【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第114号
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○「知的感動ライブラリー」(86)

山田洋次監督映画『学校Ⅱ』
総合科学部教授 石川榮作

山田洋次監督の映画『学校Ⅱ』は、1993年に公開された『学校』に引き続いて製作され、1996年に公開されたものである。第1作目『学校』は東京にある夜間中学が舞台であったが、この第2作目『学校Ⅱ』の舞台は北海道の高等養護学校である。主にそこの3人の教師と障がいを持つ2人の生徒を中心としてストーリーは展開していくが、この映画は北海道にある養護学校での障がい者教育の問題を取り扱いながらも、それが現代日本の教育全体の問題、さらには子育てのあり方にも繋がっており、「学校とは何か」、「教育とは何か」、そして「子育てとは何か」について、いろいろと考えさせられ、その解決策として一つのヒントを与えてくれる。この作品は養護学校の生徒と教師たちを励ます映画であるとともに、それがさらには現代日本における教育全体に対する励ましの応援歌となっている。そのように普遍的なテーマの作品に仕上げているところがまた山田洋次監督の偉大なところでもある。以下において、この映画のストーリーを辿りながら、それらの問題について考えてみることにしよう。


この映画の冒頭は、北海道の養護学校に勤める教師青山竜平(西田敏行)がスキー場のレストランで娘由香(浜崎あゆみ)と食事を済ませて話し合っている場面である。父と娘との会話からだんだんと事情が分かってくるが、娘由香は東京の高校生であり、父と母は離婚して別々に暮らしており、自分はママと一緒に過ごしているという設定になっている。3月上旬、由香は高校のクラブ活動か、何かの研修で、東京から北海道のスキー場へやって来て、そこのレストランで久し振りに父と会ったようである。今後の進路のことについて話し合っており、由香は世間体ばかりを気にして大学進学を勧めるママにウンザリしていて、高校を卒業したらミュージシャンになるための専門学校に行くことを口にする。パパが毎月送ってくれているお金で行けるのだと言うのである。「若いのだから、いろいろとチャレンジしてみたい」という娘の言葉を聞いて、父竜平は「大学受験だってチャレンジじゃないか。本当に音楽やりたいというのなら、賛成するけど、もし受験勉強が嫌でそのようなことを言っているとしたら、パパは賛成できないな」と答える。すると娘由香は「結局、ママと同じなんだ、パパも」と言って、スキー場へ出かけて行く。子育てはなかなか親の思いどおりにならないことを実感しながら、竜平は自分の家に帰って行くが、勤めている養護学校での出来事から子育ての一つのヒントを掴み取るのである。

青山竜平が勤務しているのは、北海道・滝川市に近い小さな町にある竜別高等養護学校である。彼は生徒たちのみならず、同僚からもリュー先生と呼ばれている。その日は3月最初の日曜日で、リュー先生が娘由香と別れて自宅に戻ってからしばらくすると、同僚の若い教師小林大輔(永瀬正敏)がやって来て、生徒である緒方高志(吉岡秀隆) と久保佑矢(神戸浩)が買い物に行くと言って出かけてから、2時間経ってもまだ戻らないと言う。高志はともかく佑矢は特に介護の必要な生徒である。リュー先生があわてたのも当然である。さっそく学校へ出かけて寮の指導員から2人が出かけたときの様子を聞いたあと、町のあちこちで聞いているうちにバス停近くの床屋で2人がバスに乗って滝川駅に向かったらしいことが分かった。滝川駅へ駆けつけてそこで得た情報によると、どうやら2人は旭川へ列車に乗って行ったようである。次の列車は当分ないので、リュー先生は若い小林先生の運転する車に乗って、旭川に向かった。その車の中でリュー先生がミュージシャンになりたいという娘のことを小林先生に話しているうち、カーラジオから流れてくる音楽で小林先生がとっさに高志の部屋に安室奈美恵コンサートのポスターが貼られていたのを思い出した。そのコンサートの日がちょうどその日であったことを確認すると、2人はきっとそのコンサートに出かけたに違いないと思った。その想像どおり、高志と佑矢はそのコンサート会場に行ったようで、席に座ってから、ほかの若い観客とともに熱狂しているさまが、この前後のスクリーンに映し出されて、それが観客にも明らかにされている。若い小林先生によると、そのようなコンサートでは若者は聴くのではなくて、参加して日頃の鬱積(うっせき)したエネルギーを思い切り解放するのだという。2人の生徒が旭川へ向かった理由がなんとか分かったので、リュー先生と小林先生はその旭川市のコンサート会場めざして車を進めたが、そこまでの途中、車の中でリュー先生は、高志と佑矢が3年前に入学してきた日のことを回想し始めるのである。

高志が母(泉ピン子)に連れられて、養護学校に入学してきた日、彼は言葉を一言も口にしない暗い子であった。彼の知恵の発達の遅れはそれほど重くはなかったが、中学時代に受けた差別といじめによって、彼の心は深く傷ついて閉ざされていたのである。

この高志のクラスには先生が3人いた。最初の先生がリュー先生で、2人目の先生は養護教育ベテランの玲子先生(いしだあゆみ)で、そして3人目が大学を出たばかりの若い小林先生であった。

生徒は7人いて、その中に佑矢がいたが、その佑矢が大変な生徒であった。入学式の日に母親(原日出子)に連れられて来たが、母の姿が見えなくなると、暴れ出したのである。教師たちが懸命に佑矢を止めようとするが、佑矢は廊下を走って、玄関のところで母親に追いつくと、母親までをも蹴飛ばす始末である。息子の佑矢からすれば、自分1人をここに残して帰って行こうとする母親に対する怒りの表現だったのだろう。やはり母親なしでは駄目なのだろうか。佑矢自らがここに来たいと言い出したものの、やはりここに預けるのは無理なのだろうか。そう思った母親は、息子を連れて帰ろうとするが、ベテランの玲子先生が「一旦お預かりした以上は私たちの責任ですから、任せてください」との言葉に続けて、小林先生の「大丈夫です。なんとかします」という言葉に従って、佑矢を預けて帰って行った。その日、リュー先生も含めて、先生たちは母がいなくなると暴れ回るこの佑矢に振り回されて、くたくたになってしまったようである。

先生の中でも特に若い小林先生が中心となって、佑矢の世話をすることになったが、それからというもの、大変な毎日が続いた。手に負えない乱暴な佑矢の世話で小林先生もへとへとに疲れ果ててしまうが、リュー先生から「子供たちに迷惑をかけられるのが教師の仕事でしょ。・・・それとも教師が楽できるような手のかからない人間を作ることが学校教育とでも思っているの。まさかそんなことを、優秀な成績で大学を出たあんたが考えているわけないだろ」などと言われながらも、仕事に励んだ。そのようにがむしゃらに励む小林先生を見て、ベテランの玲子先生がヒントとなるようなアドバイスをする。小林先生は佑矢を制止しようとする際、後ろから服を掴むか、前に回って両手であの子を押さえようとするが、リュー先生はあの子の横に並んで片手で止めることを指摘したのである。つまりは、佑矢の気持ちに添ったやり方で、「生徒に寄り添う」ことが大切だと言うのである。小林先生にはたいへん勉強になるアドバイスであるが、しかし、小林先生は「僕はあいつを追いかけ回すために教師になったんじゃない、保育園じゃあるまいし」と、養護教諭として言ってはならないことを、つい口にしてしまう。そのおかしな言い方を玲子先生に咎められると、小林先生は「限度があるということですよ」と言わざるを得ないほど、ノイローゼに近い状態にまで追い詰められていたのである。

このように佑矢が教室でも食堂でも部屋でも他人に迷惑をかける行為を繰り返すうちにも、いつもそばに高志がいたが、高志はここに入学して以来、一言も言葉を発していなかった。彼の心は以前と同じく閉ざされたままだったのである。リュー先生が夏休みに家に帰っている高志を訪ねて行っても、近くの海で釣りをしているだけで、話しかけても何も答えない。リュー先生が前日佑矢を訪ねた際、彼の母はやはり佑矢には寮生活が無理なので学校を止めさせるかもしれないということなどを話しても、高志は何も答えない。結局、その日は夕方まで一緒に釣りをしたが、その間、高志は一言も話さないままで終わってしまったのである。

しかし、2学期のある日、生徒の1人が初めて作文を書いて、それを玲子先生から褒められたときのことである。佑矢はその原稿用紙を玲子先生の手から取り上げて、破り捨てようとして、また暴れ出したが、そのとき高志が初めて口を開いた。「佑矢、うるさいぞ、静かにしろ! みんなが勉強しているんだから、お前も黙って字を覚えるんだ。分かったか、分かったら、ハイって返事しろ!」すると佑矢は手をさっと上げながら「はい」と答えたのである。先生たちは高志が初めて言葉を発し、また佑矢がその言葉に素直に従ったので、驚きとともに大喜びである。この日を境にして高志と佑矢は大きく変わっていったのである。佑矢の母親が学校を訪れたとき、小宮山校長(中村富十郎)がその母親に話して聞かせることは、注目すべきであろう。校長の話によると、佑矢に慕われることによって兄貴分の高志の方がぐんぐん自信をつけていったというのである。つまり、佑矢にも人を変える力を持っていたと言える。学校という所はそのようなこともありうるのである。学校のあるべき姿を言い当てた言葉であり、感動的である。そのあと高志が校長室に呼び出されて、佑矢の母が涙を流しながら高志に抱きついて息子のことで礼を述べる場面は、さらに感動的である。 

このように佑矢はそのときから高志が兄貴のような存在になって、母に代わって信頼できる人物を勝ち得たことで少しずつ成長していったのであるが、この佑矢とともに高志も、佑矢から兄貴として慕われることでどんどんと自信をつけていったのである。そして2年生の春になると、高志は新聞社主催の「青春のメッセージ・コンテスト」で準優勝を受賞するほどまでに成長したのであった。そのコンテストの場面もこの映画の見どころであろう。先生たちも仲間の生徒たちも皆大喜びである。帰りの車の中で皆で一緒に歌を歌う場面は、楽しいひとときで、観客にとっても楽しくなるシーンである。それなのになぜ高志はこのたび無断で寮を抜け出したのか。

このようにリュー先生は小林先生と旭川に向かう車の中でこれまでの高志と佑矢のことを回想するのである。やっと旭川に到着してコンサート会場に駆けつけたが、すでに夜の9時を過ぎていて、コンサートは終わったあとであった。リュー先生と小林先生はとりあえず安いビジネスホテルを確保してから、2人を探し始めることにした。

スクリーンはまたリュー先生による回想場面となる。3年生の2学期になって、生徒たちが就職をめざして現場実習に出かける頃になると、高志はまたつまずいてしまったのである。高志の実習先はクリーニング工場であったが、そこでの仕事をすぐに覚えられずに、そこの社員から何度も同じ指導をされることが続いた。何度教えても実習生の高志がヘマをするし、仕事ものろいので、社員がイライラしてしまうと、高志の方もまただんだんと落ち込んでいったのである。迎えに来たリュー先生に自らの悩みを打ち明け、嘆くばかりであった。高志が初めて接した社会は彼にとってそう甘くはなかったのである。佑矢の世話をすることでやっと自信をつけたものの、現実社会の壁に前方の道を遮断されてしまったのである。心は落ち込むばかりで、ストレスも大きかったに違いない。卒業式を間近かに控えて、ますます心は沈んでいく中、この現実からの解放を求めて、高志は佑矢を連れて、安室奈美恵のコンサートを見るために旭川へ列車に乗って出かけたのである。

リュー先生はビジネスホテルの狭い一室でここまで回想するが、そこへ小林先生が戻って来る。眠れそうにないので、ビールを買って来たと言うが、リュー先生は生徒が行方不明の折、ビールなど飲んでいられないだろうと諌めてから、あとは2人でさまざまな話をする。今の養護学校に勤めることになったことを後悔していないかという話題から始まって、小林先生は札幌の彼女に振られてしまい、転勤希望を取り下げて、この養護学校に留まる決意をしたことなど、いろいろ話したあと、電気を消して寝ようとするが、若い小林先生はいてもたってもいられずに、またゲームセンターやバチンコ屋などを見てくると言って、出て行ってしまった。

一体、高志と佑矢は、安室奈美恵コンサートのあと、どこへ行ってしまったのであろうか。スクリーンではそのあと高志と佑矢が養護学校の木村という先輩(大沢一起)が勤めているホテルへ行っている場面が映し出される。2人は、幸い、親切なホテルの支配人(笹野高史)に出会い、厨房で夜遅くまで働いていた木村先輩のところまで案内してもらった。木村先輩の仕事が済んでから、3人は温泉に入ったあと、先輩の狭い部屋でいろいろと話し合っていたが、木村先輩は翌朝4時に起床しなければならないということで、3人はすぐに電気を消して寝ることにした。木村先輩の仕事は大変なようだけれども、このようなところで働くことができるだけでも幸せだと思わなければならないということだった。

翌朝、高志と佑矢が目覚めたときには、もちろん木村先輩はすでに厨房の仕事に出かけていたので、2人はホテルの裏口から外に出た。高志は公衆電話を使って養護学校へ電話をかけた。一晩中心配しながら待ち受けていた玲子先生がそれに出て、2人が木村先輩の部屋に泊まったことを聞いたが、高志はすぐに電話を切ってしまったので、居場所を確かめることができなかった。

高志と佑矢の方は、雪の中のバス停にいた。高志は次に通りかかるバスに佑矢を乗せて、養護学校まで送ろうとするが、佑矢は一度乗ったバスからまた降りて来て、2人は雪原の中を歩き出した。そうして雪原の中をさまよっているうちに、目の前の大空に熱気球が飛んできたのを見つけて、2人はそれに興味を抱く。そこへ1台の車が通りかかって、2人を車に乗せてくれた。車を運転していたのは、どうやら熱気球のチームリーダー(油井昌由樹)のようで、補助席に乗っていたのがその仲間の女性(山村レイコ)であった。幸い、2人は親切な人たちで、熱気球を飛ばす地点に2人を案内してくれたうえ、2人をその熱気球に乗せてくれた。高志と佑矢は大喜びである。熱気球が広々とした雪原の大空に浮かぶこの場面が、この映画の見どころでもあろう。それはそれまで鬱積していた高志と佑矢の心の解放を表現しているとともに、この映画の観客をも同様の気持ちにさせてくれる。昨夜のコンサートに続いて、今日はこの熱気球で高志と佑矢は解放感を味わうことができたのである。

玲子先生から連絡を受けたリュー先生と小林先生は、急いでそのホテルへ駆けつけ、卒業生の木村君に会ったが、もちろん2人の行き先を知ることはできなかった。リュー先生と小林先生は木村君に頑張るようにと励ましてから、また車に乗って2人を探しに出かけた。

その後、リュー先生と小林先生は地元の人から若い2人の情報を得て、その方向に向かって、雪道を車で急いでいたが、スリップしてしまって、最後には道端の雪の壁にぶつかってしまった。しばらく動けないままの状態でいると、上空から佑矢の声らしきものが聞こえてきた。車の天井を開けてみると、熱気球に乗って高志と佑矢がはしゃいでいる姿が見えてきた。その瞬間も大空にゆったりと熱気球が浮かんでいて、さわやかな気分にさせてくれる。その熱気球の浮かぶ大空は、高志と佑矢の解放された心を表現するとともに、リュー先生と小林先生がやっと2人の生徒を見つけたときの安堵の気持ちをも表わしていると考えられよう。観客もホッとさせられる場面である。広々とした雪原の中で2人の生徒と2人の先生が再会を喜び合う場面は、この映画の見どころであることは言うまでもない。

続く場面は、養護学校の校長室である。小宮山校長は校則を破って無断外泊した2人の生徒をひどく叱りつけるが、しかし、教育配慮から次のように説教する。「それ(無断で外泊したこと)は確かにいけないことだが、僕が怒っているのは、そんなことじゃない。君たちは1人で生きている訳じゃないんだよ。大勢の人たちとのつながりの中で生きているんだ。2日間、先生たちや君たちの友だち、ご両親、さらには床屋のおじさん、駅員さんたち、バスの運転手さんたちがどんなに心配したか、そこをよく考えなくちゃいけない!」と、校長らしく2人を諫めるのである。それでも佑矢の方はよく理解できないようであるが、教師側もそれ以上のことを望んではいけない。校長先生にしても、校長という立場からそのように説教をしたのであり、そこには2人の生徒に対する愛情がひしひしと感じられる。叱り飛ばすだけが教育ではないのである。とりわけこのような養護学校においては、生徒1人1人の立場に立った指導が必要なのであろう。以前に玲子先生が若い小林先生を諭して言ったように、「生徒に寄り添う」ことが大切なのである。ともかくこうして高志と佑矢の無断外泊の一件は無事解決したのである。

2人の生徒が無事戻って来て、胸をなで下ろしたリュー先生は、家に戻って1通の手紙を書き始めた。東京に住んでいる別れた妻葉子にあてた手紙である。「葉子様、・・・僕たちは由香に多くのことを期待してはいけないと思う。僕たちだけではない、おばあちゃんや学校の教師が、あの娘(こ)に独りよがりな期待を抱くことが、本人にとってどんなに大きな負担であるかを思ってやるべきだ。僕たちができることは、あの娘に寄り添ってやること、そして健康と、自分を愛する心を与えてやることだと思う。どうか、あの娘に過大な期待をかけて苦しめないでほしい。あの娘にどんな花が咲き、どんな実がなるのかを知っているのは、親や教師ではなく、本人なんだから。離れて暮らす父親の、心からのお願いです」リュー先生がこのような心境になったのも、東京の普通高校の教師を辞めて、この北海道の養護学校で障がいのある子供たちと接しているうちに、教師の務めは「生徒に寄り添う」ことが大切だと悟ったからであろう。特に今回の高志と佑矢の無断外泊の一件でそのように確信するに至ったのであろう。このようにこの映画は養護学校の問題を取り扱いながらも、子育ての問題にまで繋がっているところに魅力があると言えよう。

最終場面は卒業式である。リュー先生は前日生徒たちと「泣くのはやめよう」と約束していたにもかかわらず、教室で一番先に泣き出してしまった。それを見た若い小林先生は、これから巣立っていこうとする生徒たちに向かって、強気にこう言う。「さ、泣くのはよそう。百合子、な、幸ちゃんも絵里ちゃんも涙を拭いて。泣いている場合じゃないんだ! いよいよ君たちは明日から社会人になるんだぞ! これからは毎日が戦いなんだ! 泣きたい時や叫びたい時が何度もあるだろう。そんな時はな、そん時はいつでも俺のところに来い、話聞いてやるから」このように強気で皆を励ますが、そう言い終えると、小林先生はひとり廊下に飛び出て、オイオイと泣いている。涙を催させる場面である。小林先生はいずれそのうち札幌の普通高校に転勤しようと考えていたが、とりわけ高志と佑矢を追いかけているうちに、ここに留まる決意をしたようである。この映画ではこの若い小林先生の内面的成長過程をも描いており、そこにも特徴があると言えよう。


以上のように見てくると、この映画は養護学校での問題を取り扱いながらも、それが現代日本の教育全体の問題、さらには子育ての問題にも繋がっていることが分かる。「学校とは何か」、「教育とは何か」、そして「子育てとは何か」について、いろいろと考えさせられ、その解決策として一つのヒントを与えてくれる映画である。そのヒントとは「生徒あるいは子供に寄り添う」ということであろう。教師あるいは親からの目線で見るのではなく、生徒あるいは子供の目線に立って、彼らに「寄り添う」かたちで彼らの行動を見守ることが大切である。ドイツ語で教育とはErziehung(エアツィーウング)と言うが、その意味はerziehen(エアツィーエン)、つまり、ziehen(ツィーエン、引き出して)あるものをer-(エア、獲得する)ことである。彼らに「寄り添って」、彼らを見守りながら、彼らのよい面、すぐれた面を引き出してあげるのが教育なのではないだろうか。教師はいわば一つの苗のそばに立つ「添え木」である。子供のそばに立って、成長を温かく見守る「添え木」である。あまり期待してもいけないし、あまり突き放してもいけない。適度に「寄り添って」、すくすくと伸びるのを手助けするのが教師の務めである。この映画からこのようなことが考えられはしないだろうか。この映画で与えられる一つのヒントを手がかりにして、学校と教育と子育てについて考えるのも、よいことであろう。是非、この機会にこの映画を鑑賞していただきたいものである。養護学校での問題が現代日本における教育・子育てについての普遍的な問題を投げかけているところに、この映画の特徴と魅力があるということがよりよく理解できるであろう。


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