【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第86号
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連載「知的感動ライブラリー」(59)

映画『ローマの休日』(1953年アメリカ)
総合科学部教授 石川榮作

1.映画『ローマの休日』の製作

この映画はアメリカのハリウッド作品であるが,1952年の夏にイタリア・ローマをロケ地として撮影され,1953年に完成した。監督はハリウッドのベテラン監督ウィリアム・ワイラーである。それまでのハリウッド映画の女優といえば,エリザベス・テイラーとマリリン・モンローがまず第一に挙げられるが,ワイラー監督は女主人公に当時としては無名の新人のオードリー・ヘップバーンを起用して,監督の期待どおり,この映画は世界中で大ヒット作となった。ハリウッド映画初出演のオードリー・ヘップバーンは,この映画で1953年度のアカデミー主演女優賞を獲得し,脚本のイアン・マクラレン・ハンターは脚本賞を,また衣装のイーディス・ヘッドは衣装デザイン賞を受賞した。わが国でも1954年に劇場公開されるや否や,観客の心を魅了して,とりわけ「ヘップバーン・カット」の髪型はブームとなったくらいである。劇場公開されてからおよそ60年経った現在でも,繰り返し劇場やテレビ等で上映され続けている。文字どおりの不朽の名画と言ってもよいであろう。以下においては,この映画のあらすじを順に辿りながら,見どころなどを紹介していくことにしよう。


2.映画『ローマの休日』のあらすじと見どころ

ヨーロッパのある小さな国のアン王女(オードリー・ヘップバーン)は,親善のためヨーロッパ各国を訪問中である。ロンドン,アムステルダム,パリに続いて,イタリアのローマにもやって来たが,これまで過密なスケジュールと決まりきった外交辞令でうんざりしている。ローマの大使館で行われた舞踏会に招待されても,お偉方の形式ばった挨拶にあきあきしている。その挨拶が長々と続く間,アン王女がドレスの下で疲れた足を休めようとして靴を脱ぐさまがスクリーンに映し出されて,この場面からすでにコミカルに描かれている。あとに続く舞踏会でのアン王女のダンスとともに最初の見どころであろう。

大使館内の自分の部屋に戻ったアン王女は,その夜,あまりにも疲れ過ぎて,眠れそうにない。明日のスケジュールを知らされると,ますます興奮して眠られそうにない。そこで彼女は侍医長のバナクホーフェン先生から鎮静剤の注射を打たれた。やがて付添たちが部屋を出て,アン王女は一人になると,窓から見る外の楽しそうな様子に誘われて,こっそりと部屋を抜け出た。建物の1階に降りると,大使館に飲み物等を運ぶトラックが止まっていたので,アン王女はその荷台に隠れるように乗り込んだ。すぐに運転手が戻って来て,トラックが動き出すと,アン王女は無事大使館を抜け出すことに成功した。トラックが街の中で停車した隙に,彼女はトラックの荷台から飛び降りて,こうしてローマの街に出て来たのである。街の中をぶらぶら歩いていると,やがて鎮静剤が効いてきて,セプティミウス凱旋門近くの道端のベンチの上でとうとう寝てしまった。さあ大変である。

やがてそこに通りかかるのが,アメリカの新聞記者ジョー・ブラドリー(グレゴリー・ペック)である。彼はそれまで友人のカメラマンであるアービング・ラトビッチ(エディ・アルバート)ら数名の仲間たちとポーカーをしていて,負けてしまって,手元にはわずか5000リラしか残っていない。あとで分かるように,彼は安アパートの家賃を2か月分も滞納しているというような貧乏な新聞記者である。その安アパートに向かって歩いて帰っていると,途中の道端のベンチで若い女性が眠っているのに出くわしたのである。身体を揺り動かしたり話しかけたりして目覚めさせようとしても,女性は決まりきった挨拶の一部分や文学書の中からの詩の名文句を口にするばかりである。このあたりから彼女はヨーロッパの古い歴史と伝統を持つ国の教養ある気高い女性だと思われてもおかしくはないが,もちろんそこに通りかかった新聞記者ジョーからすれば,酔っぱらって手に負えない状態の若い女性に過ぎない。二人が初めて出会うこの場面もコミカルに展開されていて,見どころの一つである。ジョーはそこに通りかかったタクシー運転手にも助けを求めるが,どうしようもない。結局,ジョーは自分の安アパートにその若い女性を連れて帰ることにした。

その安アパートでのアン王女とジョーとのやりとりもおもしろくて,またおかしい。ジョーは長椅子の上に彼女を寝かすことにして,ひとまずコーヒーを飲みに出かけるが,戻って来ると,彼女は彼のベッドに寝込んでしまっている。あきれはてたジョーは,ベッドの隣に長椅子を運んで来て,その長椅子の上に彼女を投げ飛ばす場面などはこっけいなことこの上ない。まさにおもしろさの点で傑作である。この映画はこのようなコミカルなタッチで展開されていく。

一方,アン王女が行方不明となった大使館では,関係者はあわてふためいている。とりあえず大使館は,翌朝,アン王女は発病と発表し,その日11時45分から催されることになっていたアン王女の記者会見は中止となった。そのことが朝刊のトップ記事に出ている。

アメリカン・ニュース・サービス社に務める新聞記者ジョー・ブラドリーは,前夜の騒動の影響もあって,つい寝過してしまった。近くにある教会の時計が12時を知らせる鐘の音でようやく目が覚めた。アン女王の記者会見は11時45分からの予定だったので,もはや間に合わない。かなり遅れてジョーはアメリカン・ニュース・サービス社に出かけると,ヘネシー支局長(ハートリー・パワー)に嘘ばかりを並べ立てて,あたかもアン王女に会ってきたかのような報告をする。この場面もおかしくてたまらない。ジョーはやがて支局長から朝刊を見せられて,アン王女の記者会見は中止になったことを初めて知った。自分の嘘はとうとうばれてしまった。しかし,その新聞に掲載されたアン王女の写真をよく見ると,昨夜の若い女性によく似ているではないか。彼はさっそく安アパートの管理人ジョバンニに電話をかけて,自分の部屋に美人がまだ寝ていることを確認すると,管理人に「誰も部屋に入れてはならない」と頼む。そして支局長に特ダネを持って帰ることを約束してから,自分の安アパートに急ぐ。

ジョーの部屋の前では管理人が銃を肩にかけて,まるで警備兵のように部屋を厳重に警備している。このあたりも大袈裟で,笑いを誘う。ジョーは急いで戻って来ると,長椅子に寝ている美女がアン王女であると確認するや否や,寝ている彼女を長椅子からベッドに移す。この女性がアン王女と知ってからの彼のこういう行動もまたおもしろい。彼女はまだ眠りの中にいて,どうやら夢を見ているようである。

やがて彼女は目を覚ます。昼の1時半である。ジョーから名前を尋ねられると,アン王女はアーニャだと偽名を使って,自分の身分を隠す。しかし,ジョーは彼女がアン王女であることを確信している。そして彼女が風呂に入っているうちに,カメラマンの友人であるアービングに電話をして,特ダネの話があるから写真を撮ってくれるように頼むが,忙しいからということで,また恋人フランチェスカとも会う約束があるということで引き受けてくれなかった。

そうしているうちにアン王女はこの部屋から出て行くことになるが,途中で引き返して来てジョーにお金を貸してほしいと頼む。彼は所持金があとわずかしかなかったものの,気前よく1000リラを渡した。こうして彼女はそこを立ち去って,街中に出かけて行くが,ジョーはこっそりとそのあとをつけて行く。この場面もローマ市内の青空市場などの様子がスクリーンに映し出されて,ローマの庶民生活が生き生きと描き出されて,見どころの一つである。とりわけアン王女が靴を買い替えたあと理髪店に入って,理髪師マリオ・デ・ラーニ(パオロ・カルリーニ)から髪を短くしてもらう場面は,見逃してはなるまい。長い髪をバッサリと切って,短いヘア・カットにすることによってアン王女が一般の若い女性に変身した瞬間である。彼女が理髪店に入っている間,ジョーはカメラを手に入れようとして,近くの噴水公園(トレヴィの泉)で遊んでいる生徒たちの一人からカメラを借りようとするが,生徒たちの先生から不審者と思われるところも,ユーモアがあって楽しい。短い髪のスタイルで理髪店から出て来たアン王女は,さらに街の中をぶらぶら歩いて回る。花屋で花束を渡されると,つい王女として花束をもらった錯覚に陥るシーンもおもしろい。しまいにはアイスクリームを買って,スペイン広場の石段に座ってそれを食べている。今までの生活では体験できなかったことである。

そこへジョーが偶然通りかかったかのように姿を現して,二人は再会を果たす。そこで彼女は「昨夜,学校から逃げ出した」と言い出して,「一日中,気が向くままに自分の好きなことをして過ごしたい」ともらす。どうしても特ダネを掴みたいジョーは「仕事を休むことにする」と言って,彼女のお伴をしてローマ市内を案内して回ることになった。この市内を案内して回る場面がローマの観光案内も兼ねていて,この映画の最大の見どころのうちの一つである。

まず二人が行ったのは,パンテオンの右手に面したロトンダ通りにあると設定されているオープンテラスのカフェー「ロカ」である。アン王女はシャンパンを注文するが,ジョーは持ち金も少ないこともあってアイスコーヒーにする。アン王女から職業を尋ねられて,ジョーは肥料とか化学薬品を売るセールスをしていると嘘をつく。そこへたまたま友人カメラマンのアービングがやって来て,ジョーと一緒にいる女性がアン王女に瓜二つであるのにびっくりするが,ジョーはテーブルの下からアービングを足で蹴って黙らせようとする。さらにアン王女から職業のことを聞かれて,ジョーと同じ仕事だと言いかけたところで,ジョーはあわてて彼をカフェーの奥へ連れて行って,密かに事情を打ち明ける。この場面の展開もおもしろい。こうしてアービングは特ダネの手助けをすることとなり,ジョーに金を貸すとともに,ちょうど持ち合わせていた喫煙ライターの隠しカメラで,アン王女がカフェーで初めてたばこを吸っているところを撮影する。アン王女がカフェーで喫煙!大スクープになりそうである!そのあと3人はローマ市内の観光に繰り出すこととなった。そこへアービングと待ち合わせていた恋人のフランチェスカがやって来るが,アービングは急に仕事が入ったと言って,恋人を残したまま,2人のあとを追って行く。

このあたりからスクリーンの上にはローマの観光地が次から次へと映し出されて,市内観光の役目も果たしているし,またこっけいな展開ともなっているので,この映画の最大の魅力であろう。まずコロッセオを見学したあと,ジョーはアン王女をスクーターの後ろに乗せて,ローマ市内を走り回る。アン王女は初めて自由に勝手気ままに行動できるので,大はしゃきである。その間,常にアービングが写真を撮っている。そのうちアン王女自らがスクーターを運転し始めて,後ろにジョーが飛び乗って,二人で市内の観光地を走り回る。その運転ときたら,危なっかしくて,観客もドキドキハラハラさせられる。そのうち警察に追われることとなって,しまいには警察署に連行されてしまう。「警察署に連行されたアン王女」の写真も大スクープである。ジョーがアメリカ・ニュース・サービス社の手帳を見せて,なんとか警察署から出ることができた。そのときもジョーは「新聞社の名前を出せば,何事もすぐ話が収まるのだ」とアン王女に説明して,自分の身分は相変わらず偽ったままである。アン王女と一緒の市内観光はさらに続く。その市内観光の中でもサンタ・マリア・イン・コメディン教会内にある有名な「真実の口」の像の前での場面は傑作である。ジョーが「嘘つきは手を噛まれるのだ」と説明すると,アン王女は恐る恐るその「真実の口」に手を入れようとするが,なかなか入れられない。そこで次にジョーが手を入れるや否や,ワーッと叫び声を上げて,手を噛まれた仕草をして見せる。するとアン王女は慌てふためいて,子供のようにジョーに抱きついてくる。その場面はジョーを演じるグレゴリー・ペックのアドリブだと言われているが,この映画の名場面のうちの一つであろう。カメラマンのアービングはもちろんそこでのアン王女の仕草をことごとく撮影していた。その次に訪れた観光名所は「願い事を叶える壁」である。アン王女は願い事をするが,その願い事は王女であるかぎり叶えられそうにない。彼女の願い事の内容は,観客にその推測を委ねられているが,もはや言うまでもあるまい。

ジョーがアン王女を伴って次に向かったのは,サンタンジェロ城のすぐ近くを流れるテヴェレ川での船上ダンスパーティ会場である。ジョーとアン王女は楽しそうにダンスに興じている。ただそのダンスパーティの会場には2人の密偵がやって来て,キョロキョロとあたりを見回している。大使館の要請でアン王女の国から派遣された密偵たちである。密偵の1人がやっとアン王女を見つけ出すと,もう1人の密偵に仲間を呼びに遣わせた。そのダンスパーティには理髪店で髪を短くしてもらった理髪師マリオ・デ・ラーニもやって来ていて,アン王女は彼とも一緒にダンスをする。一旦帰っていたカメラマンのアービングもそこへやって来て,アン王女がダンスに夢中になっている様子を撮影する。大スクープともなりうる写真である。やがて残りの7人の密偵たちが到着し,最初から見張っていた密偵がアン王女に近づいて,一緒にダンスすることを所望する。その密偵は一緒に踊りながら密かに「王女様,お帰りください」と言えば,アン王女は「人違いよ」と答えるものの,強引に連れ去られそうになる。アン王女から助けを求められたジョーは彼女を助けようとして,ダンスパーティ会場は乱闘騒ぎとなる。この乱闘シーンも見どころであろう。アン王女はギターでもって密偵をぶちのめす。その瞬間もアービングはカメラに収めた。大乱闘の末,アン王女に続いてジョーもテヴェレ川の中に飛び込んで,別の側にある岸辺に辿り着いて,密偵たちから逃れた。その岸辺でジョーはアン王女とさわやかな接吻を交わす。いつの間にか二人の間には恋が芽生えていたのである。

ずぶぬれになった二人は,アービングの車でひとまずジョーの安アパートに戻って来る。アン王女は風呂に入ったあと,衣服を乾かしている間,ジョーの服を借りている。彼女は「料理をさせて」と言うが,ジョーは「台所がない。いつも食事は外でする」と答える。すると彼女は「そんなの嫌でしょ」と言う。それに答えてジョーが「ままならぬのが人生さ」と言えば,彼女も「まったく本当にそうね」とうなずく。この映画の中で最も重要な台詞であることは言うまでもあるまい。そのあとアン王女はラジオ放送で自分が重体であるというニュースを耳にする。複雑な思いのアン王女は,ジョーに向かって,「私は縫物もアイロンもかける自信はあるの。ただそれをしてあげる相手の人がいなかっただけ」と自分の心情をぶちまける。「では台所のある家に引っ越さなくては」と言うジョーの言葉に,アン王女は「そうよ」と答えるものの,王室を出ることは叶わぬことである。ついにアン王女は「もう帰らなくては」と言い出す。二人は抱き合う。「話があるのだ」と言うジョーに対して,アン王女は「それ以上は何も言わないで」と答えるだけである。身分違いの恋がはかないことをしみじみと感じさせられて,胸が締めつけられる場面である。アン王女は思い悩むが,王女としての責務を捨てることができずに,大使館に帰ることを決意する。

ジョーは車でアン王女を送って行くが,大使館近くに来て,アン王女はそこからは歩いて帰ると言う。「あなたはこのまま帰って。私の行き先を見ないと約束して。振り返らないでね。私もそうするから」と頼む。二人は車の中で抱き合う。熱い接吻を交わす。身分違いの恋のはかなさに胸が改めて締めつけられる場面である。アン王女は車から降りて,大使館の中に駆け込んで行く。この映画の最大の見どころの一つであることは,言うまでもない。

大使館に戻ったアン王女は,大使からいろいろと問い詰められるが,「24時間のあいだ何もなかった」と答えるだけである。大使が「私は大使として両陛下に報告する義務があるのだ。あなたが王女としての義務があるように」と言ってさらに詳細を問い詰めようとすると,アン王女は「私が王女としての義務をわきまえていなかったら,今夜ここに戻って来ることはなかったでしょう」と答える。この言葉の中には,これからも王女として生きる決意が窺える。ジョーの言葉のとおり,「人生はままならぬもの」であり,彼女にとって庶民の暮らしはとうてい叶わぬ願いである。しかし,このローマでのただ1日だけの休日によって,その一部を体験することができた。1日だけの休日であったが,永遠に自分の心の中に残る休日である。それだけで十分だ。アン王女はひとまわり大きく成長して,再び王女として生きる決意を固めたのである。

翌朝,ジョーの安アパートにはアメリカ・ニュース・サービス社のヘネシー支局長がやって来るが,ジョーはアン王女に関する特ダネはないことを告げる。そこへアービングも出来上がった写真を持ってやって来るが,自分は今回のことは記事にしないことを伝える。支局長が帰ったあと,アービングがジョーに見せる写真は,アン王女がカフェーで初めてたばこを吸っているときのもの,「願い事の叶う壁」の前での一場面,警察署でのアン王女,ダンスパーティ会場での大乱闘の中,アン王女が密偵をギターで打ちのめしている瞬間の写真など,傑作の写真ばかりである。高く売れる写真であるが,ジョーはもはやアン王女のことを記事にする気はない。このあたりのジョーはとても人情味があふれていて,好感が持てる。アービングも大儲けするチャンスを目の前にしながらも,ジョーへの友情を大切にすることなどは,とてもさわやかである。その意味でこの映画におけるアービングの果たす役割はたいへん大きいと言えよう。

その日,午後からアン王女の記者会見が始まった。アン王女が記者会見場に姿を現すと,そこに大勢並ぶ記者たちの中にジョーの姿を見つけて,彼女はこのとき初めてジョーが新聞記者であったことに気づくのであった。いくつかの質問のあと,一記者より「国家間の親善関係の前途をどう思いますか」という質問に対して,アン王女は「永続するものと信じています。人と人との間の友情を信じると同じように」と答える。この言葉はもちろん公の言葉でありながらジョーに向かって言っているが,しかし,それはジョーにしか分からない。そこでジョーは「王女様のご信念は裏切られることはないでしょう」と言えば,アン王女は「それを聞いて安心しました」と答える。公式の言葉でありながら,同時にアン王女とジョーだけには特別な意味を持つ言葉である。続いて別の記者が「最も印象に残った訪問地はどこですか」と尋ねると,アン王女は最初は「どこも忘れ難くて,善し悪しを決めるのはとてもむずかしいところですが・・・」とこれまでの決まり文句を口にしかけるが,突然「もちろんローマです」と答えて,「今回の訪問は永遠に忘れることはないでしょう」とはっきりと言った。今回の親善旅行で初めて自分の本心を打ち明けた言葉であり,もちろん特にジョーに向けて心の底から口にした言葉であった。それ以外の言葉は口にされないが,2人は目と目で話し合って,互いに理解し合っているのである。

記者会見が終わると,続いて写真撮影である。アービングが喫煙ライターの隠しカメラでもって撮影しようとすると,アン王女は一瞬苦笑いをする。これまでその隠しカメラで自分が撮られていたことをここで初めて悟ったのである。しかし,アン王女はジョーとともにこのアービングをも今ではすっかり信用しているので,少し苦笑いをするだけで,心の動揺は見せない。

写真撮影のあとは,普通ならばここで記者会見は終わるところであるが,アン王女は各社の記者に挨拶したいと言い出した。アン王女は記者たちの並ぶところに降りて来て,一人一人に挨拶をしながら握手して回る。カメラマンのアービングの番になると,彼は「ローマでの記念写真を差し上げます」と言いながら,アン王女に写真を渡す。アン王女がそれを見ると,自分がギターで密偵の頭を打ちのめしている瞬間の写真である。アン王女はにやりと微笑んだ。笑いを誘う場面である。次はジョーと挨拶を交わす番である。「アメリカ・ニュース・サービス社のジョー・ブレドリーです」と名乗るだけの言葉に対して,アン王女も「光栄ですわ」というたった一言の挨拶に過ぎないが,この場面での2人はそれ以上のことを心の中で語り合い,そして理解し合った。

一人一人の記者に挨拶が終わると,アン王女はまた元の場所に戻って,再度ジョーと互いに目を合わせる。それがしばらく続くこの場面は,台詞ではなく,2人の表情ですべてを表現している。台詞なしで最大の効果を出している場面であり,この映画のクライマックスとも呼べる名場面である。ほんの一日だけの出会いに過ぎなかったが,その一日の思い出は永遠に続くことであろう。それがしかと読み取ることのできる場面である。

アン王女はこうしてジョーと互いに目で語り合ってから,記者会見の場をあとにする。アン王女や関係者,記者たちが立ち去っても,しばらくの間,ジョーはそこに立ちすくんだままである。ようやく彼はポケットに手を突込んだまま,歩き出すが,出口でまた立ち止まって,再度振り返って見た。なんとも言えない,すばらしい最終場面である。


以上が映画『ローマの休日』のあらすじと見どころである。この映画の魅力は,なんといっても清楚な新人女優オードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペックの見事に息の合った演技にあると言えよう。この二人の束の間の恋が芽生える過程で,観客側からはローマの市内観光ができるという点にも大きな魅力がある。またアン王女とジョーとの信頼関係も見事に描かれており,さらにジョーとアービングとの友情も描かれていて,さわやかな仕上がりとなっている。それらの実現を可能にしているのは,脚本のすばらしさであろう。この映画の最大の魅力は,コミカルなタッチで,しかもときには切なく束の間の恋のあらすじを展開させていき,その中において人と人との信頼関係と友情を見事に描いている脚本のすばらしさにあると言えるのではないか。1953年度のアカデミー賞で最優秀脚本賞を獲得したのもうなずけることである。脚本と女優・俳優たちとの演技がぴたりと合って,それが見事にスクリーンの上に描かれている。アメリカ・ハリウッド映画の巨匠ウィリアム・ワイラー監督の手腕によるものであることは,言うまでもない。ローマにおける「ただ一日だけの束の間の恋」に過ぎないが,束の間の恋であるがゆえに「永遠に続く恋」と言ってもよいのではないか。この映画はこれからも永遠に上映され続けることであろう。このようなすばらしい不朽の名画『ローマの休日』を,是非,この機会にご覧いただきたいと思う。


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