【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第105号
メールマガジン「すだち」第105号本文へ戻る


○連載「知的感動ライブラリー」(77)

ヴェルディの歌劇『仮面舞踏会』
総合科学部教授 石川榮作

ヴェルディの歌劇『仮面舞踏会』は中期から後期への架け橋となる作品である。この作品はスウェーデン王グスターヴォ3世が1792年、仮面舞踏会の夜に、信頼のおける部下であったアンカーストロム伯爵によって暗殺されたという実話を取り扱っているが、国王と暗殺者の妻との道ならぬ恋はフィクションとして付け加えられたものである。この実話にフィクションを盛り込んだ物語をオペラ化したのは、ヴェルディ(1813-1901)が最初ではない。フランスの劇作家ウジェーヌ・スクリープ(1791-1861)の戯曲『ギュスターヴ3世』にフランスの作曲家フランソワ・オーベール(1782-1871)が曲をつけて、そのオペラ『ギュスターヴ3世または仮面舞踏会』はすでに1833年にパリ・オペラ座で初演されている。ナポリのサン・カルロ歌劇場から作曲依頼を受けたヴェルディは、このオペラを素材として、台本をアントーニオ・ソンマ(1809-64)に依頼して、作曲を進めた。しかし、国王暗殺を素材にしたこの物語は、検閲をパスすることができなかった。そこでヴェルディは比較的検閲のゆるやかなローマで、物語の舞台をスウェーデンからアメリカ・ボストンに移して、ようやくローマ・アポッロ劇場で初演を迎えることができたという作品である。物語は国王暗殺という恐ろしい内容でありながら、激しい音楽の中にも抒情的な音楽と軽妙な音楽もちりばめられていて、うっとりさせられてしまう場面も多い。以下、順にあらすじを辿りながら、この歌劇の聴きどころ・見どころなどを紹介することにしよう。

第一幕

悲劇をほのめかす短い曲が冒頭で奏でられたあと、第一幕の幕が開くと、第1場はスウェーデン・ストックホルムのグスターヴォ3世の宮殿から検閲で変更を余儀なくされた、17世紀イギリスの植民地アメリカ・ボストンのリッカルド総督の宮殿大広間である。市の有力者たちがリッカルド総督を讃える歌に混ざって、反逆者たちが反乱の機会を密かに語り合う声が混じり合って、冒頭から不穏な雰囲気である。

小姓オスカルがリッカルド総督のお出ましを知らせてから、主人公リッカルド総督が登場してくる。総督はその小姓から渡された仮面舞踏会の招待者名簿の中に、密かに恋心を寄せる人妻アメーリアの名前を見つけて、喜びに震える。そのときリッカルド総督が心をときめかせて歌うロマンツァは、「リッカルドの愛のテーマ」で始まり、支持者たちによる総督讃美の声に反逆者たちの声も混ざり合った合唱へと受け継がれて、最初の盛り上がりを見せる。このあたりが最初の聴きどころであろう。

その場にいた人々が退くと、入れ違いに総督が最も頼りとしているレナート(史実のアンカーストレーム伯爵)が登場して来る。レナートはリッカルド総督が密かに心を寄せているアメーリアの夫であり、総督はアメーリアの名前を口にしているところを聞かれたのではないかと憂い狼狽するが、レナートはそれを総督陰謀の憂いだと思い込んで、反逆者たちが陰謀を企んでいることを伝える。しかし、リッカルド総督は、陰謀者たちの名前が挙げられようとしても、血まみれの騒動になることを嫌って、それを遮ってしまう。不穏な動きにあまり反応しないリッカルド総督に向かって、レナートはしきりに総督の身に災いが起こると大変なことになることを伝えながら、アリアを歌う。「あなたに万一のことがあったら、民衆や祖国はどうなりましょうか」に始まるこのアリアも、文句なしに聴きどころであろう。この場面ではとにかくレナートがリッカルド総督に忠実に仕え、総督の最も頼りにする部下であることが読み取られる。それだけにこれから起こる悲劇がいっそう深められることになるのである。

そうしているところへ主任判事が現れる。主任判事は卑しいジプシー女のウルリカが怪しげな占いをして、人心を惑わしているので、彼女を追放すべきだと考えているが、その判決はどうかと、リッカルド総督の意見を聞きに来たのである。総督が小姓オスカルに意見を求めると、小姓オスカルは占い女ウルリカを弁護して、明るく軽快な歌を歌う。暗殺あるいは陰謀という暗いテーマの中にあって、この小姓オスカルの軽妙な歌は際立ってすばらしい効果を上げている。「その女予言者は心に迷いのある者を助けている」という小姓オスカルの言葉を受けて、リッカルド総督は自らがその女予言者のいる魔法の岩屋に行くことを口にする。レナートはしきりに危険であると警告するが、リッカルド総督は変装して今日の3時にそこに出かけることにした。反逆者たちは反乱の機会があるかもしれないことをささやき合いながら合唱に加わり、その場の合唱は最高潮の盛り上がりを見せる。ヴェルディらしい合唱の盛り上がりであり、第1場最大の聴きどころであることは言うまでもない。

場面が変わって、第2場はその女予言者ウルリカのいる魔法の岩屋である。不気味な音楽が奏でられる中、燃え盛る炉の大釜の前では、ウルリカが呪文を唱えて地獄の精霊を呼び出している。「地獄の王よ、ここに来たれ」で始まる祈祷のアリアもまた聴きどころである。この祈祷のアリアが終わったところで、リッカルド総督が漁師に変装して到着し、隅に身を隠して女占い師の様子を窺っている。ウルリカが続いて歌うガバレッタ風な歌も聴きどころである。

ウルリカが2つ目の歌を歌い終えると、そこへ水兵クリスティアーノが現れ、彼はこれまで15年間リッカルド総督に命がけで仕えてきたが、それに応じた報酬を得ていないので、今後のことを占ってほしいと女予言者に願い出る。ウルリカはその水兵に向かって、「すぐにお金と地位が手に入る」と予言するが、それを隅で密かに聞いていたリッカルド総督は、紙切れに昇進の旨を書いて、それとともに金を、その水夫のポケットにそっと気づかれないように入れておいた。予言を受けたあと、水夫クリスティアーノはポケットにそれらを見つけてびっくりして、大喜びでその場を去って行く。

そのあとにその場に現れたのは、アメーリアに仕える従者である。リッカルド総督はその従者を目にして隅で慌てふためく。従者によると、女主人アメーリアが内密な相談事のために訪れたということで、ウルリカはほかの者たちを退かせるが、隅に隠れていたリッカルド総督はそのままそこにとどまった。そのあとアメーリアが入って来る場面の音楽も感動的である。占い師ウルリカの前に現れたアメーリアは、彼女に向かって「愛してはならない人の面影がどうしても心の中から消えない」ので、「その人の面影を忘れることのできる薬がほしい」と相談する。するとウルリカは、町はずれの死刑台のある丘に生えている薬草を教えて、それを深夜に摘むようにと助言する。そのさまを物陰から聞いていたリッカルド総督は、アメーリアが自分を想っていてくれたことを喜ぶとともに、「そのような恐ろしい場所にアメーリアを1人で行かせるわけにはいかない」と考えて、自分もその処刑場に出かけて行くことを決意する。その場面で予言者ウルリカと人妻アメーリアとリッカルド総督の三重唱が展開されるが、その中には「アメーリアの祈りのテーマ」も盛り込まれていて、もちろん注目すべき聴きどころである。ヴェルディならではの音楽による感動の場面である。

アメーリアが帰って行くと、入れ替わりにリッカルド総督の小姓オスカルとともに部下たちが登場して来る。リッカルド総督も物陰から現れ出て、小姓オスカルに自分の身分を明かさぬように指示してから、女予言者ウルリカに話しかける。漁師を装って、リッカルド総督は「今度の航海は大丈夫だろうか」と占いを頼む。ウルリカは彼の手相を調べて、彼が漁師ではなく、貴い人であることを言い当てて、「すぐに死ぬ」ことを予言する。リッカルド総督は戦場でなら名誉なことだと答えるが、ウルリカは「親しい友人によって殺される」と予言する。これを聞いたリッカルド総督は、「それは冗談で、戯れ言だ」と言って、それを軽く笑い飛ばす。リッカルド総督が冗談半分に「誰によって殺されるのだ」とウルリカに問い返すと、予言者は「最初に握手した者に殺される」と答える。これを聞いたリッカルド総督は、そこにいる者たちに握手を求めるが、彼と握手しようとする者はもちろんいない。ちょうどそこへリッカルド総督のことを心配して忠信の部下レナートがやって来る。何も知らないレナートは、手を出したリッカルド総督と握手する。レナートは彼の忠実な部下だから、「彼が総督を殺すわけがない」と口にして、リッカルド総督だけではなく、そこにいた者たち皆がウルリカの予言は、やはり冗談で、戯れ言だったと軽く受け止めて、笑い飛ばしてしまう。

そうしているうちにリッカルド総督の身分も今や明らかになって、水兵クリスティアーノを先頭に人々が入って来て、リッカルド総督を讃える。それでも予言者ウルリカはこの中に反逆者がいて、しかも数人の謀反人がいることを予言する。謀反人のサムエルとトムはそれを聞いて立ちすくむが、リッカルド総督を讃える「祖国の子よ」の合唱がその場を盛り上げて、第一幕の幕は降りる。この最終場面での合唱もヴェルディらしい魅力を持っていて、もちろん聴きどころである。

第二幕

冒頭から緊迫感にあふれた短い導入曲が奏でられて、第二幕の幕が開くと、第1場は夜中の寂しい処刑場である。アメーリアが頭にヴェールを被って、その場に現れ、周囲の荒涼とした恐ろしい光景に震え上がる。アメーリアは「ここがその恐ろしい場所」と歌い始めて、薬草を摘む勇気を与えてほしいと神に祈る。夜中の12時を知らせる鐘の音が聞こえてから、その恐ろしさはますます増していって、アメーリアは怯えながら必死に神の加護を祈り続ける。この場面でのアメーリアの恐怖も聴きどころであり、またその演技についても見どころである。

そこへ突然、リッカルド総督が姿を現すので、アメーリアはびっくりしてしまう。彼女はリッカルド総督に自分は彼の忠実な部下の妻であることを口にして、自分に近づかないようにと願うとともに、この苦しみから自分を救ってほしいと神に祈る。この場面の音楽も観客をぐいぐいとオペラの中に引き込んでしまう魅力がある。その彼女の苦しみにもかかわらずリッカルド総督は、自分の想いのたけを熱烈に告白し続けてやまない。アメーリアはためらい、悩んだ末、もはや堪えきれずに、彼に対する秘めた想いを打ち明ける。2人は今や情熱的な二重唱を歌って、秘めた想いに陶酔する。「ただ一言、愛していると言っておくれ」「愛しています」と2人が互いに想いを打ち明ける、第二幕のこの場面こそ歌劇『仮面舞踏会』で最も注目すべき聴きどころであり、また見どころと言ってもよいかもしれない。まさにこれぞオペラの世界ではないだろうか。しかし、この愛の告白がのちの悲劇の原因となってしまう。ドラマチックな転換点の感動の場面である。

そこへアメーリアの夫レナートが姿を現す。レナートはもちろん妻アメーリアを追いかけて来たのではなく、自分が仕えるリッカルド総督の身を案じてこの場にやって来たのである。アメーリアはヴェールを再び被って、夫に自分だと気づかれないようにする。レナートはマントで身を隠した自分を反逆者たちが仲間と勘違いして、「見知らぬ美女とお楽しみ中」のリッカルド総督を襲おうと自分に打ち明けたので、急いでそれを知らせようとここに駆けつけたのだという。「あそこに脱出できる道があるから、急いで逃げてください」というレナートの助言に対して、リッカルド総督はアメーリアをここに残していくのをためらうが、忠実なレナートに対して「この女性にヴェールを被せたまま、何の話もせずに街まで送って行き、街の門のところに着くと、婦人とは反対方面に行く」ことを誓わせてから、その場を急いで立ち去る。ドキドキハラハラさせて、ヴェルディのオペラのすばらしさをよく見せてくれる感動の場面である。

リッカルド総督が先に逃げて、レナートとその婦人が2人きりになったところに反逆者たちがやって来る。彼らはリッカルド総督を逃がしたことを残念がるが、せめてここにいる婦人の顔を拝もうとして、その婦人に近づこうとすると、レナートがそれを阻止して、互いに剣を抜き、緊張した雰囲気となる。そこに婦人が介入したとき、婦人の頭からヴェールが落ちて、リッカルド総督が愛しいと想っていた婦人は、実はレナートの妻アメーリアであったことが分かってしまう。妻と知ったレナートが愕然としたのは、言うまでもない。反逆者たちは「こんな夜中にこんなところで奥方と一緒に色男はお楽しみというわけか」と、レナートを嘲笑する。がっくりと意気消沈してしまったレナートは、その反逆者たちの中からサムエルとトムを呼び止めて、明日の朝、自分の館に来るようにと言い付ける。反逆者たちはこの2人の噂が街に広がっていくであろうと嘲笑いながら、その場を立ち去って行く。誠実に仕えていた主人に裏切られたことで、レナートは怒りを抑えることができず、また妻アメーリアの方は神に救いを求めるだけである。反逆者たちとは反対の方向に2人が立ち去ろうとしたところで、第二幕の幕が降りる。

第三幕

極度に緊張感の漂う導入曲とともに、第三幕の幕が開くと、第1場は翌朝のレナートの館の書斎である。夫レナートが妻アメーリアを引っ立てて、入って来て、怒りをぶちまけながら、妻に死でもって償うようにと命令する。妻アメーリアは「不確かな証拠だけで自分を罪人だと決めつけるのですか」と言うものの、レナートは妻の弁明に耳を傾けずにただ血で償うようにと迫るのみである。「ほんの一瞬だけ、あの人を愛しましたが、名誉は汚していません」といくら言い訳をしても、レナートはあくまでも妻に対して血による償いを要求する。涙ながらに懇願しても許してもらえないと悟ったアメーリアは、死を覚悟して、アリア「死ぬ前にもう一度幼い息子を抱かせてほしい」を歌う。アメーリアに同情せずにはいられないアリアである。

夫レナートは妻アメーリアに幼い息子と会うことだけは許すが、妻がその場を立ち去るや否や、自分が討たなければならないのは「妻の弱い心」ではなく、「あいつ」に対してだ、「この恥辱を償うのは、あいつの血でなければならない」と、これまで忠実に仕えてきたリッカルド総督への怒りを露わにする。友情と信頼を裏切ったリッカルド総督への憤怒のアリアを歌ったあと、今度は一転して抒情的なメロディとなって、幸せに暮らした妻との日々を懐かしみながら、「美しく清らかなアメーリア」の思い出を歌うアリアも、また文句なしに聴きどころである。リッカルド総督に対してこれまで忠実であったように、妻アメーリアに対してもレナートは誠実な愛情を抱いていたことがひしひしと伝わってくるアリアであり、決して聴き逃してはならない場面である。

こうしているところに反逆者たちのサムエルとトムがやって来て、レナートは幼い息子を人質にして彼らの謀反の仲間に入りたいことを伝える。謀反者たちは最初レナートの心変わりが信じられなかったが、そのうちそれが本気であることを悟って、仲間に入ることを認める。このときレナートが「恥辱を受けた我々が求めるのは、ただ一つ復讐だけだ」と歌い始めて、そのうち謀反者たちも加わって行進曲風な三重唱となる場面も、ゾクゾクとさせられるヴェルディらしい音楽である。

3人はこうしてリッカルド総督を暗殺することを誓い合うが、3人のうち誰がその暗殺を実行するかについて、各人が自分だと言って譲らない。そこでアメーリアに籤(くじ)を引かせて決めることにした。3人は3枚の紙切れに暗殺者の名前を記載した籤を作って、それを青銅の壺に入れた。やがてアメーリアが幼い息子に最後の挨拶をして、その場に戻って来た。何の事情も知らないアメーリアは、夫レナートの指図に従って、壺の中に手を入れて、1枚の紙切れを取り出す。この籤引きの場面は、ティンパニーや弦楽器の演奏で盛り上がって、観客にはドギトキハラハラさせる場面であり、聴きどころと同時に見どころでもあろう。手にした紙切れには、レナートの名前が書かれていた。レナートが喜ぶさまを見て、アメーリアはリッカルド総督暗殺の籤引きであったことに気づく。3人は陰謀を実行していくことに燃え上がる一方、アメーリアはリッカルド総督に陰謀を警告したい気持ちに駆られるこの場面の四重唱も、聴きどころであることは言うまでもない。

さらにそこへリッカルド総督の小姓オスカルがやって来て、今夜の仮面舞踏会への招待を知らせる。絶好の機会が訪れたことを3人の男たちは喜び、合い言葉を「死」と決めて、復讐を誓い合う一方で、小姓オルカルはその陰謀に気がつかずにただ華やかな仮面舞踏会が行われることに想いを馳せて明るく軽妙に歌う傍ら、アメーリアはなんとかこの陰謀をリッカルド総督に知らせてあげたいと想い悩むのであるが、この五重唱はやはりヴェルディらしく圧巻の合唱である。これから起こる悲劇がほのめかされて、場面は一段と盛り上がって、見逃せない場面である。

このあと場面が変わって、第2場はリッカルド総督の私室である。「リッカルドの愛のテーマ」に乗ってリッカルド総督が登場し、アメーリアに寄せる自分の愛情がレナートにばれてしまったことは何も知らずに、秘めた愛情は自分の心にしまっておくことにして、レナート夫妻を祖国のイギリスへ帰してあげようと決意してから、辞令に署名する。そのとき秘めた恋心をあきらめなければならない痛切な想いを込めて歌うアリア「たとえ永久に君を失うことになろうとも」は、第三幕の最も注目すべき聴きどころであると言ってよいかもしれない。諦念のアリアは中期から後期にかけてのヴェルディの得意とするところである。

そこへ小姓オスカルが現れて、リッカルド総督は一人の見知らぬ女性から預かったという一枚の紙を受け取る。それを開いて読んでみると、「舞踏会で総督の命を狙っている者がいる」という内容であった。しかし、リッカルド総督はここで舞踏会に出るのを止めたら臆病者だと罵られるだろうと考えて、小姓オスカルに舞踏会の準備に取り掛かるように命じる。

ここでまた場面が変わって、第3場はその仮面舞踏会場である。この舞台転換の場面では音楽が途切れることなく続いて、音楽が次第に盛り上がっていって、どのように仮面舞踏会場に移行していくのか、その場面転換も見どころである。仮面舞踏会場では人々がその享楽的な楽しみを合唱している。暗殺者たちが「死」を合い言葉にして集まっているところに、リッカルド総督の小姓オスカルが現れて、レナートは変装を見破られてしまう。レナートがその小姓オスカルにリッカルド総督の仮装についてしつこく尋ねると、オスカルはアリア「どんな仮装か知りたいだろうが」を歌って、それを撥ねつけてしまう。ここでの小姓オスカルの歌も軽妙で興味深く聴きどころである。レナートが「明日までに総督に伝えなければならないことがある」と言うと、小姓オスカルはついにリッカルド総督の仮装について「黒いマントに、ピンク色のリボンを胸につけている」ことを漏らしてしまう。

仮面舞踏会の音楽が一段と華やかになっていく中で、アメーリアはリッカルド総督を見つけて、彼に近づいていく。そして彼女は彼に、この舞踏会場には暗殺を企んでいる者がいることを、そっと知らせる。リッカルド総督はそれによって一枚の紙に書いて知らせてくれたのがアメーリアであったことを理解するものの、相変わらずそれを軽く受け流す。リッカルド総督はそのあと彼女への愛情を打ち明けながらも、夫レナートとともに生れ故郷に帰って行くように伝える。そのときレナートが背後から近づいて、リッカルド総督の背中に短刀を突き刺す。演出によっては、この暗殺の場面は実話と同じようにピストルによる場合もある。いずれにしてもリッカルド総督は床に倒れると、一同が彼の周りを取り囲む。リッカルド総督は苦しい息のもとで、アメーリアの潔白を誓うとともに、レナートにイギリスへの帰国栄転の辞令を取り出して渡すと、レナートは茫然(ぼうぜん)として、自分の早まった暗殺行為を後悔する。リッカルド総督は持ち前の「広い心」を見せて、すべての者を無罪にすることを言い残して、息を引き取ってしまう。会場の人々が「呪わしい夜よ」と叫び声をあげたところで、最終の第三幕の幕が降りる。


以上のとおり、あらすじは総督の暗殺物語であるが、その背後では人間の複雑な心理が展開されて、すばらしい内容のオペラ作品に仕上がっている。リッカルド総督の人妻アメーリアへの密かな恋心と、名誉と友情のためにその恋心を抑えるという諦念を大きな柱として、レナートの妻アメーリアがリッカルド総督への道ならぬ恋に悩み、その揺れ動く心のさまが展開されていく。レナートは妻アメーリアの束の間の道ならぬ恋に怒りをぶつけて、妻に血の償いを要求するものの、妻との幸せな日々を思い浮かべて、「美しく清らかな妻アメーリア」への代わらぬ愛情を歌い上げる。それでも彼はあまりにも誠実であるがゆえに、友情と信頼を裏切ったリッカルド総督を許すことはできない。リッカルド総督に仕返しを図ろうとする反逆者たちに、部下レナートもそれに加わるものの、それが早とちりであったことをレナートは後悔する。最後にはリッカルド総督の「広い心」には感動せずにはいられない。さまざまな人間の心理が入れ混ざる中で、リッカルド総督の「広い心」が特に注目に値する。また第二幕に登場するジプシー女の予言者ウルリカの存在も忘れてはなるまい。ジプシーはヴェルディのオペラでは特に重要な役割を果たしていることは、他の作品を見ても明らかである。全体的に現実離れした物語でありながら、ヴェルディ特有の合唱も随所にちりばめられていて、完成度の高いオペラ作品に仕上がっている。是非、この機会に鑑賞していただければと思う。オペラの魅力に取り憑かれることは、間違いないであろう。


メールマガジン「すだち」第105号本文へ戻る