【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第85号
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連載「知的感動ライブラリー」(58)

ドイツ・オペレッタ映画『会議は踊る』(1931年ドイツ)
総合科学部教授 石川榮作

1. ドイツ・オペレッタ映画『会議は踊る』の製作

ナポレオン失脚後の1814年,ヨーロッパの秩序を回復させるためにウィーン会議が開催されたが,全体会議は一度も開かれずに,来る日も来る日も舞踏会の舞台裏で駆け引きが行われ,「会議は踊る,されど進まず」と揶揄(やゆ)された。このような史実を背景にして,束の間の恋物語と音楽と舞踏を織り交ぜて,この映画『会議は踊る』は1931年に製作された。無声映画からトーキーへと移った時期の記念すべき作品である。

この映画がヒット作となった背景には,『カリガリ博士』(1919年)や『メトロポリス』(1926年)の無声映画でもってドイツ無声映画の黄金時代を築き上げた名プロデューサーであるエーリッヒ・ポマーの存在が大きかったと言われている。無声映画からトーキーに移行した1929年頃,ドイツ映画界はアメリカのミュージカル映画に押され気味だったところ,エーリッヒ・ポマーはドイツ・オペレッタ映画の製作に乗り出して,1931年にはこの映画『会議は踊る』で大成功を収めたのである。その監督には映画では未経験だが,当時舞台では評判の手腕を示していたエリック・シャレルを起用し,脚本には『嘆きの天使』(1930年)で才能ぶりを見せたロベルト・リープマンらを抜擢(ばってき)し,そのほかのスタッフも当時のベテランで固めて,この映画を完成させた。しかし,2年後の1933年には,ナチスが政権を握り,この映画製作に携わったスタッフの多くは国外へと亡命を余儀なくされた。ヒットラー政権時代にはほかの多くの映画と同じように上映を許されなかった映画ではあるが,今では誰もが認めるドイツ・オペレッタ映画の最高傑作である。

以下においては,この映画のあらすじを辿りながら,見どころなどを指摘していくことにしよう。

2. ドイツ・オペレッタ映画『会議は踊る』のあらすじと見どころ

1814年9月以降,ウィーンにはヨーロッパ各国のお偉い代表者たちが次から次へと集まって来た。ナポレオンの失脚後,ヨーロッパの秩序を回復させるためにウィーン会議が開かれたためである。そのウィーン会議を取り仕切るのは,オーストリアの当時外相のメッテルニヒ(コンラート・ファイト)で,彼は会議を自国に有利なように運ぶために,他国の動向を把握しようとして各部屋の様子を盗み聴きしたり,郵便物を盗み読んだりしている。

「羊飼いの娘」という手袋屋で働くウィーンの町娘クリステル(リリアン・ハーヴェイ)は,各国のお偉方が町に到着するたびに店屋の宣伝を兼ねた花束を渡していた。郵便物の盗み読みでそのことを知ったメッテルニヒは,それを止めさせるよう秘書官ピピ(カール・ハインツ・シュロート) ――彼はクリステルに恋をしていた――を通じて警告させるが,クリステルはそれを無視して止めようとしない。その二人のやりとりの場面もおもしろい。

そして翌日,ロシア皇帝アレキサンダ―1世(ウィリー・フリッチェ)もウィーンにやって来た。クリステルはいつものように店屋の宣伝用の花束をその行列に向かって投げつけた。すると花束はロシア皇帝に命中し,それが爆弾だと勘違いされて大騒ぎとなった。このあたりがコミカルに展開されていて,最初の見どころであろう。クリステルは捕えられて連行された。

パレードを終えたロシア皇帝は自分の替え玉ウラルスキー(ウィリー・フリッチェが2役を演じている)にバルコニーからウィーン市民の歓迎に答礼をさせるだけではなく,うんざりするような歓迎の夜の催し物であるロシア・バレエにも替え玉ウラルスキーを送ることにした。このウラルスキーが間抜けな替え玉として描かれており,この映画をコミカルなものにする重要な役割を果たしている。俳優ウィリー・フリッチェがこの2役を見事に演じているところも,以下,この映画の見どころであろう。

ロシア皇帝が替え玉を催し物に送り出すことにしたところへメッテルニヒの秘書官ピピが現れて,花束を投げつけた町娘クリステルを許してやってほしいと願い出る。ピピは彼女のように可愛らしい娘はウィーンのほかにはどこにもいないと言って,クリステルを大いに褒め称えた。その頃,クリステルはちょうど25回の尻打ちの刑に処せられるところであったが,恩赦が出てロシア皇帝に助けてもらった。その間に,替え玉のウラルスキーはロシア・バレエの劇場へ出かけて行く。

そして本物のロシア皇帝の方は身分を隠してクリステルとともにホイリゲ(ワイン酒場)へ出かけて行く。ホイリゲは現在でもウィーンで最も重要な行楽地の一つであり,このホイリゲでの楽しいひとときは映画の見どころであることは言うまでもない。この場面でロシア皇帝とクリステルが酒場の人たちと一緒に歌う楽しい歌の中には「神様の贈り物」というのがある。歌詞はローベルト・ギルベルトで,作曲はヴェルナー・リヒャルト・ハイマンである。著作権の関係もあり,一番の歌の部分を以下に石川訳だけで引用しておこう。

あなたが恋をしていて,どこへ行ったらよいか分からないとき,
あるのはただ一つの街だけ。その街にはほかにはないものがある。
その街はまさに世界の中心にある。
あなたはそこで酔いしれたら,すぐに分かるでしょう。
ウィーンとワイン,ウィーンとワイン,それは神様の贈り物だと。

歌詞はとても簡単なドイツ語で書かれており,メロディもウィーンのホイリゲにはぴったりであり,とにかくウィーンにいるような気持にしてくれる楽しい歌である。このホイリゲの雰囲気を大いに楽しんでいただきたい。クリステルだけではなく,ロシア皇帝の方も楽しいこと,この上ない様子である。

一方,ロシア・バレエの劇場に出かけていた替え玉のウラルスキーの方も,隣のボックスにいる伯爵令嬢(リル・ダゴファー)に魅せられて夢中になっていた。実はこの伯爵令嬢はメッテルニヒからロシア皇帝を誘惑して,会議のことを忘れさせるという使命を受けていたのである。替え玉のウラルスキーとこの伯爵令嬢との間に繰り広げられる劇場でのコミカルなやりとりも見どころの一つである。とにかくおもしろい。

このあたりでは劇場とホイリゲの様子が並行して展開されており,場面はまたホイリゲに変わる。クリステルはこうして楽しく過ごしているうちに相手の男性がロシア皇帝であることを知り,最初はおそれおののくが,しかし,ロシア皇帝は親しみのある態度で接してくれたので雰囲気も和やかになって,彼女はもうすっかり彼への恋に夢中となっていた。クリステルはその夜はロシア皇帝アレキサンダーに伴われて帰宅した。

こうして楽しい一夜が終わった翌日,クリステルは手袋屋の乙女たちに昨夜のことを自慢げに話すが,信じてもらえない。そうしているところにロシア皇帝からの迎えがやって来て,クリステルは馬車で別荘に向かう。この約5分間の場面はワンカットで撮影されたとも言われ,その移動撮影の見事さにも驚かされる。そのときに馬車の上でクリステルが歌うのが「ただ一度だけの」であり,そのあとの別荘に着いた場面とともにこの映画の最大の見どころである。これも先程の「神様の贈り物」と同じ作詞者・作曲家によるもので,現在ではとても有名な歌となっている。これも著作権の関係で,一番の歌だけを,石川訳で紹介しておこう。

私は泣いているの? 笑っているの?
夢を見ているの? 目覚めているのかしら?
今日は何をしたらよいのか分からないわ!
私の行くところ,私の立つところではどこでも,
人々が私にほほ笑みかけてくるの。
今日,おとぎ話がすべて現実となったわ。
今日,私にははっきりしたわ。
ただ一度だけしかない,二度とやってこないのね。
素晴らし過ぎて,本当とは思えないわ!
まるで奇蹟のように楽園から黄金の光が
私たちの上に降り注いでくるの!
ただ一度だけしかない,二度とやってこないのね。
ひょっとしたら夢なのかもしれない。
人生でただ一度だけなのよ。
明日には終わってしまうのかもしれない。
人生でただ一度だけなのよ。
だって,どの春も五月は一度だけしかないのだから。

この歌もまたとても簡単なドイツ語で書かれていて,メロディもすぐ覚えられて,楽しくなってくる。このような歌を歌いながら別荘に到着すると,その別荘もたいへん豪華で快適であり,クリステルはまるで夢を見ているかのような気分である。ドイツ・オペレッタの魅力をいっぱいに示している映画史上に残る名場面の一つであることは確かである。

こうして別荘に入ったクリステルのもとにはロシア皇帝により毎月多額の生活費が送られることになり,それを郵便物の盗み読みで知ったメッテルニヒは,ロシア皇帝が今やウィーン娘に夢中になっていると確信して大喜びである。ただその秘書官ピピだけは恋人をロシア皇帝に取られてしまったかたちでおもしろくない。ピピは別荘のクリステルを訪ねて,自分たちの結婚はどうなっているのかと尋ねても,クリステルはロシア皇帝への恋に夢中である。そこへロシア皇帝の侍従長ビビコフ(オットー・ヴァルブルク)がやって来て,今日の午後4時にロシア皇帝がクリステルのもとに来ることを伝える。それを知ったクリステルとピピとの間のやりとりも,その場の音楽とすばらしく調和して,この上なくおもしろい。

このあとメッテルニヒはロシア皇帝の侍従長ビビコフからロシア皇帝がその日の午後5時からの会議に出席することを知ると,それを阻止するために,ロシア皇帝に午後5時に伯爵令嬢を訪問するように仕向ける。その策略を見抜いたロシア皇帝は,それに対して替え玉ウラルスキーを使って,午後4時にクリステルを訪問させたあと,5時に伯爵令嬢を訪問させることにした。この替え玉ウラルスキーが別荘にクリステルを訪問した折りのことがコミカルに展開されていて,この場面も見どころであろう。替え玉ウラルスキーがクリステルと伯爵令嬢を訪問している間に,本物のロシア皇帝は午後5時からの会議に出席したので,メッテルニヒはあわててしまう。その場面もおもしろくてたまらない。

その後もメッテルニヒは手紙の盗み読みを繰り返していたが,そのうちクリステルがロシア皇帝にあてて「もう一度だけお会いしたい」という内容の手紙を読むと,ロシア皇帝とクリステルが再会できるように策略をめぐらせる。その二人を会わせる役目を命ぜられたのが,またもや秘書官ピピで,彼はクリステルを訪ねて,舞踏会が開かれることを伝える。クリステルは最初のうちは多くの貴婦人たちが出席するその舞踏会への出席をためらっていたが,ついに彼女も舞踏会に出席することを決意して,舞踏会場に向かう。

一方,ロシア皇帝の方はナポレオン問題を協議するその日の会議には出席するつもりで,舞踏会には替え玉ウラルスキーをも連れ出し,彼に踊らせている。ロシア皇帝がその日の会議に出席することを聞き知ったメッテルニヒは,またもや策略をめぐらせて,婦人方がロシア皇帝にキスをするというチャリティを急遽(きゅうきょ)行うことにして,ロシア皇帝をその会場に釘付けにしようとする。大勢の婦人方からキスを受けているのは,もちろん替え玉のウラルスキーである。その様を本物のロシア皇帝は会場の片隅でおもしろがって眺めていたが,ロシア皇帝にキスしようと並んでいる長い行列の最後にクリステルの姿を見つけた。ロシア皇帝はさまざまな公務に追われて,クリステルのことをすっかり忘れていたのである。彼は替え玉ウラルスキーにキスのチャリティを中止するように命じると,クリステルと久しぶりに再会して一緒に踊り,そのあとは二人で舞踏会場を抜け出して行った。

舞踏会場では踊りがなおもそのまま続けられ,会議の席にすわっている各国の代表者たちも皆そのワルツの音楽に誘われて舞踏会場に出かけ,踊り始めた。その場面で会議の席もワルツの音楽に合わせて踊り出すのは,とてもほほえましい光景である。今や会議の席に残っているのは,メッテルニヒただ一人である。彼は「議案に異議はありませんか」と無人の席に向かって問いかけ,「では,ナポレオンの永久追放を満場一致で可決」と宣言する。舞踏会場ではまだ踊りが続けられている。メッテルニヒもそれに加わって今や一緒に踊っている。そこへ一人の伝令が駆け込んで来て,メッテルニヒに文書を渡す。それはナポレオンが流されていたエルバ島を脱出したことを伝えるものであった。この知らせによって舞踏会も終わりとなり,各国の代表者も,また替え玉のロシア皇帝アレキサンダーも

馬車で帰国の途についた。秘書官ピピはクリステルがまた自分のもとに戻って来るものと思って,大喜びである。

本物のロシア皇帝の方はといえば,彼は舞踏会場を抜け出したあと,大事な会議のことも忘れてクリステルとともにホイリゲで「神様の贈り物」を歌いながら,楽しいひとときを過ごしていた。やがてそこにもナポレオン脱出の知らせが届いて,ロシア皇帝はただちに帰国することとなった。彼はクリステルに「今夜はもう遅くなった。帰らなくては」とあいさつをする。「ではまた明日ね」というクリステルの言葉に,ロシア皇帝は「また会えることを期待しているよ」と答えて,そのまま馬車に乗ってウィーンの街を去って行く。最終場面で流れる「ただ一度だけ」のメロディとともにクリステルのただ一度の夢も終わったのであった。


以上紹介してきたように,ロシア皇帝アレキサンダーとウィーンの町娘クリステルとの間に芽生えた,おとぎ話のような束の間の恋物語であるが,背後には1814年から翌年にかけて開催されたウィーン会議があって,それがおもしろおかしく戯画化されて,コミカルで,また「ただ一度だけ」のせつない恋物語の映画となっている。ドイツ・オペレッタ映画の最高傑作と評してもよいであろう。是非,この機会にご鑑賞いただきたい。「ただ一度だけ」と言わず,繰り返しご鑑賞いただきたい。見れば見るほど,味の出てくる映画である。真の意味での名画とは,そういう常に新しいものを感じ取ることのできる,生き生きとした映画のことである。無声映画からトーキーに代わった頃の1931年の古い映画ではあるが,現代でもなお生き生きとしている。これからも名画として称賛され続けるであろう。映画『会議は踊る』はその意味でまさに世界映画史上に燦然と輝くドイツ・オペレッタ映画の傑作である。


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