【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第88号
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連載「知的感動ライブラリー」(61)『タイタニック』

ジェームズ・キャメロン監督の映画『タイタニック』(1997年)
総合科学部教授 石川榮作

1. ジェームズ・キャメロン監督の映画『タイタニック』の製作

今年(2012年)は,1912年4月10日にイギリス南部のサウサンプトン港からアメリカのニューヨークに向けて処女航海に出た豪華客船タイタニック号が14日夜に大西洋で氷山に衝突して,15日未明に沈没し,乗客乗員約2200人のうち約1500人が犠牲となったという最大の海難事故があってから,先月でちょうど100年にあたる。新聞やテレビニュースによると,そのタイタニック号の航路などを再現する記念航海のクルーズ船が出航したりして,この海難事故で犠牲となった人々に改めて想いを馳せながら,さまざまな追悼行事が行われたようである。この海難事故はこれまで何度も映画化されたり,小説化されたりなどして,100年経った今でも,色あせることのない「悲劇の豪華客船」の物語として語り継がれている。その中でも世界中の人々にこの「悲劇の豪華客船」の物語を最も強く印象づけているのは,1997年にジェームズ・キャメロン監督によって製作された映画『タイタニック』(アメリカ)であろう。この映画の製作費は約250億円という莫大なもので,上映時間も3時間15分に及ぶ文字どおりの超大作である。1997年度のアカデミー賞では作品賞や監督賞そして撮影賞をはじめとして11部門で受賞という栄誉に輝いた。海難事故を描いた単なるパニック映画に終わることなく,その中に若い男女の恋愛物語を織り交ぜて,海難事故の極限状態の中でさまざまな人間ドラマが展開されており,わが国でも震災や事故の多い昨今,事故の悲惨さや人間の絆といったものをはじめとして,「人生」についていろいろなことを考えさせられる映画である。

そこで以下においては,映画『タイタニック』のあらすじを辿りながら,その見どころなどを紹介するとともに,この映画の意義と魅力などを考えてみることにしよう。


2. 映画『タイタニック』のあらすじと見どころ

この映画はいわゆる「枠物語」となっていて,現在101歳の老婆ローズ・カルバート(グロリア・スチュアート)が1912年のタイタニック号沈没のありさまを一部始終物語ることになっている。その語り手が登場するまでには,かなりの時間がかかり,映画の冒頭でスクリーンに映し出されるのは,1912年4月15日未明に北大西洋の深海に今もなお壊れて沈んだままのタイタニック号である。その朽ち果てたタイタニック号に潜水艇が近づいて,ロボット技術でその船の中を探索している。潜水艇での探索を指揮しているのは,宝探しで有名なブロック・ラベット(ビル・パクストン)である。彼はルイ16世が身に着けていた王家のブルーダイヤの探索をしていたのである。このブルーダイヤはルイ16世が首をカットされたとき,一緒にカットされて,ハートの形となって,「大洋の心」と呼ばれている貴重な56カラットの宝石である。その宝石は1792年以来行方不明になっていたが,1912年に豪華客船タイタニック号が出航する直前にピッツバーグの鋼鉄王ネイサン・ホックリーの息子キャルがそれを購入して,婚約者に贈ったとされて,ラベットはその沈没したタイタニック号の中からブルーダイヤ「大洋の心」を発見して,一攫千金(いっかくせんきん)を狙っていたのである。しかし,沈んだタイタニック号の中から引き揚げられた金庫から出てきたのは,若い女性の裸体を描いた一枚の絵だけであった。その絵の中の女性の胸につけられてあったのがそのブルーダイヤ「大洋の心」であった。この絵が発見されたことをテレビ放送で知った101歳の老婆ローズ・カルバートが,車椅子に乗ったままヘリコプターで孫娘リジー(スージ・エイミス)とともにラベットの乗っている探索船を訪れて,絵のモデルは自分であると名乗り出て,当時のタイタニック沈没の一部始終を語ることになるのである。

1912年4月10日豪華客船タイタニック号は,イギリス南部のサウサンプトン港からアメリカのニューヨークに向けて処女航海に出ようとしていた。これまでにない豪華な客船で「夢の船」ともほめ称えられたが,しかし,この映画の主人公の一人で上流階級の娘ローズ(ケイト・ウィンスレット)にとっては奴隷船に過ぎなかった。彼女はピッツバーグの鋼鉄王の息子キャル(ビリー・ゼイン)の婚約者であり,そのキャルや母親と一緒にこの他人の目には「夢の船」であるタイタニック号に乗り込んだのであるが,1等船室の特別な豪華な部屋であっても,彼女にとってはその部屋の中で鎖につながれて奴隷のようにアメリカに連れて行かれることを意味していたのであり,心の中では嘆き叫んでいたのである。この苦しみを婚約者も母親も分かってはくれない。母親は母親で,かつては上流階級に属していたものの,夫を亡くした今では財産も底をついてピッツバーグの資産家キャルに頼るしかなく,この大富豪に娘を嫁がせようとしているのである。そのような母親を見ていると,自分の人生がたまらなく嫌になってきて,このようなことで彼女の悩みはますます深くなるばかりであった。

一方,もう一人の主人公ジャック・ドーソン(レオナルド・ディカプリオ)は貧しい画家志望の若者で,これまでパリなどで絵を描いてきたものの,今後は故郷である新天地アメリカで自らの新しい道を切り開こうとして,ニューヨークに向けて出発したのである。タイタニック号の乗船券を購入する金銭的な余裕はなかったが,彼はそれをポーカーで勝ち得て,ニューヨーク行きが可能となったのである。その切符はもちろん3等船室のものである。

このようにタイタニック号には1等船室,2等船室そして3等船室があり,船の中にも階級の異なる社会があった。上流階級の令嬢ローズの周辺では,これまで毎日毎日飽き飽きするようなパーティが繰り返され,今回の船旅でも1等船室の中でも特別豪華な部屋が用意されて,お茶の時間にも夢の豪華船タイタニック号を設計したトーマス・アンドリュース(ヴィクター・ガーバー)やそれを発案したJ.ブルース・イズメイ(ジョナサン・ハイド)も同席して,この豪華船について賑やかに会話が進んでいるが,ローズからすれば,そのような見栄っ張りな会話には,どうしても馴染めないで,飽き飽きうんざりしている。そのような彼女の苦しみと悩みを理解してくれる者はいない。婚約者キャルも彼女の心が分かっていない。一方,貧しい画家のジャックはこの豪華船の切符もポーカーで手に入れ,まさにカードで一か八かのその日暮らしの人生を送っている。しかし,彼の人生は自由奔放で,彼の心は大きくて広い。

その下層階級のジャックが上流階級のローズの姿を初めて見かけたのは,タイタニック号が出航してから2日目の昼間のことであった。ローズは飽き飽きとするお茶の席から抜け出して,1等客用のデッキに立って寂しそうな顔をして広い海を見つめている。その姿をジャックは下の3等客用のデッキから目に留めて,一目惚れしてしまうが,もちろん彼には手の届かない高嶺(たかね)の花であった。

そのような両極端の階級に暮らしている二人が,初めて近づきとなったのは,その夜のことである。ジャックがデッキのベンチに横になって夜空を仰ぎながらタバコを吸っていると,そのそばをローズが走り過ぎて行って,船尾に辿り着いた。彼女は1等船室でのサロンに馴染めずに,突然そこを飛び出して来たのである。船尾にやって来てから,ローズは手すりを越えて,下の海を覗き込んでいる。そのまま海に飛び込んでしまいたいところであるが,しかし,彼女はそこから飛び降りて自殺することをためらっているようである。彼女のあとを追って来たジャックは,それをすでに見抜いていて,彼女が海に飛び込むなら自分も飛び込むなどと言いながら,彼女を説得する。彼女は説き伏せられて,もとのデッキに上ろうとして手すりを越えようとした瞬間,本当に足を滑らせてしまい,あやうく落ちるところであった。しかし,彼女はジャックの手にしっかりとつかまって,なんとか助けられた。まずはこの場面がドキドキハラハラさせられて,最初の見どころであろう。この騒ぎを聞いて駆けつけて来た彼女の婚約者キャルは,どうして自分の婚約者を襲ったのかと,ジャックを責め立てる。これを見て,ローズは手すりを越えて,船のスクリューを見ようとしていたら,足を滑らせて落ちそうになったところをこの若い男の人に助けられたのだと言う。とっさに出たこの彼女の作り話にジャックも口裏を合わせるかたちでうなずいたので,その場はなんとか収まった。そしてジャックは命の恩人として翌日1等船室での豪華な夕食の席に招待されることになったのである。

このような出来事があったにもかかわらず,婚約者のキャルは一向にローズの悩みには気がついていない。それどころか彼はローズへ自分の気持ちを伝えようとして,その出来事のあと部屋に戻ると,婚約パーティのために用意していた宝石,ルイ16世が身に着けていたという貴重な56カラットのブルーダイヤ「大洋の心」を彼女に贈る。そのほかにも欲しい物は何でもあげようと約束して,彼の愛を拒まないでくれと願う。しかし,彼女はどうしても心を開くことはできないようである。

翌日の昼間,ジャックとローズは,昨夜の出来事がきっかけで,再度デッキで出会った。二人は大きな船のデッキを歩き回りながら,最初は互いに反発し合いつつであったが,さまざまなことを話しているうちに,だんだんと打ち解けて,最後には仲良くなっていった。その日の夜,ジャックはモリー・ブラウンと呼ばれている貴婦人(キャシー・ベイツ)からタキシードを貸してもらい,それを着て,1等客の夕食の席に出かけて行った。タキシードを着ると,誰の目にも紳士で,鉄道王の御曹司とも思われるほどであったが,しかし,1等客の食事の席で豪華な食事が運ばれてきてもどのフォークから使ったらよいのか分からない。隣のモリー・ブラウン貴婦人に教えてもらう有様である。またローズの母に「お住まいはどこなの」と尋ねられると,「今のところこのタイタニック号です」と答えるだけである。この豪華船の切符もポーカーで手に入れたことを皆に打ち明ける。ローズの母から「浮き草のような人生が好きなの」と尋ねられても,ジャックは今の自分の生活に誇りをもっていて,次のように答える。「はい,好きです。必要なものは揃っています。丈夫な身体とスケッチ・ブック。毎朝,起きるのが楽しみです。誰に出会い,何があるのか。橋の下で眠ったりすることもあれば,このように世界一の豪華船でシャンパンを飲んだりすることもある。人生を無駄にしたくない。配られたカードで勝負するだけです。毎日を大切に」このように答えるジャックの言葉は,この映画で最も重要な言葉であろう。上流階級の人々は「今を大切に」という点で,ジャックの話に賛同したものの,彼の根無し草のような生活を軽蔑して聞いていたに違いない。ただローズだけはそのような自由奔放なジャックの生活に一種のあこがれのようなものを抱いて聞いていたと思われる。人生,毎日,一時間一時間を大切にしたいというジャックの生活信条は,これから起きる海難事故に際してもローズとの束の間の恋愛の中で貫き通されるのである。

食事が終わって,紳士たちは喫煙室に移ることになった。紳士たちはそこで葉巻をふかしたり,ブランデーを飲んだりしながら,ビジネスと政治の話をするのである。ジャックはもちろんそのような場に行く気はない。彼はローズに別れの握手をするふりをして,逢い引き場所のメモを渡して,その場を引き上げた。約束の時計のある場所にローズがやって来ると,ジャックは彼女を3等船室で行われているダンス・パーティに誘った。ローズにとってそこは1等船室の飽き飽きとするサロンとはまったく違った雰囲気の「本当の意味でのパーティ」であった。ローズは自らも楽しく踊って,初めて開放感を味わった。しかし,そのさまを婚約者キャルに仕える執事が偵察していて,翌朝,ローズはキャルから責め立てられる。キャルから責め立てられれば,責め立てられるほど,ローズは自分の周りのサロンが嫌になっていった。この生活の流れを変えたい気持ちがますます強くなっていった。しかし,一方では母からは,父が亡くなって以来,財産は底をついてしまい,今はただ資産家のキャルに頼るしかないと聞かされて,キャルとの結婚を改めて強く勧められたのである。

一方,ジャックの方はローズにますます惹かれていった。3等客室でのパーティから一夜明けて,ジャックは1等船室に行って,ローズに会おうとするが,昨夜のようにはそこに入ることはできない。そのあとでローズがタイタニック号の設計者アンドリュースに案内してもらってデッキを散策しているときに,ベンチに置いてあった1等客船の客のオーバーと帽子を拝借して,1等客船の客になりすまして,ローズに近づき,呼び止めて,彼女に強引に求愛する。しかし,ローズはどうしても彼の愛を受け入れることはできない。母に説き伏せられてからは,仕方なくキャルとの結婚を決意していたのである。そのときにはローズはジャックの求愛を振り切って,逃げるように立ち去ったものの,物思いにふけっているうちに,一大決心をして,夕暮れの中,船首で海を見つめていたジャックのもとに近づいて行った。そこの船首でローズは後ろからジャックに支えられながら,両手を広げて,前方を見つめる。自由に広々とした空を飛ぶ鳥のような気持ちになってきた。船首で二人が両手を広げている場面は,この映画の広告・宣伝でも用いられており,この映画の見どころの一つであることは言うまでもあるまい。ここでローズとジャックの心は一つに結ばれたと言ってもよいであろう。101歳の老婆ローズ・カルバートはこの場面で一息ついてから,「そのときの夕焼けが最後の光であった」と口にして,さらにそのあとのことを語り続けるのである。タイタニック沈没まであと6時間である。

ジャックの求愛を受け入れたローズは,自分の1等特別室に戻り,キャルの金庫からブルーダイヤ「大洋の心」を取り出して,それを首にかけて,自分の裸体の絵をジャックに描いてもらうことにした。この場面を語り終えた老婆ローズ・カルバートがのちに語ったところによると,最もエロチックな時間であったという。ちなみに,この裸体のローズの絵を実際に描いたのは,ジェームズ・キャメロン監督自身だということでもあり,それだけにこの場面はこの映画の最大の見どころの一つだと言ってもよいかもしれない。実際にブルーダイヤ「大洋の心」を身に着けた裸体のこの絵の再発見がきっかけで老婆ローズ・カルバートは83年前の悲惨な出来事を語り始めたのである。興味をそそられる重要な場面である。

描き上げられた裸体の絵は,ブルーダイヤとともに「私も大事にしまっておいてね」という皮肉の言葉を添えて,キャルの金庫に保管されたが,そのときキャルに仕えていた執事がやって来たので,二人は別のドアから逃げ出した。そのあとを執事が必死になって追いかける。ローズは,それをゲームであるかのように,はしゃぎながら逃げ回る。彼女にしてみれば,このようなことは初めてのことである。もはや引き戻すことはできない。こうなればジャックと逃げるのみである。鳥かごの中から解き放たれた鳥のように,ローズはジャックと一緒に逃げ回る。それを執事が追いかける。エレベーターに乗って逃げたり,石炭を燃やしている中をも通り抜けたりして,ついには貨物置き場のところにもやって来て,そこに置かれていた車の中にも逃げ込んだ。その車の中で二人は愛で結ばれたが,それが最初で最後でもあった。あとを追っていた者たちが,そこをかぎつけて,車のドアを開けるが,そのときはすでに二人が逃げ出したあとであった。さらに二人はデッキに上がって,熱い接吻をする。ローズは船が着いたらジャックとともに逃げることをすでに決意している。見張り台に立って船の進行方向を監視している二人の見張り人は,デッキで抱き合っているその二人のラブシーンに目を奪われて,行く手に氷山があるのに気がつくのが遅くなった。前方に氷山があるのをようやく見つけて,急いで操縦室に連絡しても,もはや遅かった。おまけに船は全速力で進んでいる。その氷山を必死になって避けようとするが,もはや衝突あるいは接触は避けられない。船が氷山に向かって進んでいる場面が,ドキドキハラハラさせられてしまう。船は氷山を避けようとして左に旋回するが,ついに氷山に衝突してしまった。船がグラッと揺れたと思うと,船底からは水が浸入し始めた。ローズとジャックの目の前には大きな氷山が姿を現わした。船は氷山の端にぶつかって,左に旋回したあと,エンジンを止めてしまった。

損傷の調査がただちに行われ始めたが,このような非常時にキャルの方は,盗難にあったとして,警備主任たちに自分の部屋を調べてもらっていた。金庫からブルーダイヤ「大洋の心」が盗まれたというのである。そこへローズがジャックとともに戻って来たが,そのときキャルの執事がジャックの身に着けていたオーバーのポケットにブルーダイヤを密かに入れた。ジャックはオーバーを調べられて,そのポケットからダイヤが出てきたので,犯人扱いにされてしまう。しかもそのオーバーは昼間にベンチに置いてあった紳士のものを拝借したものだったので,ジャックは泥棒の常習犯としてもはや信用してもらえない。そのときローズはジャックを信用していたのかどうか。その場面では明らかにされていないが,彼女の表情は複雑であった。ジャックは船底の部屋へ連れて行かれ,手錠をかけられて鋼鉄の柱につながれてしまった。そばでは執事がピストルを手にして見張ることとなった。しかし,のちにその執事も,海水が浸水してきたので,いなくなった。ジャックとしてはどうしようもない。

一方,損傷の調査の結果,船底はすでに5区画で浸水が始まっていた。この豪華客船は「絶対に沈まない」と言われており,実際に4区画までの浸水なら,沈没することはない。タイタニック号を設計したアンドリュースの説明によると,ただ5区画の浸水となると,もはや船首から沈没していくことは避けられないという。この船の発案者イズメイも,またエドワード・J.スミス船長(バーナード・ヒル)も「絶対に沈むことはない」と信じていただけに,そのときの驚きは隠せない。「船の沈没まであと何時間あるか」とのスミス船長の質問に対して,設計者アンドリュースは「もって2時間だろう」と答える。こうなったからには,あとは船が沈没するまでに乗客を救助ボートで逃がしてやることである。ところが,この豪華船にはボートは乗客の半分にあたる人数分しか用意されていなかった。ボートを増やすと,デッキの風景がそがれるというのがその理由であった。そしてこの豪華船は「絶対に沈まない」と豪語されてもいたので,ボートは必要ないと考えられていたのである。

乗客にはただちに救命胴衣を身に着けるようにという命令が下った。最初は念のために救命胴衣を身に着けるのだと軽く考えられて,乗客たちはデッキに上がると,「外は寒い」と言って,船室に戻って行く有様であった。しかし,事態は深刻であることがだんだんと分かってきた。スミス船長は無線士を通じて救助を願い出ていたが,一番近いところにいる船でも救助に来るには4時間もかかるという返事である。これでは遅い。スミス船長は子供と女性から優先的に救助ボートに乗せることにした。救助ボートが準備されているうちに,2等船室と3等船室の乗客たちは事故の重大さを知って,われ先に避難しようとして,パニック状態が始まっていた。デッキの上では男性は船に残り,子供と女性のみが次から次へと救助ボートに乗って避難し始めた。このような非常事態でもローズの母親は「ボートには特等席はないの。ゆっくり乗りたいわ」と非常識な言葉を吐く。この母の言葉にローズは怒りを隠せない。「ボートは乗客の半分の分しかないのよ。乗客の半分は死ぬのよ」というローズの言葉に対して,キャルは「俺たちは違う」と言って,お金で特別救助ボートを出してくれるものと思っている。さらには「作者が死ねば,絵画の価値も上がる」などと卑劣きわまりない言葉を吐く。このときほどローズは婚約者だったキャルを「最低な人」と思ったことはない。

引き留めるキャルを振り切って,ローズは捕らえられて閉じ込められているジャックを探しに,デッキから船室の方に降りて行った。ローズはもはやジャックの無実を信じている。彼女は途中でこの船の設計者アンドリュースに教えてもらって,なんとかジャックのいる船底の部屋を見つけたが,彼は手錠を柱につながれたままであり,海水はすでに膝まできていた。ローズは助けてくれる人を呼ぶが,誰もいない。非常時のために廊下に備え付けてあった斧を持ってきて,それでもって手錠の鎖を切ることに成功した。この場面もドキドキハラハラの連続である。浸水はすでに腰の上まできていた。二人は必死になって逃げて,なんとかデッキに上がることができた。しかし,そこにはボートはなかった。ボートのある方へ急ぐ。デッキのあちこちでは子供と女性を優先してボートに乗せる作業が進んでいる。ところが,この船の発案者であるイズメイ氏ときたら,救助ボートがデッキから下ろされる瞬間ボートに飛び乗って,知らぬ振りして,自分だけ先に逃げ延びる。人間はこのような極限状態におかれたとき,本性を表すものである。

キャルも1等航海士のマードックに頼んで,お金でボートを確保しようと画策する。そしてローズが反対側のデッキでボートに乗れる順番を待っているという情報を得ると,そちらへ向かい,寒さに震えているローズに自分のコートを差し出して,彼女の愛を勝ち取ろうとする。ローズはキャルの言葉というよりは,ジャックの言葉に従って女性優先のボートに乗り込むが,ボートが下ろされている途中で,またタイタニック号に飛び乗って,ジャックと船内で再会した。嫉妬を覚えたキャルは,ピストルを手にして,ジャックを射殺しようとする。ジャックはローズと一緒に逃げる。キャルはローズをジャックから取り戻すのに必死になっているのも,結局は,ローズへの愛というよりは,ローズに差し出したコートのポケットにはあのブルーダイヤ「大洋の心」が入っていたからである。キャルの本性が表れた瞬間である。

船室に逃げ込んだローズとジャックは,今度は浸水してくる海水との戦いである。海水は膝のところまで来ているが,行く手には柵が設けられていて,先に進めない。ちょうど通りかかった船員に鍵で開けてもらおうとするが,船員は鍵を落としてしまい,海水が首のところまで浸水してくると,自らの命も危ないので,その場から逃げて行く。ジャックが必死で海水の中から鍵を拾い上げて,なんとかその場も切り抜けることができた。

一方,キャルの方は1等航海士マードックにお金で頼んでいたボートも,このような非常事態の中では用意できないと知るや否や,泣き叫ぶ子供を腕に抱えて,この子供を助けてほしいと言って,その子供とともに自分もボートに乗り込む。キャルはこれまで泣き叫ぶ子供を見つけても助けようとしなかったのに,なんと汚い男であることか!この映画ではしつこいほどにキャルを悪者扱いしているようである。そのボートが海面に到達したときも,海の中にいる者がそのボートに乗ろうとすると,キャルはそれを突き落とすような男である。こうしてキャルは汚い手を使って生き延びたようである。

このキャルとは逆に船とともに海に沈んで最期を迎えようとしているのが,この船の設計者アンドリュースとスミス船長である。そして紳士の音楽家たちも最後まで演奏を続けている。逃げるのをあきらめて,心静かに二人だけで最期を迎えようとしている老夫婦もいれば,ベッドの中で絵本を読んであげながら子供とともに最期を迎えようとしている母親もいる。これらも実際にあったことをこの映画に盛り込んでいるとのことである。そういうことを考えても,このタイタニック号沈没の場面は,悲惨過ぎて,見てはいられずに,目を覆いたくなる。ついにタイタニック号が真っ二つに折れてしまい,それからたちまちのうちに沈没していくさまをどのように撮影したのか,驚くしかない。見ていても身体がガタガタと震えてくる恐ろしい場面である。ローズとジャックといえば,二人が初めて出会った船尾で船が沈没するのを待って,その沈没した瞬間,息を大きく吸って海水の中を懸命に泳いで,なんとか海面に浮かび上がって,船の残骸につかまって,生き延びることができた。しかし,残骸に乗れるのは,ローズ一人だけで,ジャックは海水に浸かったままである。ジャックはローズに向かって,「あきらめるな。君は生き延びて結婚して,たくさんの子供を産んで,年をとって暖かいベッドの上で死ぬんだ。船の切符は人生最大の幸運だ。君に出会えたから。この運命に感謝するよ。君は生きると誓ってほしい。絶対にあきらめるな。何があろうと望みを捨てるな。あきらめないと約束してくれ」という言葉を言い残して,そのまま凍死して,やがて海底に沈んで行く。このジャック最期の場面が涙を誘う最大のクライマックスであろう。このジャックの言葉に「約束」を誓ったローズは,最期に臨んでも「今を精一杯生きよう」とするその彼の暖かい愛に励まされて,凍えるような寒さと戦い,やがて救助に来たボートに助けられて,生き延びたのである。

そのうちやがて朝になって救助船のカルパチア号が到着して,ボートの約700人は救助された。ローズは毛布にくるまったままデッキにすわっていると,キャルが探し回っていたようであるが,決して立ち上がろうとはしなかった。キャルとはそれきり会ってはいない。彼は他の女性と結婚し,財産を受け継いだが,1929年の株暴落で無一文になり,ピストル自殺をしたという。救助船でニューヨークに着いて,係員から名前を尋ねられると,ローズはローズ・ドーソンだと答えた。

101歳の老婆ローズ・カルバートはここまで宝探しの名人ブロック・ラビットらを前にして,当時のことを回想しながら語ったのである。ジャックの名前はもちろん記録に残っていない。ローズはその後カルバートという男性と結婚して,子供にも恵まれ,孫まで生まれたが,主人にはジャックのことは一言も話したことはなかったからである。老婆ローズ・カルバートがそのとき語っているように,女心は海のように底知れないものなのである。ほんの数日間の束の間の恋愛に過ぎなかったが,ローズにとっては永遠に続く恋愛でもあったのである。この老婆の話を聞いた宝探しの名人ラビットは,3年間もタイタニック号のことを調査してきたが,何一つ知らなかったことを,その老婆の孫娘リジーに打ち明けて,自分のこれまでの行動を恥じたのである。その夜,老婆ローズ・カルバートは寝間着姿でその探索船の船尾にやって来て,タイタニック号のときと同じように手すりから身を乗り出して,海面を見ていた。左手にはあのブルーダイヤ「大洋の心」を手に握っていた。タイタニック沈没の日の朝,ニューヨークに着いたところで,彼女がコートに手をつっこんでみると,その中からそのブルーダイヤが出てきたのである。そのことを彼女が思い出したところで,そのブルーダイヤ「大洋の心」は海に落ちてしまった。その宝石が海水の中を落ちていくさまがスクリーンに描き出されているが,老婆ローズ・カルバートはそれを意識的に落としたのか,それとも自然に落ちてしまったのか,そのあたりは正確には描かれていない。ジェームズ・キャメロン監督はその判断を観客に委ねているのであろうか。

この映画の最終場面についてもジェームズ・キャメロン監督は観客の想像に任せている。最終場面は老婆ローズ・カルバートが暖かなそうなベッドの上で眠っていて,タイタニック号の船の中のロビーでジャックと結婚式を挙げて,タイタニック号の設計者アンドリュースをはじめとする大勢の乗客から祝福を受けている夢を見ているのである。老婆ローズ・カルバートは海に落としたブルーダイヤ「大洋の心」とともに,海底に眠るジャックのもとに行ったのであろうか。ジャックとの約束どおり,何事もあきらめずに,最後まで生き延びたことを報告するために,海底まで沈んで行ったのであろうか。最終場面では暖かいベッドで眠っているだけに,答えは明らかではないだろうか。しかし,最後はすべて観客の一人一人の想像に委ねられている。そのようことを考えると,このジェームズ・キャメロン監督の映画『タイタニック』は海のように底知れない深さのある作品である。「大洋の心」は底知れないのである。


以上のように見てくると,この映画は単なるパニック映画などではない。また単なる若い男女の恋愛映画でもない。「生きる」ということは,どういうものなのか。束の間の恋愛でも,自分に正直な心さえあれば,永遠なものにもなりうる。ほんのわずかな時間でも一生懸命他人のために尽くすことがなんと尊いことか。人生を無駄にしたくない。毎日,一時間一時間を大切にしたい。このようなことを考える機会を与えてくれる映画である。ジャックとキャルの生き方があまりにも両極端過ぎるきらいはあるが,「今を生きる」ことの大切さ,逆境に際しても「あきらめないで,希望を持ち続ける」ことの大切さをこの映画から学び取ることができる。またわが国で昨年3月11日の東日本を襲った大地震と,それに伴う福島原発事故で甚大な災害を被った今,この映画は,人間は自分たちの作り出した高度技術に驕り高ぶることなく,常に謙虚に想定外のことも考慮に入れるべきであるということを思い知らされる映画でもある。今こそ,この映画の中から人間が謙虚に反省すべきことは反省し,新しい未来への備えを読み取るべきときだとも言える。甚大な災害に見舞われた今こそ注目すべき映画であり,この映画の中から事故の悲惨さと人間の絆の大切さを読み取って,事故や災害のない新しい未来を切り開いていく上での教訓とすべきではなかろうか。「決して沈没することはありえない」と豪語されていた豪華客船が,想定外にも沈没していくという極限状態の中で,以上のようなさまざまな人間ドラマが展開されており,そこから「人生」というものについてさまざまな課題が読み取られるところにこの映画の意義と魅力がある。是非,この機会に鑑賞していただきたいものである。


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