【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第117号
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○「知的感動ライブラリー」(89)

山田洋次監督『幸福の黄色いハンカチ』
総合科学部教授 石川榮作

山田洋次監督の4作から成る「学校」シリーズ紹介が終わったところで、同じく山田洋次監督の映画の中から特に感動的な『幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ』を紹介することにしよう。この映画はニューヨークの新聞に掲載されたピート・ハミル作『黄色いリボン』を原作として山田洋次・朝間義隆の名コンビによる脚本で製作され、1977年(昭和52年)10月1日に公開されたものである。北海道を舞台にした日本のロードムービーの代表作でもあり、たくさんの黄色いハンカチが風にそよぐ最終場面はとてもさわやかで、感動せずにはいられない名場面である。さわやかな感動を呼び起こして、第1回日本アカデミー賞や第51回キネマ旬報賞をはじめ、数々の映画賞を総なめにした映画で、山田洋次監督の代表作の一つであると言ってもよいであろう。この映画の展開を順に辿りながら、見どころなどを紹介していくことにしよう。


まず映画は、主人公の1人でもあると言うべき若い男の花田欽也(武田鉄矢)が、彼女にふられて、勤めていた工場を退職し、その退職金で真っ赤な車を買って、東京から釧路までのフェリーに乗って北海道にやって来るところから始まる。釧路でフェリーから降りて網走まで移動した欽也は、駅前で通りすがりの女性たちに声を掛けて、ガールハントをしているが、彼女たちはそれを無視して通り過ぎて行く。そのうち東京から来たという若い女性小川朱美 (桃井かおり) と知り合い、一緒に車でドライブすることになった。列車で販売員を務めている彼女もまた、彼氏との付き合いがうまくいかずに北海道の旅にやって来たようである。

一方、この映画の本来の主人公島勇作(高倉健)は、6年の刑期を終えて、網走刑務所を出所したところである。駅前のラーメン屋に入って、久し振りにビールを飲み、ラーメンを食べる場面は、普通の映画であればなんでもないシーンであるが、出所したばかりの男を演ずる高倉健のすばらしい演技は、実に見事というほかはない。このラーメン屋には上記の欽也と朱美も入って来るが、この段階では島勇作とはまだ見知らぬ仲である。島勇作はラーメン屋を出ると、郵便局に立ち寄って、はがきを1枚購入して、その場である人にあてて速達のはがきを書き始める。それが誰にあてたはがきで、内容はどういうものかについては、今の段階では、出所を知らせるものであるほかには何も分からない。

その島勇作が網走の砂浜からオホーツク海を眺めていると、そこへ例の欽也と朱美がやって来て、記念写真を撮る際、島勇作にシャッターを押してもらったことから、3人は知り合いとなる。次の瞬間、島勇作は欽也の車の後部座席に乗せてもらっていて、網走駅に向かっている。網走駅に着くと、島勇作はそこから列車に乗って行く予定であったが、朱美に誘われたことからまた欽也の車に乗せてもらって、いろいろとドライブすることになった。このあたりは北海道の観光案内にもなっている。

その日、3人が泊ったのは、阿寒湖温泉の安い旅館であった。島勇作は1人部屋であったが、欽也と朱美は相部屋に入った。島勇作はきれいに洗濯されたふとんのシーツをなつかしがり、普通のふとんに横になる喜びをかみしめてから寝入ってしまうが、途中で警察に追われるという悪夢にうなされて目が覚めた。彼が何らかの罪を犯して、今日まで刑務所に入っていたことがほのめかされる。目が覚めてみると、隣の部屋では、欽也が朱美を口説こうとしているうちに、朱美が抵抗して大声で泣き出したところであった。たまりかねた島勇作が、ドアをノックして、「いいかげんにしろよ!」と忠告したことから、騒動はおさまった。

翌朝、3人は欽也の車でドライブを続けて、陸別駅までやって来た。朱美と島勇作はそこから列車に乗って行くことにして、欽也の車から降りた。ところが、時刻表を見ると、次の列車が来るまでにはまだ2時間もあることが分かった。朱美は欽也の車から降りたことを後悔していると、そこへ欽也が北海道名産のカニを買って舞い戻って来た。3人は一緒にカニを食べることになった。そこで欽也が博多弁丸出しだったことから、博多の出身であることが話題になったほか、島勇作も九州の人間で、飯塚の出身であることが本人の口から明かされる。そのあと帯広まで3人でまた一緒に欽也の車で行くことになって、その車の中で互いに身の上を語るようになる。朱美がしつこく問いかけるので、島勇作は夕張で炭抗夫をしていて、結婚していたが、別れたことなどが観客にも明らかになってくる。しかし、それ以上のことが分かるのは、もっとあとのことである。

こうして車は帯広に向かっていたが、途中、運転手の欽也が腹痛を起こして、農家のトイレに駆け込んだ。どうやらさきほど食べたカニがあたったようである。欽也がトイレに入っている間に、トラクターがやって来て、仮免許までいったという朱美が車を動かすことになったが、最後には車を路肩に落としてしまった。欽也が戻って来て、朱美が運転席にすわり、男の欽也と島勇作が後ろから押すことで、なんとか車は路面の上に移動させることはできたものの、朱美はブレーキの代わりにアクセルを踏んでしまうありさまで、車はとうとう道路の下の牧草にまで落ちてしまった。欽也と朱美が大げんかをするなど、このあたりはユーモアをこめて展開されている。

結局、その日は農家に泊めてもらうことになった。そこの農家が赤の他人の3人を泊めてあげるなど、このあたりは田舎のよさが描かれていて微笑ましい。朱美はその農家の子供たちと一緒のふとんに寝ることになって、子供たちと大いにはしゃぎまわっている。島勇作と欽也は相部屋で寝ることになったが、その場面がまた山田洋次監督ならでは見どころであろう。昨日から今日までの欽也の軽々しい言動にたまりかねた島勇作は、欽也をふとんの上にきちんとすわらせて、次のように説教するのである。「お前はそれでも九州の人間か。ちゃんとすわれ! 朱美ちゃんはおなごじゃろうが。いいか、おなごちゅうもんは弱いもんなんじゃ。咲いた花のごとく、もろいこわれやすいもんなんじゃ。男が守ってやらにゃならん。大事にしてやらにゃならん。聞いとるんか、こらっ! 今日のお前はなんや。大きな声出してけんかしたり、抱きついたり、それが九州男児のすることか!? お前のような男、俺の方じゃ、草野球のキャッチャーというんだ。わかるか? ミットもないちゅうことじゃ。」これまで十分に妻を大切にしてやれなかった自らへの反省の弁をこめながら、欽也を叱りつけたあと、両手をあてて「ミットもない」と駄洒落を飛ばすときの高倉健の演技が文句なしにこの映画の一つの見どころでもあろう。この駄洒落を武田鉄矢が口にしてもそれほどおもしろくない。高倉健だからこそ、効果のある駄洒落である。こういうところが山田洋次監督の得意とするところである。

翌朝、そこの農家の厚意で車も引き上げられて、また3人は車に乗って、帯広に向かった。帯広に着いたら、島勇作こと勇さんは夕張まで列車で行くことになった。ところが、帯広駅近くの駐車場に車を止めたとき、町のチンピラが欽也こと欽ちゃんにからんできて、欽ちゃんはひどい目に遭うところであったが、そのとき勇さんがチンピラを逆にやっつけてくれた。しかし、もはやこの町にとどまるわけにはいかずに、勇さんが2人を車に乗せてから、自ら運転してその町を抜け出した。勇さんの勇ましい行動に朱美は感動してしまって、「まるで映画みたい」と叫ぶところもまた滑稽である。欽ちゃんにしてみれば、下痢であんなに困っていたのだから、勇さんが運転できるなら、運転を代わってくれたらよかったのにと愚痴をこぼしたくなるのも当然であろう。結局、勇さんは札幌まで車で行こうかなと考え始めたところで、また難題がふりかかってきた。途中で、強盗事件が起こったとのことで、警察が検問を行っていたのである。車を止められて、運転免許証の提示を求められた勇さんは、持っておらずに、無免許運転ということになった。警察から問われて、勇さんは「一昨日まで刑務所に入っていました」と答えざるをえなかった。何か隠したところがあると予感してはいたものの、欽ちゃんと朱美がびっくりしたのも当然のことである。勇さんは新得警察署まで連行されることになった。しかし、取り調べられているうちに、そこの警察署には6年前の事件の際にたいへんお世話になった渡辺係長 (渥美清) が、その後の転勤で勤務していた。今回もその渡辺係長の取り計らいですぐに放免されることになった。渡辺係長を演じる渥美清の演技も、つい寅さんと重ね合わせて見てしまうが、これもまた山田洋次監督の映画の魅力でもあろう。渡辺係長に礼を述べて、警察署から外に出ると、欽ちゃんと朱美が車のそばで待っていてくれた。2人は今では勇さんと深い絆で結ばれていたことをほのめかすもので、温かいものを感ぜずにはいられない場面である。勇さんは新得駅から列車に乗って行こうとするが、朱美が勇さんを説得して、また欽ちゃんの車で一緒に札幌まで移動することになった。その車の中で勇さんがこれまでの自分の人生を振り返りながら、網走刑務所に入られた経緯を語り始めるのである。

勇さんが語るところによると、勇さんは刑務所に入られたのは、今回が初めてではないという。九州の飯塚に住んでいた21歳のとき、つまらないけんかで、一度刑務所に入れられたという。そのときにはむしろ箔(はく)がつくくらいに考えていたが、しかし、30歳過ぎると、これではいけないと思い、北海道へ出て来て、人生をやり直すつもりだったという。ところが、夕張の冬は寒いし、炭抗夫の仕事もつらい。毎日がおもしろくなくて、あの女性に会わなければ、夕張の地をとっくに離れていたであろうと初めて女性のことを口にするのである。その女性は近くのスーパーマーケットでレジを担当している人(倍賞千恵子)であったが、この女性と口をきくのに半年もかかったという。映画の中では光枝という名前になっているが、最初はこの光枝の方から声をかけたという。勇作がいつも買い物に来るので、「奥さん、ご病気なんですか」と尋ねたのである。これがきっかけで光枝の方も独身だと分かって、勇作はそれ以来というもの、もともと不器用な性格から、強引に光枝に求愛し続けた。光枝は「私一度結婚したことがあるのよ、それでもいいの」とためらうものの、勇作は力ずくで光枝と結婚した。勇作にとっては幸せな毎日で、次の年には光枝の胎内に子供が宿ったというきざしも見えてきた。勇作は飛び上がるような喜びを見せて、光枝が検診のため病院に行く日、お祝いに仕事の帰りにお酒を買って帰るので、懐妊の場合には、庭の竿に目印として黄色いハンカチを掲げることになった。その日の夕方、庭の竿に黄色いハンカチが一枚掲げられて、勇作はお酒を買って帰った。勇作は子供ができるのを楽しみにしていたが、しかし、あれほど無理はしないようにと注意していたものの、光枝は力仕事をして、流産してしまった。そのときの病院で光枝が5年前にも流産していたことが、勇作も知るところとなって、その夜、大げんかをして勇作は憂さ晴らしに飲み屋街に出かけた。そのとき2人のチンピラとぶつかったことから、彼らとけんかになり、そのうちの1人を力のあまり死なせてしまったのである。その殺人罪で6年間、網走刑務所に入っていたというのである。

勇さんがここまで話したところで、3人はその夜の宿泊のため安い旅館に入った。そこの主人を太宰久雄(寅さん映画ではタコ社長)が演じていて、それを見ているだけでつい微笑ましくなってくる。旅館の部屋に落ちついたところで、勇さんの話が続く。勇さんの話を聞いて、朱美は勇さんと別れてしまった奥さんを非難するが、しかし、別れると言い出したのは、勇さんの方からだという。つまり、勇さんは光枝を刑務所まで呼び出して、離婚届にサインと印鑑を押して手続きするようにと言い付けたのである。勇さんからすれば、光枝はまだ若いし、自分よりも立派な男に出会うはずだと思い、不器用ながらも、光枝の将来を思っての決断だったのである。そのとき光枝は泣きながら、「あなたって勝手な人だねえ、一緒になるときも、別れるときも」と言ったようである。このようなことを今2人の若者に話しながら、勇さんは「やくざな性分に生まれついたのかな」と自分の半生を振り返って、自分の話を語り終えるのである。明日、一緒に札幌に出て、欽ちゃんと朱美と別れてのちは、札幌で駄目なら東京に出て仕事を探すつもりだと言うが、朱美の「仕事、探すの、大変だろうね」の言葉の中には、勇さんへのやさしい気持ちが見て取れる。自分も仕事でいろいろと苦労しているから、余計にそう思わないではいられないのだろう。

翌日は、予定どおり、欽ちゃんの車で札幌に向かうことになった。その途中にある町で、休憩がてら屋外コンサートを聞いたり、民家の庭に子供の日のこいのぼりが掲げられているのを見ているうちに、勇さんの心の中では何か変化が現れ始めたのであろうか。あるドライブインでは突然、そこの町の駅から夕張へ行くと言い出したのである。「ちょっとそこに寄るだけ」と言う勇さんに対して、朱美は「でも奥さんとは別れたんでしょ」と言うと、勇さんは実は光枝にはがきを書いていたことを打ち明けて、次のように話すのである。「未練がましいことだけど、出所した日にはがきを出したんだ。これから夕張に向かう。もしまだ1人暮らしで、お前が俺を待っていてくれるなら、庭の竿に黄色いハンカチをぶらさげてくれ。それが目印だ。もしそれが下がっていなかったら、俺はそのまま引返して、二度と夕張には現れないから。」はがきはそのような内容だったという。これを聞いた欽ちゃんと朱美は、「夕張へ行こう!」と、行き先を変えて、そちらに向かうことになったのである。夕張まであと20キロというところである。

このあたりから音楽も加わって、この映画の最大の見どころであろう。観客もドキドキハラハラさせられる場面である。果たして奥さんは待ってくれているのだろうか。欽ちゃんの車は北海道の原野を駆け抜けて行く。ところが、勇さんは突然「止めてくれ、やっぱり引き返そう」と言い出す。「どう考えたって1人で暮らしているわけない」と言うのである。欽ちゃんは「いくじがないなあ、・・・この間俺に偉そうに説教したくせにさあ」と不満ながらも、もとの道を引き返すことにした。車はまた札幌方面に向かっているが、そのとき朱美は一旦車を止めてもらって、後部座席の勇さんの隣にすわって、「万一奥さんが1人で住んでいたら、どうするの」と説得する。この説得でまた車は夕張に向かうことになった。さきほどと同じ道である。観客はまたドキドキハラハラとしてくる場面である。やがて車は夕張の町に入ったようである。勇さんはうつむいたまま、顔を上げることができない。朱美がその辺の風景の説明をする。「今、橋を渡っている。写真屋。ラーメン屋。・・・踏切を越えて、木炭の工場の前を大きく左に曲がり、・・・ずうっと登り坂」子供の日の「背比べ」の歌が聞こえてくる。だんだんと目的地に近づいて来ると、欽ちゃんとともに朱美も心配になってきて、「引越したかもしれないね」と弱気になってしまう。車はお菓子屋さんの所を左に曲がると、風呂屋がある。目的地に着いたようで、欽ちゃんは車を止めて、車から降りる。朱美も続いて降りる。勇さんは車の中でうつむいたままである。祈っているようにも見える。欽ちゃんと朱美はあたりを見回す。すると背後の方で、たくさんのハンカチが風にそよいでいる。朱美が背後に目をやったところで、喜びの叫び声を上げる。車のドアをたたいて、「勇さん、見て!」と叫ぶ。勇さんが車から降りてきて、その黄色いハンカチがたくさん群れるように風になびいている。感動の瞬間である!この映画はこの瞬間のためにあると言ってもよいであろう。朱美に背中を押されるようにして、勇さんは自分の家に向かって歩き出す。近づいたところで、光枝が干していた洗濯物を取り入れようとしている。遠くからの撮影で、2人の台詞は聞こえないが、それは観客の想像に委ねられたかたちである。すばらしい最終場面である。欽ちゃんと朱美も大喜びで、2人は手を握り合って、車に向かう。2人は勇さんと会って、勇さんと奥さんの話を聞いて、信じ合うことのすばらしさを感じ取ったようである。これまで挫折続きの人生であったが、若い2人は感動のうちに互いに心を開いていくところで、エンディングとなる。


このようにこの映画は、北海道の美しい自然を背景に、刑務所に6年入っていた受刑者がその妻のもとに帰って行くというストーリーで、単純な話でありながらも、そこには揺るがぬ夫婦愛が黄色いハンカチのかたちで表現されている。そしてこの映画をさらにすばらしいものにしているのが、ベテラン俳優高倉健の魅力にあふれた演技であろう。それにベテラン女優倍賞千恵子の素朴な演技が加わって、夫婦愛のすばらしさがひしひしと伝わってくる。このベテランの2人に比べると、武田鉄矢と桃井かおりは当時としてはまだデビューしたばかりの俳優・女優であるが、それだけに初々(ういうい)しくて、また滑稽 (こっけい) でこの映画にもう一つ別の魅力を与えている。北海道にいながら、博多弁が耳に入ってくるのが、学生時代を8年間も博多の町で過ごした私にはまたおもしろくてたまらない。またこのロードムービーの途中で寅さん一家が登場してくるのも、それだけでまた別の楽しみでもある。いろいろな点でこの映画は映画鑑賞の喜びを与えてくれる。是非、この機会に『幸福の黄色いハンカチ』を鑑賞していただきたいものである。気楽に楽しめるとともに、最終場面では感動のあまり涙を催さずにはいられないであろう。そういう感動を大切にしたいものである。


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