【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第55号
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○「知的感動ライブラリー」(28)

徳島大学総合科学部教授 石川 榮作

東宝映画『眉山』(犬童一心監督,2007年)の魅力

 シンガー・ソングライターさだまさしの小説『眉山』(2004年)を原作とした東宝映画『眉山』(犬童一心監督)は,2007年5月に全国公開された。主演は松嶋菜々子と宮本信子で,阿波踊りの現地ロケなどもあり,大きな話題を呼んだ。娘が母の秘められた深い愛情に辿り着くまでを描いたこの物語は,その後,2007年12月には明治座において舞台化(宮本信子,石田ゆり子主演)されたほか,2008年4月には常盤貴子,富司純子主演のテレビドラマ『眉山』(フジ系テレビ)も放送された。さらに今年(2009年)9月には徳島市立文化センターにおいて宮本信子,黒谷友香主演で舞台化される予定であることは,周知のとおりである。この母娘(おやこ)の物語の魅力は,一体,どこにあるのだろうか。
 東京の旅行代理店で働く河野咲子(松嶋菜々子)は,母龍子(宮本信子)が検査入院している徳島の病院で看護師とトラブルを起こしたという連絡を受けて,一時里帰りする。そのとき咲子は主治医から母が末期ガンであることを聞かされ,どうにかその夏は乗り越えられるが,寿命はそれほど長くはないことを知って落胆してしまう。さらに咲子は母が医学生の解剖実習のために献体をしていたことをも聞き知る。咲子はこのようにいつも母が自分に相談もせずに決めてしまうことに反発を感じていた。数年前に秋田町の飲み屋の店をあっさりたたんでしまった上,ケアハウス(老人ホーム)に入ったときもそうである。また咲子は高校2年のとき母に食らいついて,父のことを問い詰めたこともあったが,そのときにも父の詳細については何も教えてくれなかった。しかし,母龍子は自らの命もそれほど長くないと悟ったのであろうか,これまで自分が面倒を見てきた飲み屋「甚平」のマスターまっちゃん(松山賢一)に娘咲子への形見の包みを預けており,その中から「篠崎孝次郎」という男性からの手紙がたくさん出て来て,咲子は父親探しのきっかけをつかむ。父篠崎は徳島出身で,現在は東京の文京区で診療所を開業している。咲子は母が献体を申し出ていた理由を悟るとともに,母の秘められた父への深い愛情を知り,父と母の思い出の場所が眉山の「不動の滝」だと聞き知って,江戸っ子の母が徳島に移り住むことにした気持ちをも理解したのである。母は父との思い出の眉山を仰ぎ見ながら,その秘めた深い愛情を貫き通したのである。
 原作の物語はこのように娘が母のかつての深い愛情に辿りついて,そこから自分が生まれてきたことを悟るというものであるが,その母と父の恋愛については原作でも東宝映画でもそれほど詳しくは描かれていない。咲子がその手紙に綴られている母と父の思い出の場所を訪ね歩くシーンを作り出すことで,読者あるいは観客の想像に委ねたかたちとなっているが,それが深い愛情であることだけは容易に理解できる。その母と父のかつての恋愛を詳しく展開させて,それを大きな特徴としているのがフジ系のテレビドラマである。
 原作ではむしろ江戸っ子「神田のお龍」ぶりがよく描かれていると思われる。自分の店に来る客たちとの一つ一つのエピソードから母龍子が,皆に慕われていることがよく分かる。最終場面で龍子が娘咲子らに伴われて阿波踊りに出かけるのも,徳島の一番賑やかな晩にこれまで出会った人々に別れの挨拶をするためでもあったのであろう。このあたりの原作を東宝映画ではうまく取り入れている。東宝映画の最大の魅力は,やはり何と言っても,この最終場面の阿波踊りであろう。2万人近いエキストラを使っての阿波踊りのシーンが最大の見どころであることは確かである。篠崎孝次郎が龍子とは向かい側の桟敷席に姿を現し,踊る人々の中に立ち尽くして咲子が父と母を交互に見ながら,最初は涙を流しながらも,最後には涙の中にもほのかな笑みを浮かべる場面は,決して見逃してはなるまい。娘咲子が母と父の深い愛情を悟った瞬間でもある。
 それから2年後,大学講堂で行われた献体者慰霊祭で,母が医学部生たちに書き残したメッセージから,咲子は母が自分を大切にしてくれていたことを知って,母の娘への愛情を悟る場面も感動的である。
 私は徳島大学に着任して早や32年目になるが,この映画を通じて初めて眉山の存在の大きさに気がついた。いつも何気なく目にしている眉山だが,やはり眉山があってこその徳島である。この映画ではさまざまな角度から見た眉山がスクリーンに映し出されるが,さまざまなかたちの眉山もまた見どころである。どこから見た眉山が最も美しいだろうか。それは人によって異なるはずである。「心の眉山」を探し出して,この機会に眉山の存在を認識するのも大切なことである。東宝映画を観るたびにこのようなことを私は考えさせられる。映画は私にとって常に新しい自分に出会う機会を与えてくれるものである。映画を芸術作品と置き換えてもよいであろう。芸術作品は普段は眉山のようにその存在に気がつかないが,しかし,それがあってこそ初めて心豊かな生活が成り立つものなのである。眉山,自然,芸術作品,心を大切にしたいものである。
 なお,この東宝映画では徳島大学のキャンパスも数か所でスクリーンに映し出される。その一つ咲子(松嶋菜々子)が携帯電話をかけるシーンは,旧附属図書館本館の1階事務室入口付近であるが,その附属図書館本館もこのたびリニューアルオープンした。その意味では思い出の旧附属図書館本館の貴重な映像である。


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