「睦月」は,読んで字の如く「睦び月(むつびつき)」の意で,由来の有力なものとして親族が一同に集まって新年の良き日と祝うための説があります。
俳句の季語には,「春夏秋冬」の他に「新年」としての季語があります
「時候」「天文」「地理」「生活」「行事」「動物」「植物」それぞれの代表する俳句をご紹介します。
「時候」の季語には「正月」「初春」「今朝の春」「元日」などの他に「去年今年」(こぞことし)があります。
去年今年 貫く棒の 如きもの 高浜虚子
昭和25年の高浜虚子の句。年が改まる時の感触をみごとにとらえています。「棒」とは何でしょうか? 時が流れても変わらないもの,変わっていくもの,「ゆく河の流れ」のような無常観でしょうか,それとも年が改まった元旦での誓いでしょうか?
「天文」の季語には「初空」「初日」「初凪」「初明り」などがあります。
心から 大きく見ゆる 初日かな 小林一茶
お正月の初日は,私達を大きく包み込み,そして勇気を与えてくれるように輝いています。
新しい年を迎え,明るい気持ちにさせてくれます。初日の出の時に,願い事やその年の決意などを祈ることが多い一年に一度の最初の夜明けです。
どんな不遇にも負けない一茶らしいのびやかな句です
「地理」の季語には,「初富士」「初筑波」「初景色」「初山河」などがあります。
初富士の かなしきまでに 遠きかな 山口 青邨
「初富士」とは,元旦に富士を眺めること,また元旦当日の「富士山」のことです。日本一の「富士山」は高さだけでなく,白雪を冠した優美な姿と,噴火を繰り返す恐ろしい威力によって,神々の宿る霊峰として崇められてきました。また,「一富士・二鷹・三茄子」の言葉が示すように,富士は目出度さの象徴でもあります。
元日に見る富士山がどうして「かなしきまでに遠き」に感じるのでしょうか?
遠く小さく雪の日に映えた清らかな「初富士」。遠くがゆえに「かなしい」のでしょうか,それとも「かなしい」がゆえに遠く見えるのでしょうか?
「初富士」の凛とした気高さは,眺めるそれぞれの人の情感をわきたててくれます。
青邨は,岩手県に生まれ高浜虚子に師事,鉱山学者で東京大学名誉教授。
「生活」の季語には,「若水」「手まり」「松飾」「初暦」「初湯」「歌留多」「年賀状」「屠蘇」
「雑煮」「書初め」などたくさんあります。
年玉を ならべて置くや 枕元 正岡子規
枕もとに並べたお年玉。そのお年玉で何を買おうかと思いながらふとんに入る子供の情景が目に浮かびます。しかし,この句が詠まれた明治34年,子規34歳の正月の背景は次のようなものです。
「人に物を贈るとて実用的の物を贈るは賄賂に似て心よからぬ事あり。実用以外の物を贈りたるこそ贈りたる者は気安くして贈られたる者は興深けれ。今年の年玉とて鼠骨のもたらせしは何々ぞ。三寸の地球儀,大黒のはがきさし,夷子の絵はがき,千人児童の図,八幡太郎一代記の絵草紙など。いとめづらし。此を取り彼をひろげて暫くは見くらべ読みこころみなどするに贈りし人の趣味は自らこの取り合せの中にあらわれて興尽くる事を知らず」
門弟の寒川鼠骨から直径3寸の地球儀を贈ってもらったことを記して,「これ我が病室の蓬莱なり」と喜んでいます。
子規が亡くなる1年8ケ月前のことでした。
「行事」の季語には,「成人の日」「初詣」「破魔矢」「七福神」「恵方」「七草」などがあります。
七くさや 袴の紐の 片むすび 与謝蕪村
七草は,せり,なずな,ごぎょう,はこべら,ほとけのざ,すずな,すずしろ。これら七種を粥にして食べれば万病を除く,といわれる風習は平安朝に始まったとされています。
ふだんの生活で袴をはいたことのない男が,緊張であわてて片結びにしてしまい,そのまま七草の膳についてしまった。ほほえましい情景を詠んだ蕪村らしい和やか句です。
「動物」の季語には,「嫁が君」「初鶏」「初雀」「初鴉」などがあります。
餅花や かざしにさせる 嫁が君 松尾芭蕉
正月の三が日の間は,ネズミのことを「嫁が君」といいます。縁起を担ぐために使用を避ける言葉を「忌み詞」といいますが,その避けた言葉のかわりに用いる言葉も忌み詞といわれます。「嫁が君」は,正月の間のネズミの忌み詞です。
米を食べる害獣とされるネズミを,めでたい正月の間は「嫁が君」と親しみをこめて呼び,愛情すら感じるそんな粋な文化が俳句にはあります。
正月用に飾った餅花の枝を引きずっていくネズミを見て,「嫁が君が,餅花の枝を髪飾りとして頭に挿しているよ」と詠んだ芭蕉のユーモアのセンスを感じる句です。
「植物」の季語には「福寿草」「若菜」「歯朶」「楪」などがあります。
福寿草 咲いて筆硯 多祥かな 村上 鬼城
福寿草は,別名,元日草とも言われ花言葉は,永久の幸福,思い出,祝福です。
「多祥」は,幸いの多いことで,「時下益々ご多祥の段 」「御多祥を祈ります」などの手紙文に用います。
おめでたい文字の羅列で,ますます幸せな気持ちになる句です。
村上 鬼城は,正岡子規に教えを請い幾度も「ホトトギス」に俳句を投稿し入選後には,司法代書人の傍ら,俳人,また撰者としても活躍しました。
今年は,十干十二支では「乙未(きのとひつじ)」になります。
「未」の本来の読みは「み」で,まだ枝が伸びきらずにいる木の部分を描いたもので,『漢書律暦志』では,「昧曖(まいあい)」の「昧」と記され,果実が熟しきっていない未熟な状態を表す解釈と食物が茂って暗く覆っている状態を表している二通りの解釈があります。
後に,覚えやすくするために動物の羊が使われるようになりました。
「羊」という字は,ヒツジを正面から見たときの,角と上半身を表した形です。後ろ足までの全体を表した形が「美」で,成熟したヒツジの美しさを表しています。
そのため,羊がつく漢字も多く,祥,翔,義,美,羨,善などよい意味をもつものに用いられています。また,羊(よう)という音から,洋,様,養などにも使われています。
羊の年に皆さんが更に美しく輝きますように,次の言葉と私のつたない俳句の「お年玉」です。
美しい唇であるためには,美しい言葉を使いなさい。
美しい瞳であるためには,他人の美点を探しなさい。
~オードリー ヘップバーン~
羊どし こころ大きく 美しく