【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第48号
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○新設:教員の寄贈著書コーナー

石川栄作著『「ニーベルンゲンの歌」を読む』と『ジークフリート伝説』

総合科学部教授 石川 栄作

 ドイツ中世英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』を研究し始めてから,もう早や35年以上にもなります。この作品は1200年頃,現在のオーストリア地方で英雄叙事詩として書き上げられたものですが,その素材は5,6世紀の古代ゲルマンの英雄歌謡にまで遡ります。そのため作品の内容も奥行きが深く,研究もかなりの歳月が必要になってきます。大学院博士課程2年を終えたところで,私は徳島大学に着任しましたが,その後もこの作品の素材史や写本および内容分析などの研究を重ねて,平成3年には文学博士の学位を取得し,翌4年にはその博士論文を一部修正のうえ郁文堂より出版しました。ところが,これはすでに品切れとなっているうえに,学位論文でもあり,専門書でもありますので,ドイツ文学者のみならず,一般読者,とりわけ学生にも親しみやすい内容にすることを考え始めました。
 そこで博士論文を土台にして出来上がったのが,最初の講談社学術文庫『「ニーベルンゲンの歌」を読む』(2001年4月第1刷)です。おかげさまでこの著書は広く読まれて,現在第6刷を出しています。全学共通教育の「歴史と文化」の授業(前期月曜日)でも教科書として使っていますので,すでに読まれた方も多いことかと思います。
 この著書は『ニーベルンゲンの歌』の作品構造を徹底的に分析し,その作品の意義と魅力を探り出したものです。まず第一章においては5,6世紀のゲルマン民族大移動時代から語り継がれているニーベルンゲン伝説の変遷過程を解明したあと,第二章では13世紀初頭の中世英雄叙事詩としての『ニーベルンゲンの歌』前編の作品構造を,続いて第三章では後編の作品構造を分析して,第四章においては前編と後編に読み取られる悲劇の二重構造,すなわち,古代ゲルマン的要素と中世騎士的要素が織り成して展開される悲劇の二重構造に中世叙事詩としての特質があることを指摘しました。さらに第五章では中世叙事詩成立以降のニーベルンゲン伝説の受容をも考察することによって,中世作品の意義と魅力を探り出すとともに,古代ゲルマンの時代から現代に至るまで語り継がれているニーベルンゲン伝説の中にこそゲルマン・ドイツ文化の源流があると結論づけました。
 いずれの章もそれぞれに異なった研究方法の成果であり,ドイツ中世英雄叙事詩をさまざまな角度から捉えて,総合的な視野からこの作品を読み解いているところに特徴があります。
 このように最初の著書は13世紀初頭の英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』の作品分析を中心に据えたものですが,古代ゲルマンの時代から現代に至るまでのニーベルンゲン伝説の系譜を辿りながら,とりわけ19世紀のワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』四部作(1876年初演)の作品解釈を目標にしたものが,講談社学術文庫2冊目の『ジークフリート伝説――ワーグナー「指環」の源流』(2004年12月第1刷)です。この著書も全学共通教育「歴史と文化」(後期月曜日)で教科書として使用しており,現在第3刷が出ています。
 ワーグナーは楽劇『ニーベルングの指環』四部作――『ラインの黄金』,『ワルキューレ』,『ジークフリート』および『神々の黄昏』――を作り上げるにあたって,もちろん『ニーベルンゲンの歌』も素材に用いましたが,さらには北欧のエッダやサガをも使用しました。それによってワーグナーの作品は北欧神話の要素がかなり強くなって,従来のニーベルンゲン伝説にも北欧神話が重なり合って,壮大なスケールの物語へと発展していきました。この著書ではそれまでの私の研究成果を最大限に活かして,北欧のエッダやサガはもとより,ドイツでのその後のニーベルンゲン伝説の系譜を辿ることによって,ワーグナーにおける主人公ジークフリートの特徴を探り出しました。
 その内容を簡単に紹介しますと,ワーグナーにおけるジークフリート像の特徴は,まず第一には森の中で育った腕白少年から次第に女性への愛に目覚めていく英雄として描かれているところにあると言えましょう。しかし,その「愛」はその仇敵ハーゲンの「権力」と対立します。この二人の宿命的な対立は,ワーグナーでは神々の長(おさ)ヴォータンと侏儒(こびと)アルベリヒの争いに由来し,ジークフリートの暗殺は北欧神話における神々の没落と重なり合って展開している点にワーグナーの第二の特徴があります。英雄ジークフリートはこうしてハーゲンの策略によって神々とともに滅び去っていきますが,しかし,最終場面においては愛するブリュンヒルデの殉死によってその廃墟の中からやがて愛する人間の新しい世界が生まれてくることがほのめかされています。ワーグナーにおけるジークフリート像は,もはや伝統的なニーベルンゲン伝説の「不死身の英雄」ではなく,「愛」のみが支配する新しい秩序の世界を築き上げることのできる「未来の英雄」の象徴と言えます。そこにワーグナーの何とも言えない魅力があります。本書はこのように従来のニーベルンゲン伝説の系譜を綿密に辿ることによって,ワーグナーの特異性を探り出しているところに特徴があると言えます。
 上記2冊の著書を基礎として,今後はヨーロッパのトリスタン伝説あるいはわが国の『平家物語』や『義経記』などと比較しながら,「ジークフリートとトリスタン」あるいは「悲劇の英雄ジークフリートと義経」といった,個性あるユニークなテーマの著書執筆に取り組みたいと考えているところです。

『ニーベルンゲンの歌』を読む ジークフリート伝説――ワーグナー『指環』の源流
石川栄作著
『ニーベルンゲンの歌』を読む
講談社学術文庫2001年
石川栄作著
ジークフリート伝説――ワーグナー『指環』の源流
講談社学術文庫2004年

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