「師走」は,師の意味である僧侶が年末の仏名会でお経をあげるため,東西に馳せるという月「師馳す(しはす)」と解釈するという説があり,平安期に編まれた『色葉字類抄』)に記載があります。また,言語学的な推測として「年果てる」や「し果つ」等から「しわす」に変化したという説もあります。
あわただしく平成26年,午の歳が過ぎようとしています。
さて,俳句の先人たちは「師走」をどのようにとらえたのでしょうか?
芭蕉に,次のような「師走」の句があります。
月白き 師走は子路が 寝覚かな
子路は孔門十哲の一人で,孔子に献身的に師事した清廉実直な人物です。師走の白い月は一点の雲もない夜空に冷え冷えとして冴えわたり,強直潔白な子路が夜覚えて仰ぐにふさわしく煌々と輝いています。
芭蕉がこのような句を詠んだ背景には,蕉門弟子たちとの内紛があったようで,俳諧の純粋性を求め,芸術性の高い句風を目指している芭蕉にとって「世の人のすさまじきことにいふなる師走の月夜」があらわす苦悩がありました。
旅寝よし 宿は師走の 夕月夜
雪と雪 今宵師走の 名月か
何にこの 師走の市に 行く烏
なかなかに 心をかしき 師走かな
蕪村に次のような「師走」の句があります。
うぐいすの 啼くや師走の 羅生門
俳句本来の季語は一つとされていますが,うぐいすは春の季語,師走は冬の季語で,季重なりという作り方です。
年の瀬があわただしく通り過ぎていく古都の情景が目に浮かびます。この句に対比して次の句を思いだしました。
ほととぎす 平安城を 筋かひに
碁盤の目のようにきれいに区画された京都の街の上空を,ほととぎすが斜めに飛んでいくという動きのあるスケールの大きな絵を見る思いがします。
「うぐいすと羅生門」「ほととぎすと平安城」絶妙な取り合わせに,蕪村ならではの絵画的な情景と歴史的な抒情を感じることができます。
「うぐいす」と「ほととぎす」の鳥は,日本で見られる時期が同じなので,同じ鳥だと思っている人も多くいるようです。「ほととぎす」は托卵といって,産んだ卵を他の鳥の巣に入れて育ててもらうという習性があり,その相手が,「うぐいす」です。なにも知らない「うぐいす」は,他の鳥の卵を大切に育てることになります。
このことを知ると,俳句に詠まれた「うぐいす」と「ほととぎす」の句の印象が,以前の知らない句と何か違って感じてきますが,いかがでしょうか?
炭売に 日の暮れかかる 師走かな
梅さげた 我に師走の 人通り
炭売に 日のくれかゝる 師走かな
一茶には次のような「師走」の句があります。
けろけろと 師走月夜の 榎(えのき)かな
年の瀬の慌ただしい中で,「師走月よ」が「榎」の大木の梢に掛っているさまを,「けろけろと」のんびり眺めています。「けろけろと」の表現が一茶らしいですね。
「けろけろ」「わやわや」などの擬態語や擬音語は,「オノマトペ」と呼ばれ,日本語はこのような「オノマトペ」に富む言語だと言われています。一茶の句には,「オノマトペ」が巧妙に詠みこまれ,生き生きとしてその場にいるような臨場感を感じさせてくれます。
きりきりしゃんとしてさく 桔梗かな
雁わやわや おれが噂を致すなか
うまそうな 雪がふうはりふはりかな
子規の「師走」の句です。
いそがしく 時計の動く 師走かな
年末というだけで,気忙しくなります。時計の言葉を使った表現で,師走の慌ただしい時間を実感させてくれます。
静かさや 師走の奥の 智恩院
京都の奥深いところにある知恩院が,師走という時間軸の奥に押し込まれて,更に荘厳で幽玄さ感じる句です。師走に,知恩院を訪ねてみたくなりますね。
病人と 静かに語る 師走かな
白足袋の よごれ盡せし 師走かな
羽子板の うらに春来る 師走かな
毎年12月12日は,「漢字の日」です。そして,その日に発表される「今年の漢字」は,発表時には清水寺の奥の院舞台にて貫主により巨大な和紙に漢字一字が揮毫されテレビでも放映されています。
俳句の言葉としての漢字は,その時その場所の瞬間をとらえ,願いや祈りなどの心を詠むことができます。
過去3年間の漢字は,次のとおりです。
平成25年(2013) 輪 2020年夏季オリンピックの東京招致成功
平成24年(2012) 金 金星(932年ぶりの全国観測 金環日食)
平成23年(2011) 絆 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)
先日,亡くなられた高倉健さんの言葉を紹介します。
「人を想うということは,いかに美しいかということ。 人間が人間のことを想う,これ以上に美しいものはない。」
「想」という漢字の言葉をあらためてかみしめながら,胸を熱くしました。
師走が,駆け足のように慌ただしく過ぎていきます。今年がどんな歳だったでしょうか?
あなたにとって,今年の「想い」の言葉や漢字を,図書館の席に座って,辞書や本のページをめくりながら探してみませんか?
冬の窓 おもいを馳せる 一字かな