【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第77号
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<不定期連載>読書Fun!~司書Sが楽しく読んだ本をご紹介します(第13回)

ロボトミーという言葉をはじめて聞いたのは,大学の 心理学の授業でのこと。「てんかんの治療のために,脳梁を切断する,ロボトミーという手術があり,この手術によって発作が起こらないようになる・・・」というような説明を聞いて,『人間てそんなことをしても生きていられるんだ』!と非常に驚いたものです。今回紹介する「ロボトミスト」という本は,そんなロボトミーに生涯を捧げた医師の伝記です。

時代は19世紀の終わりから1960年代までの間。ロボトミストであるウォルター・フリーマンの生涯をたどることで,精神医学や精神病患者をとりまく社会の変遷を描いています。

大学で心理学を専攻していたというと,「電気ショックを与えたりするの?」と聞かれたことがありましたが,この本を読んで,実際にそんな方法が効果的な治療としてまかり通っていたのだということをはじめて知りました。そして,ロボトミーはというと,私が知っていたものよりももっとショッキングなものでした。今でいう,うつ病や不安神経症,統合失調症などの治療のために,前頭葉の神経を切断するのです。しかも手探りで!

科学的な根拠よりも経験に基づいて治療を改良し,こうやったらこんな結果が得られたから,きっとこっちの神経をこう切断するとこんな結果になるだろう,という,人体実験のような治療。「マッドサイエンティスト」という言葉が頭にちらつきます。今だったらとても受け入れられないでしょう。そして当時も多くの精神科医から倫理的な問題を指摘されていました。ただ,精神病に対してこれといって効果的な治療法がなく,多くの精神病院が長期の入院患者を抱えて劣悪な環境となっていた当時,少なくとも半数程度は退院できるロボトミーが徐々に社会に受け入れられるようになっていきました。

その後,科学的な技術の発展,特に向精神薬のなどの開発によってロボトミーは時代遅れとなり,フリーマンも没落します。ところが皮肉なことに,さらに研究が進んだ結果現在では,彼の手術で扱われていた神経系が確かに精神疾患に関わっていることが解明されています。

現在の精神医学の発展は,フリーマンらの挑戦的な仕事の積み重ねなのでしょうが,その中で自分の心を不可逆的に人為的に変質されてしまった患者,命を落としてしまった患者の「生」とは何だったんでしょうか。後世の人類にとっては有益な成果であったとしても,現実に生きていた患者自身の幸せは?そして,脳神経を切断することで性格が変化してしまう人間の「心」って何だろう?この本を読んでいると,多くの疑問が浮かんできます。ただ,フリーマン自身は,ロボトミーは患者を幸せにする,と確信していたようです。だから,より多くの患者にロボトミーを行わなくては,と。実際に彼は,自分の患者の予後を気にかけ,何十年にもわたって本人や家族と連絡をとりあい,手術後の患者の状態や社会復帰の様子などについて膨大なデータを残しています。決して,患者を単なる実験道具と見なしていなかったことだけは,確かです。

彼はおそらくワーカーホリックです。彼の仕事量は読んでいて息苦しくなるほど。そして彼の実像を描き出そうとするこの本も,その分量には息苦しくなりますが,かなりの読み応えです。それにしても,孤独を愛し,偏執的に患者のデータを集め,自己顕示欲が強くて過剰なほど仕事をする彼の性格は強烈で,今なら何がしかのパーソナリティ障害と診断されるかもしれません。映画「アリス・イン・ワンダーランド」の中で出てきた言葉「偉大な人はみんなヘンなんだ」を彼に捧げたいと思います。


「ロボトミスト」の情報
書名:ロボトミスト : 3400回ロボトミー手術を行った医師の栄光と失墜
著者名:ジャック・エル=ハイ著 ; 岩坂彰訳
出版社:ランダムハウス講談社 出版年:2009年7月
所蔵情報
所在:本館2階東閲覧室(自然科学系) 請求記号:493.72||El 資料ID:209003556

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