって、あたりはやはり気味の悪いところだと感じつつ、ミカエラはアリアを歌う。このオペラでは唯一独立したオペラであり、たいへん抒情的で美しいメロディで、聴きどころであることは、言うまでもない。歌い終えると、岩の上にドン・ホセらしき姿を見つけるが、銃声が聞こえて(ドン・ホセが誤って発砲したようである)、誰かが近づいて来る気配がしたので、ミカエラはこわがりながら岩の後ろに隠れる。

入れ替わりにやって来たのは、闘牛士のエスカミーリョであり、ここから第6場の展開である。そこへ見張りのドン・ホセがやって来て、お互いに相手がカルメンをめぐっての恋仇だと悟ると、激しいやりとりの二重唱となる。だんだんとテンポが速まっていって、互いにナイフを取り出して、決闘になるが、そのときカルメンが密輸団の仲間たちと一緒に戻って来て、その二人の決闘に介入して止めさせる。闘牛士のエスカミーリョはドン・ホセに向かって、「今日のところは互角だが、この美人を賭けて、いつでもまた勝負の続きをしょう」と言うとともに、そこにいる一同に向かっては闘牛に招待することを口にしてから、そこを立ち去って行く。そのあとダンカイロは一同に出発を促すが、そのときレメンダードが岩陰に隠れていたミカエラを見つけて、引きずり出す。ミカエラはドン・ホセを連れに来たと言って、彼を家に連れ戻そうと誘うが、ドン・ホセは絶対に帰ろうとしない。しかし、母親が危篤だと聞くと、ドン・ホセは母のもとに帰ることにした。このとき「運命のテーマ」が奏でられる。これから起こる悲劇がほのめかされていると言えよう。遠くでは闘牛士のエスカミーリョが、「闘牛士の歌」を歌っているのが聞こえる。密輸団の行進をイメージした音楽が流れる中で、第三幕の幕が降りる。


第四幕

軽やかで陽気な音楽の間奏曲が終わって、第四幕の幕が開くと、第1場はセビリアの広場である。闘牛の日であり、広場は屋台や物売りたちで賑やかである。華やかな合唱に続いて、「闘牛士の入場」のメロディも奏でられる。オペラの醍醐味を味わうことができる場面である。「闘牛士の歌」とともに闘牛士エスカミーリョも現れて、カルメンに愛を告白すると、カルメンもその愛に応えるように、二人は二重唱を歌う。歌い終わると、フラスキータがカルメンに近づいて、ドン・ホセが群衆の中にいるから気をつけるようにと忠告してから、一同とともにその場を退いて行く。

カルメンが一人になったところで、「闘牛士の入場」のメロディが流れたあと、ドン・ホセが彼女に近づいて来て、第2場となる。フィナーレの二重唱が始まり、このオペラの中でも最もドラマチックな緊迫した場面である。特に注目したい見どころである。ドン・ホセはカルメンにどこかよその土地でもう一度やり直そうと懇願するが、カルメンはそれに応じない。ドン・ホセはだんだんと感情を高ぶらせて、今でもカルメンを愛していると言うが、しかし、カルメンは「自由に生まれて、自由に死んでいくのよ」と答える。そのとき闘牛場の中からは勝利を祝う合唱が聞こえてくる。カルメンが闘牛場の方へ向かおうとすると、ドン・ホセは立ちふさがってカルメンを引きとめようとする。カルメンは「放してよ!」と言うばかりか、「闘牛士のエスカリーニョを愛している」とまで言い切った上、さらには以前ドン・ホセからもらっていた指輪まで投げ返したので、ドン・ホセはついに嫉妬に狂ってしまって、短刀でカルメンを突き刺してしまう。カルメンは倒れて死んでしまう。群衆が闘牛場から出て来ると、ドン・ホセは「俺を逮捕してくれ。俺が殺したんだ」と叫んで、カルメンの死体の上に身を投げかけたところで、第四幕の幕が降りる。


以上のとおり、歌劇『カルメン』のあらすじは不道徳きわまりないものであり、スキャンダラスな内容に満ちあふれている。主人公カルメンは自由奔放な生き方を貫く女性であり、「情熱の女」の象徴と言えよう。この自由気ままで悪魔的とも言えるカルメンをよりいっそう際立たせるために、メリメの原作には見出されないミカエラという清純な女性を登場させている。そのような清純で誠実な許嫁がいながら、もう一人の主人公ドン・ホセはその誘惑に負けてしまって、密輸団の一味へと身を落すのみならず、嫉妬に狂ってカルメンを殺してしまうのである。「常軌を逸した内容のオペラ」と言うしかない。しかし、このオペラには「闘牛士の入場」や「闘牛士の歌」などワクワクするような躍動感にあふれたメロディをはじめ、さまざまな親しみやすいメロディがあちこちにちりばめられていて、それが大きな魅力となっている。そういうところがまたオペラの楽しみでもあろう。是非、この機会にビゼーの歌劇『カルメン』を鑑賞していただきたいものである。


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