【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第60号
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○<不定期連載> 読書Fun!~司書Sが楽しく読んだ本をご紹介します

ある日,新聞の書評欄を読んでいたら,“「ワールドトレードセンター」で綱渡りをした男”についての図書が紹介されていました。
「ワールドトレードセンターといえば,あの9.11で破壊されたビルのことだよね。
そんなところで綱渡りっていったい・・・!?」 ものすごく興味がそそられたので,選書して図書館におくことにしました。
本のタイトルは「マン・オン・ワイヤー」。
“ワールド・トレード・センター(以下WTC)”で綱渡りをした大道芸人,フィリップ・プティ本人が書いた図書でした。

誰もが不可能と思うこのパフォーマンスを彼がいかにして実行したのか。
この本には彼の「夢を実現するための実行力」が多くの写真や資料とともに描かれており,その場に立ち会っているかのような臨場感でスリリングに追体験することができます。

それにしても,彼がやったパフォーマンス以上に,私には彼の「人となり」がおもしろかった。
フランス人らしく皮肉屋で(このあたり私の偏見です。すみません),自信にあふれていて傍若無人。
最近の人には見られない強引ぶりです。
その情熱で,周囲を圧倒し,巻き込んでいく。
調査を繰り返し,持てる知識と技術を総動員して試行錯誤し,協力者とのディスカッションを重ねてプランを実現可能な形に近づけていく,その執着力。
実行の日,トラブルが起きてもそれを自分の直感と才覚でクリアしていくさまは痛快です。
パフォーマンス後,まるでヒーローのようにあつかわれる自分への醒めた視線は「大人だなあ」とこれまた感心しました。

この本のおもしろさの中で重要な要素がもうひとつ。彼の言葉です。
その文章は大道芸人というよりは芸術家,詩人のようです。

WTCの二つのタワーに架けられた綱の上で,プティは,神と対話をします。
宇宙飛行士は,宇宙から地球を見たとき,神秘的な体験をし,人生観や宗教観が変わるといいます。
おそらく,プティは地球にいながらにして,宇宙的な体験をしたのではないでしょうか。
その崇高な体験を彼は美しい詩のように語っています。読んでいると,なんだか自分も高い空で冷たい空気に触れているような不思議な感覚を覚えます。

それにしても,宇宙観光旅行が実現しつつある今,宇宙に行くより,地上110階(411メートル)で綱渡りするほうが難しいですよね!
「一番難しい場所で神と出会った男」・・・彼にキャッチコピーをつけるとしたら,こんな感じになりそうです。

これは,もちろん実話です。
ちゃんと当時の新聞記事にも載っていました。1974年,WTCが建築されて間もなくのことです。
(図書館員の性でしょうか,ついつい調べてしまいました。)
ご存知のとおり,WTCは悲劇的な最後を迎えましたが,一方でこのような壮大なパフォーマンスの舞台にもなった,という事実があったのです。
だからこそ,彼のWTCへの追悼の言葉は,胸に迫ります。
この本を原作としたドキュメンタリー映画が2008年度アカデミー賞最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した,というのはあとがきを見て知りました。映画公開にあわせて日本にも来日していたそうです。もう少し早くこの本に出会っていれば・・・。

誰か,この本を読んで情熱に感化されて「徳島に彼を呼ぼう!『マン・オン・ワイヤーin トクシマ』をやろう!」と企画してくれへんかなあ。
え?自分でやれって?
いやー,「夢を実現するための実行力」,なかなか持てないものですね・・・。


「マン・オン・ワイヤー」の情報
書名:マン・オン・ワイヤー
著者名:フィリップ・プティ著,畔柳和代訳
出版社:白揚社 出版年:2009年6月

所蔵情報
所在:徳島大学附属図書館本館3階東閲覧室(人文系)
   請求記号:779.5||Pe 資料ID:209001305

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