【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第79号
メールマガジン「すだち」第79号本文へ戻る


○「知的感動ライブラリー」(52)

徳島大学総合科学部教授 石川 榮作

ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』四部作(2)
第一日『ワルキューレ』

前史

地下の国ニーベルハイムの侏儒(こびと)族アルベリヒがラインの河底から黄金を奪い取り、その黄金から作った指環は、今や巨人族ファフナーの所有となっている。ファフナーは竜の姿に変身して、森の洞窟の中でその指環を護っている。その指環が再度侏儒族アルベリヒの手に戻ったら、世界はアルベリヒのものとなる。なんとしてもそれを阻止しなければならない神々の長(おさ)ヴォータンは、しかし、もはや自ら手を出すことはできない。そこでヴォータンは前作『ラインの黄金』最終場面で新築のワルハラの城に入るとき「遠大な構想」を抱いた。その「遠大な構想」とは、神々から独立した自由な人間が指環の呪いから神々を護り、世界に救いをもたらすことである。そのためにヴォータンは人間に姿を変えて地上に降り、ヴェルゼと名乗って、妻を娶(めと)り、男女の双子を産ませた。これがヴェルズング族の元祖である。ヴォータンはこの人間のヴェルズング族に指環奪還の夢を託したのである。

双子の兄はジークムントといい、妹はジークリンデといったが、ある日、ジークムントが父と森で狩りをしていた留守中に、その家は代々の敵ナイディング族によって襲撃された。ジークムントが父とともに家に戻ってみると、家は荒らされ、母親は炎に焼かれて、妹のジークリンデは行方不明になっていた。それ以来、父子の苦難の日が始まるが、やがて父も狼の毛皮を脱ぎ捨てて、そこを去って行く。息子ジークムントの不運はその孤独の中でいよいよ増すばかりである。しかし、不幸な者を見ればただちに助けに出かけるジークムントは、このたびも結婚を強要されている若い娘を救いに出かける。彼は一時はその暴虐者たちを攻め倒すが、その後、敵の援軍に追われる羽目となって、辛うじて逃げのびる。楽劇『ワルキューレ』の物語はそのジークムントが敵から逃げのびている場面から始まる。

以下においては、第一幕から第三幕まであらすじを順に辿っていきながら、その見どころ・聴きどころなどを紹介していくことにしたい。


第一幕

嵐をイメージする激しいリズムの音楽の中に、双子の兄ジークムントが敵の援軍に追われて逃げているさまが見事に描かれている。感動の幕開けである。
第一幕の幕が上がると、第1場の舞台は住居の内部である。家の中央にはトネリコの大木が立っている。ジークムントはその家に転がり込む。そこは荒武者フンディングの住居で、双子の妹ジークリンデが強奪されて無理やり妻にさせられている家であった。ちょうど主人のフンディングは留守で、その妻ジークリンデはその男がもちろん実の兄とも知らずに、彼に水を与えたりして、彼を落ち着かせる。ジークムントはここに辿り着くまでのことを話すと、ジークリンデは男が傷を負っていることを気遣う。ジークムントは次に蜂蜜を勧められて、ジークリンデの味見のあと、それを飲むと、二人の間には心が通い合う。二人は因縁めいたものを感じずにはいられない。

やがて主人フンディングが帰宅する。第2場である。彼は逃れて来た男の顔を見て、妻によく似ていることに驚く。ジークムントは自らの冒険を語り始めるが、やがてフンディングこそ先程まで戦っていた敵であることが明らかとなる。しかし、武器なしで逃れ込んだ者には、たとえ敵であっても、一夜の宿を貸すという猟人仲間の掟に従って、フンディングはその若者に宿を提供するものの、明日には決闘で勝負をつけようと言い渡す。フンディングはジークリンデに寝酒を用意するように言ってから、寝室に入る。ジークリンデは夫の後に続いて寝室に入って行く。

ここから第3場となって、一人あとに残されたジークムントは、さらに自らに向かって身の上を語り続けながら、危急のときにひと振りの剣を見つけるだろうと父が約束してくれたことを思い出す。「その剣はどこにあるのだ?」と叫ぶと、まぶしい光が家の中央にあるトネリコの木に突き刺さったままの剣を照らし出す。そこへジークリンデが再び現れ、フンディングに眠り薬を飲ませたことを告げる。彼女はフンディングとの結婚式の日に不思議な老人が姿を現わして、この家のトネリコの大木の幹にひと振りの剣を深く突き刺していったことを語る。この片目の老人こそ二人の父ヴォータンである。今や彼女はその剣がまさに目の前にいるジークムントに運命づけられていることを悟る。すると突然、戸が半開きとなり、すばらしく美しい春の夜が部屋の中に入ってくる。この場面でジークムントによって歌われるのが、有名な「冬の嵐は去って」である。第一幕の中で最も注目すべき聴きどころであることは言うまでもない。「妹のもとへ春はひらりと飛んできた。愛(妹)が春(兄)を誘い寄せたのだ」とジークムントが歌えば、ジークリンデは「寒い冬の日々に私があこがれていた春こそあなたです」と答える。双子の兄妹は喜びのうちに次第に素性を確認し合うとともに、二人の間には一挙に愛が燃え上がる。ジークムントはトネリコの木に突き刺さった剣をノートゥーングと名付け、それまで誰も抜き取ることのできなかった名剣を見事に抜き取る。「ヴェルズングの血よ、栄えよ!」と叫んで、二人は激しい情熱をもって抱き合う。感動の終幕である。


第二幕

こうして奇しくも再会し、愛が芽生えてもはや離れられなくなった二人は、フンディングの家から逃亡を企てる。冒頭でトランペットに導かれて弦楽器が奏でる激しいリズムの音楽は二人の逃亡するさまをイメージしている。やがて音楽はティンパニーの強烈なリズムに乗って、「ワルキューレの騎行」のライトモチーフへと移行して、身震いするほどの感動を呼び起こす。特に本学附属図書館に備えている1991年バイロイト音楽祭のダニエル・バレンボイム指揮のこの場面の演奏は圧巻である。いつ聴いても鳥肌が立ってしまう。

幕が開くと、第1場の荒々しい岩山である。ヴォータンは槍を手にし、ブリュンヒルデは鎧をまとっている。ブリュンヒルデは、ヴォータンと知恵の女神エルダの間に生まれた娘である。ヴォータンにはほかの女性との間に生まれた娘がほかにも8人おり、ブリュンヒルデはその8人とともにワルキューレ(戦乙女、いくさおとめ)と呼ばれ、戦いに倒れた英雄たちの魂をワルハラの城に運ぶという役割を担っていた。ヴォータンはこれから始まるフンディングとジークムントとの決闘に介入して、ジークムントの方に勝利をもたらせるように命じる。そこへヴォータンの妻フリッカが怒りを示しながらやって来るのを見て、ブリュンヒルデは高い山のうしろに姿を消す。結婚の守り神であるフリッカは、その場に現れて、ジークムントの不倫の恋を容認せず、夫ヴォータンとの間で長い会話を交わしたあと、フンディングに勝利を与えるよう、ヴォータンを説き伏せる。

フリッカが立ち去って、ブリュンヒルデが再び父ヴォータンの前に姿を現わす。第2場である。父親の絶望を前にして、ブリュンヒルデは父を慰め、力づける。ヴォータンは少し気を取り直して、娘にこれまでの経緯を語り始める。長々と続くこのヴォータンのモノローグは、初めてこの作品を鑑賞する人にとっては退屈きわまりない印象を与えるが、何度も繰り返し鑑賞していると、とても味わいのある重要な場面であることが分かってくる。この場面は神々がこれから終焉の一途を辿ることとなる転換点だからである。特にヴォータンはアルベリヒが息子(のちに『神々の黄昏』で登場するハーゲン)を儲けたという噂を語る場面では、なおいっそうの絶望感に襲われる。結局のところ、ヴォータンは妻フリッカの要求どおり、ジークムントを倒すように、ブリュンヒルデに先程とは逆の命令をする。ブリュンヒルデは当惑するが、ヴォータンは彼女に命令を繰り返してから、その場を立ち去る。一人あとに残されたブリュンヒルデは重い気分にとらわれる。

第3場は岩山の頂上である。愛の逃避行の音楽ととともに、ジークムントとジークリンデが登場し、この場面で休息を取る。ここでジークリンデは自分の汚れた過去を口にして、取り乱し、最後には気を失ってしまう。ジークムントは膝の上に妹の頭をのせて休ませる。

そこへブリュンヒルデが現れて、第4場の展開となる。ブリュンヒルデはジークムントに死ぬ運命にあることを告げる。この場面で奏でられるのが、「死の告知」のライトモチーフである。このライトモチーフに乗せて、ジークムントはブリュンヒルデにいろいろと問いかけ、それにブリュンヒルデは死んだ英雄の行くワルハラの城がすばらしい所であることを説き聞かせるが、ジークムントは妹と離れ離れになるのなら、そこへ行くのは嫌だと拒否する。彼の決心は堅く、それならいっそ妹と二人で死のうと名剣を振り上げるのを見ると、ブリュンヒルデはその愛の深さに心を打たれてしまい、父の命令に背いて、ジークムントに勝利をもたらせようと決意してから、その場を立ち去る。

第5場は同じ場所、次第に暗くなり、重い雷雲がたちこめる。ジークムントは依然と気絶している妹ジークリンデを気遣っている。やがて角笛が聞こえてきて、フンディングが近づいていることを悟ると、ジークムントはそちらへ向かう。そのうちやっと目覚めたジークリンデは、背後にジークムントとフンディングの声を聞いて、決闘が行われていることを知る。その決闘の最中に、突然ブリュンヒルデが介入して楯でジークムントを護り、彼を励ましてフンディングを打たせようとする。しかし、そこへヴォータンが割って入る。ジークムントの剣は折られ、フンディングはジークムントを槍で突き刺すが、彼もまたヴォータンにより倒されて死んでしまう。ブリュンヒルデはジークムントの折られた剣を拾い上げるとともに、闘いの凄まじさに気絶したジークリンデを馬に乗せて、その場から逃げ去る。ヴォータンは命令に背いた娘ブリュンヒルデに対して怒りを激しくしながら、そのあとを追って行く。第二幕の幕が降りる。


第三幕

第1場は荒涼とした岩山の頂である。冒頭から劇場全体を包み込むのが、『指環』四部作の中でも最も有名な「ワルキューレの騎行」の音楽である。ヴォータンの娘たちであるワルキューレ(戦乙女)が戦いに倒れた英雄の屍(しかばね)を馬に乗せて次々に運んで来るときの音楽である。まずはこの有名な音楽を十分に楽しみたい。ワルキューレたちは次々に集まって、8人までは揃ったが、あと1人ブリュンヒルデがまだ到着していない。はるか遠くに目をやると、ブリュンヒルデがようやく戻って来るのが見えた。しかし、彼女が自分の馬グラーネに乗せているのは女性、しかも生きている女性であった。言うまでもなく、双子の妹ジークリンデである。ブリュンヒルデが父ヴォータンに追い詰められていることを告げると、妹のワルキューレたちは仰天する。ブリュンヒルデの命令違反に怒り狂ったヴォータンはもうすぐ背後に迫っている。ジークリンデは自分が彼女たちに迷惑をかけていることを悟ると、自分を殺してほしいと頼むが、そのときブリュンヒルデから「あなたの胎内には英雄が宿っている」と知らされるや否や、ジークリンデはたちまち安全なところへ逃がしてほしいと懇願する場面もたいへん印象的である。東に向かって森が広がっており、その森ならヴォータンも恐れて敬遠しているというので、そこへ逃げることになった。ブリュンヒルデはジークリンデに逃げる方向を示してから、彼女の胎内に宿っている「この世で最も気高い英雄」にジークフリートという名前を授ける。その瞬間、ジークリンデは大いに感動して、「ああ、この上なき高貴な奇蹟よ!」と叫びながら、ブリュンヒルデに心から感謝する。そのときのメロディが『指環』四部作中でも最も重要な「愛による救済」のライトモチーフである。ワーグナーはこのライトモチーフを『神々の黄昏』の最終場面まで大切に取っておいたのであり、それだけにここでは意味のあるものとなっている。ジークフリートの名前が授けられるこの場面は、文句なしに最も感動する場面のうちの一つである。ここの音楽と歌手の歌い方を聴き逃してはなるまい。ジークリンデはさらに兄ジークムントの折れた剣の破片をブリュンヒルデから受け取ると、東の森の方へと逃げて行く。

そのあと第2場の展開となって、ヴォータンがそこに到着するが、そのときの音楽もまた、ゾクゾクするような音楽であり、聴きどころであることは確かであろう。ブリュンヒルデは妹のワルキューレたちの背後に匿われていたが、ヴォータンの怒りを前にして妹たちの懇願もむなしく、ブリュンヒルデは処罰を覚悟でヴォータンの前に出る。彼女は父ヴォータンに逆らったが、同時に彼本来の意志を、自由という驚くべき行為の中で行使した。しかし、彼女は「神格を奪われ、神々の世界から追放され、長い眠りにつかされた上、そこを通りかかった男の餌食となるのだ」という罰を父ヴォータンから宣告される。妹のワルキューレたちは恐れおののき、雷雲がたちこめるその場からまっしぐらに散って行く。

同じ場所で、やがて嵐はやみ、雷雲は消え去ると、そこからは第3場である。父ヴォータンと娘ブリュンヒルデが悲痛な思いで向かい合っている。ブリュンヒルデは、自分が父の命令に背いたのは、父ヴォータンの真意をくみ取ったからであると、正直に訴える。これに対してヴォータンは、言葉の上では決して娘の命令違反を許そうとはしないが、心の中では次第に娘の父に寄せる愛情に動かされてくる。しかし、それでも処罰は避けられない。そこでブリュンヒルデは最後の願いとして、神の身分を剥奪(はくだつ)されて、無防備のまま眠らされるのなら、せめて自分の周りに炎を燃え上がらせて、臆病者は決して近づけないようにして、その炎を踏み越えることのできる真に勇敢な者だけが彼女をわがものとするようにしてほしいと懇願する。この場面において「真に勇敢な者だけがこの岩山で私を見出してくれますよう」というセリフのところで奏でられるのが、「ジークフリート」のライトモチーフであり、このときからすでにブリュンヒルデはジークフリートと結び合わされる運命にあったと言ってもよいであろう。命令に背いたとはいえ、可愛い愛娘(まなむすめ)の願いなので、それを承諾して、彼女に最後の別れを告げて、長い眠りにつかせる場面の音楽は、涙なしには聴けないほどの美しい旋律であり、最も感動的な場面である。第一幕と第二幕では双子の兄と妹の愛が展開されていたが、この第三幕では父娘(おやこ)の愛が展開されていると言えよう。ヴォータンは岩山の上に彼女を横たえて長い眠りにつかせると、火の神ローゲを呼び寄せて、娘の周りに炎を燃え上がらせるのである。その最終場面においてヴォータンが最後のセリフとして「わが槍の穂先を恐れる者は、この炎を決して越えてはならぬ!」と歌うときに奏でられるのが、これまた「ジークフリート」のライトモチーフである。炎の中で眠るブリュンヒルデを目覚めさせるのは英雄ジークフリートであることがほのめかされている。次作ではいよいよ主人公である英雄ジークフリートの登場である。

以上のとおり、特に第三幕はどこを取ってもすばらしい音楽がちりばめられていて、感動の連続である。是非、この機会に『ワルキューレ』の魅力的な世界に浸ってみてください。「愛」がキーワードであると言うことができよう。『ワルキューレ』は「愛」の世界である。双子の兄妹の中に深い愛を読み取ったブリュンヒルデは、長い眠りのあと、次作『ジークフリート』第三幕において「愛」に生きる決意をするのである。


メールマガジン「すだち」第79号本文へ戻る