【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第75号
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<不定期連載>読書Fun!~司書Sが楽しく読んだ本をご紹介します(第12回)

3月11日以来,世界が一変してしまった。

その一方で,通勤中に本を読む,という私の日常は途切れなく続いていて,妙な違和感や,楽しむことへの罪悪感を覚えたりもした。

連載のタイトルにあるように「楽しく」は,読書できなかったです。

でも,心に残る本を読みました。それが「たった独りの引き揚げ隊」です。第二次大戦後,わずか10歳で満州から単独日本に帰国した少年ビクトルの物語。ノンフィクションです。 この少年は日本人とロシア人のハーフで,自然と共に生きるコサックの教育を受けていました。日本人が「引き揚げ隊」を結成し満州から集団で日本へと向かったとき,ハーフだということで取り残されたビクトル。多くの日本人が病に倒れたり強盗に襲われたりして命を落とした過酷な状況の中を,あくまでも意気揚々と独り歩き続ける強さに驚きました。 自然の中に身をおき,五感を駆使して生きるための情報をつかむ。例えば食べられる草は何か,川はどちらの方角にあるか,天気は崩れるのか。それらの情報を分析し,最善の行動にうつす。これぞ生きるための情報リテラシー。コサックにはそれらを次の世代に伝える教育システムがあり,ビクトルはそれを受け継いだ最後の世代となりました。 この辛いはずの経験をビクトルは「一番自分が輝いていたのはあの10 歳の時だ」と回想しています。自分の持てる力を総動員して生き抜いた,という事実がそう言わせるのだ,と思いました。

この本には,ビクトルの体験とともに,その当時の社会情勢なども克明に描かれています。 戦後多くの日本人が過ごした壮絶な日々を読むにつけ,今回の震災後の状況とオーバーラップして,本を読む手が止まることもしばしばでした。 でも,戦後日本は復興を果たしたのです。ビクトルのように,持てる力を結集して,意気揚々と歩いていくことができれば・・・。 今はとてもそんなことを考えられる状況ではない現実に直面している人も,多くの人の支えがあれば・・・。実はビクトルも一人ではなかったのです。 満州のロシア人,中国人など,助けてくれそうな人に助けを求め,みながビクトルを助けたのです。そこに救われる思いがしました。

ところで,この本を読んで強く感じたことの一つに,「自然」と「人間」の関わりがあります。 自然は,今回の震災のように多くの命を奪うかと思えば,ビクトルに命の糧を与える存在ともなります。 翻って,人間の作った数々のインフラの,なんと脆弱なことか。 これまでのものをそのまま作り直すのではなく,自然との共存ができるような形での復興が,「新生」が必要だ,言われています。 自然の脅威を完全に払拭するためにただ一つの強固なシステムをつくるのではなく,こちらがダメならあちらがある,というような多くの代替可能性を秘めたシステムが構築できれば,自然との共存が可能なのではないか,と思います。 自然の強さは多様性にあり,ビクトルの強さもそこにあるのだろうと感じました。

この時期に読まなければ,この本をこんな風には感じなかったかも知れません。歴史物として読んでいたでしょう。本を読むタイミングって不思議ですね。


所蔵情報
所在:本館3階東閲覧室(人文系) 請求記号:916||Is 資料ID:209005338

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