【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第54号
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○「知的感動ライブラリー」(27)

徳島大学総合科学部教授 石川 榮作

映画『八甲田山』(昭和52年)の魅力と教育的意義

 映画『八甲田山』は,橋本プロダクションがシナノ企画,東宝映画と製作提携して,昭和52年6月に劇場公開された。冬は八甲田山中で,春,夏,秋は日本の四季を追って,3年がかりで撮影を終えたという,日本映画史上に残る超大作である。原作は新田次郎の『八甲田山 死の彷徨』(昭和46年,新潮社版)である。
 映画の内容は,日露開戦を目前とした明治35年1月に,青森5連隊が冬の八甲田山で遭難して,199名が凍死したという出来事を取り扱ったものである。当時の日本陸軍には寒地装備と寒地教育が不足していたので,ロシア軍と戦うために,寒さとはいかなるものか,雪とは何物なのか,その真の姿を提示してほしいという第4旅団司令部の指示に従って,青森5連隊と弘前31連隊がそれぞれの独自の編成と方法で出発して,冬の八甲田山ですれ違うことにしていたが,前者が自然を軽く見て,案内人を立てなかったことなどから猛吹雪の中で遭難してしまうというものである。自然と人間の闘いがテーマで,リーダーシップはいかにあるべきかという点でも,現在さまざまなかたちで教育にも活用されている映画である。
 映画は,原作とは趣を異にして,始終この二つの雪中行軍の様子が対比的に交互に描き出されながら展開していく。弘前31連隊は徳島大尉(高倉健)を隊長として,27名の小編成で弘前を出発して,遠く十和田湖を迂回して八甲田山系に入って,青森に向かい,弘前に戻るという,全長240キロメートルを11日間かけて歩くというものであった。これに対して青森5連隊は,隊長の神田大尉(北大路欣也)も少数精鋭の小隊編成を主張したが,大隊長山田少佐(三国連太郎)に説き伏せられて,210名の中隊編成で青森を出発し,そのまま八甲田山の東南に踏み込み,1日目は田代温泉に宿泊,2日目は増沢,そして3日目は三本木に宿泊して,4日目に汽車に乗って帰営するというものであった。ところが,この雪中行軍の実際の指揮をとったのは,隊長の神田大尉ではなく,随行するだけのはずであった大隊長山田少佐であった。弘前31連隊は常に案内人を立てて,雪の中の長い道のりを着実に進むのに対して,青森5連隊は大隊長山田少佐の指示で案内人を断って,八甲田山に入るが,1日目の宿泊地である田代温泉まであと2キロメートルというところで,道に迷い,猛吹雪の中で199名が凍死してしまう結果となる。自然の恐ろしさを軽んじた結果であることは言うまでもない。リーダーシップもいかにあるべきか,教訓とすべきものが容易に読み取られよう。
 この映画の中で唯一雪の八甲田山に姿を現す女性が「さわ」という名の案内人(秋吉久美子)であるが,彼女が牝鹿のようにスイスイと雪道を駆け登る場面でも重要なメッセージが読み取られる。この場面は原作でも生き生きと描かれていて,雪中行軍はまるで「嵐と呼吸を合わせているような歩き」をして,風のリズムに身体を合わせながら進むのであり,決して見落としてはならない注目すべき場面である。
 この映画でもう一つ感動を与えてくれるのは,徳島大尉と神田大尉の友情であろう。お互いに名前は知っていたが,この雪中行軍をすることになって初めて知り合った二人が,出発の前に徳島大尉の家で打ち合わせをする場面などは,静かな感動を呼び起こし,それだけにまた最後の場面でも高倉健(徳島大尉)が本物の涙を流して,「自分は間違いなく,雪の八甲田で(神田大尉に)会った」と叫ぶ場面には,感動せずにはいられない。
 そのほかにもこの映画の見どころは多く,ダイナマイトを使って実際に起こしたという雪崩の場面も恐怖を抱いて見るべき見どころで,また逆に猛吹雪の合間にスクリーンに映し出される八甲田山の春,夏,秋の美しい景色も見どころである。さらに原作にはないこの映画の魅力は,なんと言っても芥川也寸志のテーマ音楽である。なんとなく物悲しくも,美しいこの音楽が,両隊の雪中行軍のたびごとに鳴り響き,観客をグングンと映画の中に引き込んでしまう。原作では表現できない映画の魅力である。スクリーンと音楽が一つになってすばらしい作品に出来上がっていると思う。
 この映画の教育的意義についてはもはや言うまでもなかろう。自然を決して侮ってはならず,自然を敬い,自然と折り合いをつけながら生活することの大切さを教えてくれる映画である。冬の厳しさがあるがゆえに,それだけに春,夏,秋のすばらしさも教えてくれる。リーダーシップはいかにあるべきか,これについても重要なメッセージを与えてくれる。ニーチェの言葉に「重要なのは先頭を歩くことではない。(それはせいぜい羊飼いのすることだ。つまり,羊の群れから一番要求されることだ。)大切なのは,自分だけの道を行き,人と異なって生きる術を知ることだ」という名言があるが,私はこれをもじって「リーダーにとって重要なのは先頭を歩くことではない。リーダーにとって大切なのは,自ら信じる道を切り開き,自然と一体になって,その道を着実に進むことだ」と言いたい。映画『八甲田山』はまさにそのようなことを教えてくれる。その教育的意義はまことに大きいと言ってもよいであろう。


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