【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第59号
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○「知的感動ライブラリー」(32)

徳島大学総合科学部教授 石川 榮作

映画『ニーベルングの指環』(ドイツ/アメリカ,2004年)の見どころ

ニーベルンゲン伝説を題材にした映画はいくつかあるが,今回は最新のウーリー・エデル監督の映画『ニーベルングの指環』(ドイツ/アメリカ,2004年)を紹介しよう。この映画は題名からも想像できるようにワーグナーのオペラが大きな影響を与えている。しかし,ジークフリートはクサンテンの王子として登場し,全体的には『ニーベルンゲンの歌』のあらすじに従って展開している点も多く確認される。ドイツの伝承と北欧の伝承を混ぜ合わせて,一つの新しいジークフリート暗殺の物語に仕上げていると言ってもよいであろう。従来のニーベルンゲン伝説と共通する点および異なる点などを指摘しながら,この映画『ニーベルングの指環』(前編・後編)の見どころを紹介することにしよう。

【前編】

物語は今から1500年以上も前のヨーロッパの暗黒時代にまで遡る。クサンテンの町はザクセン勢に攻め寄せられて,王と妃は殺害され,その二人の間の幼い王子ジークフリートはあやうく敵の手から逃れるように丸太に乗せられてライン河を下っていくうち,鍛冶職人エイヴィンに拾われる。しかし,王子は記憶を失い,自分の名前も思い出せないまま,エリックという名前で育てられる。このあたりはジークフリートが孤児として育つエピソードを伝える古い伝承に基づいていると言えよう。

それから12年後,逞しい若者に成長したジークフリートは,神々の導きによってアイスランドの女王ブリュンヒルデと運命的な出会いを果たし,互いに惹かれ合って愛で結ばれる。この場面がこの映画特有な展開となっていて,興味深い。二人はそれぞれの使命を果たすため,一旦は離れ離れになるが,いつの日か必ず再会して結婚することを誓い合う。

鍛冶職人として腕を上げてきたジークフリートは,養父の鍛冶職人エイヴィンに伴ってブルグント王国を訪れる。そこのグンター王から依頼されていた剣を届けるためであったが,ジークフリートからすれば自分の出生の秘密も分かるのではないかと思ったからでもある。ブルグント王国に到着したジークフリートは腕白な側面も見せて,グンター王の弟ギーゼルヘアと剣で渡り合ったりもするが,そのようなジークフリートを城壁の上から見下ろしながら,グンター王の妹クリームヒルトはすでにその逞しい若者に心を寄せている。このブルグント王国に仕える重要な家来としてもう一人ハーゲンの存在を忘れてならないが,ハーゲンはこの映画ではニーベルンゲン族から破門されたアルベリヒの息子として登場している。ハーゲンはアルベリヒから竜ファフナーが目を覚ましたことを知り,グンター王にその竜ファフナーを倒すことをけしかける。ハーゲンはアルベリヒと同様に竜ファフナーが森の中で護っているニーベルングの指環と黄金を狙っていることは言うまでもない。このあたりはワーグナーと同じ展開である。ハーゲンからけしかけられたグンター王は,竜ファフナーを倒すために出かけるが,やがてひどい傷を受けて戻って来る。

このグンター王のひどいさまを見たジークフリートは,自らが竜ファフナーを倒すことを宣言して,そのために特別な剣を鍛え上げることに取り掛かる。アイスランドの女王ブリュンヒルデとの宿命的な絆を感じつつ,剣を鍛え上げているうち,ついに名剣バルムンクが出来上がる。その剣を携えてジークフリートは一人で森に向かい,竜ファフナーと闘う。まずはこの竜との闘いが一つの見どころであろう。この映画ではジークフリートは竜を退治する際,窪みに身を潜めて,その上に竜が這って来たところを下から剣を突き刺す方法を取っているが,これは北欧の伝承『ヴォルスンガ・サガ』に見出されるものである。いずれにしても激しい闘いののち,ジークフリートはついに竜ファフナーを倒すとともに,その血を浴びて皮膚は,菩提樹の葉が落ちた背中の一か所以外はすべて甲羅と化して,どんな武器でも傷つけることはできない「不死身の肌」となる点は,従来のニーベルンゲン伝説と同じである。そのあとジークフリートが目の前に現れ出たニーベルング族の精霊から警告を受ける場面は,この映画特有のものであるが,ジークフリートはその警告にもかかわらず,その一族の指環と黄金を手に入れ,さらにはアルベリヒから隠れ頭巾をも手に入れる。この時点でジークフリートはすでに暗殺される運命にあると言えよう。

竜ファフナーを倒したジークフリートは,ブルグント王国の人々から大歓迎を受けて,英雄扱いのもてなしを受ける。ニーベルング族の黄金もその城に運ばれるが,その黄金を狙ってザクセン勢が戦いを挑んできた。グンター王はジークフリートに手助けを求め,ジークフリートはザクセン王の二兄弟と戦っているうち,12年前の記憶を取り戻し,自分はクサンテンの王子だと名乗る。ジークフリートは二人を打ち倒して,ザクセン勢を自分の配下に従える。

ジークフリートの権力を恐れるハーゲンは,ジークフリートとクリームヒルトを結び付けようと画策し,父アルベリヒから媚薬を手に入れる。それを飲むと,過去の記憶を失うと同時に,現在目の前にいる女性に惚れてしまうという不思議な薬である。ワーグナーと同じ設定であることは言うまでもない。ここまでが映画の前編である。

【後編】

後編に入って,そのハーゲンの用意した薬を飲んだジークフリートは,たちまちブリュンヒルデのことを忘れ果てて,目の前にいるクリームヒルトに魅せられて結婚を申し込む。ところが,この王国では妹は兄より先に嫁ぐことは許されない。フリッツ・ラング監督の映画(1924年)の場合と同じである。そこでジークフリートはグンター王がアイスランドの女王ブリュンヒルデに求婚するのに手助けをするように頼まれる。アルベリヒから奪い取った隠れ頭巾を用いれば,グンター王に代わってジークフリートがブリュンヒルデを打ち負かすことができるとけしかけられたのである。

グンター王はジークフリートらを伴ってアイスランドへ出かけ,ブリュンヒルデとの闘いに挑む。もちろん実際に闘うのはジークフリートである。ドイツ中世英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』では三種競技であるが,この映画では斧を使っての決闘となっている。最初は陸地で闘っていた二人が,最後には川の下流に流されていく氷の上で闘う。前方には滝が待ち受けている。言うまでもなく,この決闘も見どころの一つである。氷ごと滝に落ちた瞬間,ジークフリートが斧を岩壁に突き刺して,ブリュンヒルデを助ける場面などは,ドキドキ・ハラハラさせられる。これこそ映画ならではのおもしろさといったところである。こうしてジークフリートが勝利を収めて,ブリュンヒルデはグンター王の妃としてブルグント王国へ嫁いで来るが,初夜のベッドの上ではグンター王の愛撫を拒み,彼を縛り上げる。ブリュンヒルデはベルトを締めている限り,神から授かった力を発揮することができるのである。翌日,グンター王はジークフリートに援助を求める。最初は断るものの,ジークフリートは再び隠れ頭巾を用いて,手助けすることとなった。彼はグンター王の姿でベッドの上でブリュンヒルデからベルトを外すと,彼女からは神から授けられた力が抜けていって,彼女は普通の女性になった。そこでジークフリートはグンター王と入れ替わる。ところが,自分のベッドに戻ったジークフリートは,そのうちに目覚めていたクリームヒルトからその女性のベルトのことを問い詰められて,ついにグンター王との秘密を話してしまう。翌朝,教会の玄関の前でクリームヒルトはブリュンヒルデと口論してしまい,そこでベルトを見せて,ブリュンヒルデに恥をかかせる。それがきっかけでジークフリートの暗殺に発展していくのは,『ニーベルンゲンの歌』と同じである。

森の中で狩りをした折り,ジークフリートは食事のためまずは小川で手を洗おうとしていたところ,背後からハーゲンに背中の唯一の急所を槍で突き刺されて,殺されてしまう。一方,ブリュンヒルデは自分の不注意な言葉を後悔しているクリームヒルトからベルトを返してもらったとき,ジークフリートが忘れ薬を飲まされていた事実を知る。そこへジークフリートの遺体が運ばれて戻って来た。クリームヒルトがそれを見て,嘆き悲しみ,ジークフリートからもらっていた指環を投げ捨てると,それをめぐってグンター王とハーゲンの間で争いが起こり,グンターはあえなく最期を遂げる。その場にブリュンヒルデがベルトを締めて姿を現す。ベルトを締めながらこの闘いに臨むときのブリュンヒルデの勇壮な姿も見どころの一つである。ブリュンヒルデは剣でもってハーゲンと闘い,彼の首を刎ねてしまう。闘いが終わると,悲しみのうちに,ジークフリートの遺体はライン河に浮かべられた船の上で焼かれるが,その炎の中からブリュンヒルデが現れ出て,自らの胸を剣で突き刺して,ジークフリートのあとを追って殉死してしまう。ワーグナーが素材とした北欧の伝承と同じ展開である。

このようにこの映画の全体は,ドイツ中世英雄叙事詩とともに北欧の伝承をも組み合わせて展開されており,新しいニーベルンゲン伝説ともなっている。前編と後編を合わせて3時間3分の映画であるが,決して退屈に思うところはない。映像にどんどん引き込まれていって,アッという間に終わってしまう興味深い映画であると言えよう。是非この機会に鑑賞してみてください。


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