【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第46号
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○「知的感動ライブラリー」(19)

徳島大学附属図書館長 石川 榮作

ミュージカル映画『ウェスト・サイド物語』(1961年)の魅力

1.ロミオとジュリエットの悲恋物語の系譜
 前回の解説でも述べたように,『ロミオとジュリエット』の悲恋物語はシェイクスピアのオリジナルではなく,シェイクスピアよりもずっと以前からイタリアで民話として語り伝えられていたものである。最初の作品は15世紀後半にすでにイタリアで出版されているが,そこでは物語の大筋はほぼ同じであっても,登場人物名などは異なっていた。16世紀前半にルイジ・ダ・ポルトが書いた作品で初めて登場人物名などもシェイクスピアとほぼ同じものとなった。1554年にはバンデロの小説(斎藤祐蔵訳あり)がイタリアで出版され,この作品はやがてフランス語にも翻訳され,1562年には英語にも翻訳された。アーサー・ブルックの長詩『ロミウスとジュリエットの悲劇の物語』(北川悌二訳あり)がそれであり,さらに1567年にはペインターの散文訳も出版されている。これらのうちシェイクスピアは主にブルックの長詩を素材に用いて,1593〜1596年に執筆したと推定され,その作品は1597年に出版された。演劇の上演はその当時から現在に至るまでひんぱんに繰り返し行われていることは周知のとおりである。またこの悲恋物語を素材とした音楽作品としては,グノーの歌劇『ロミオとジュリエット』とプロコフィエフのバレエ音楽『ロミオとジュリエット』のほかに,チャイコフスキーの幻想序曲『ロミオとジュリエット』もある。さらに映画化も何度かされており,なかでも現在最も人気があるのは1968年のオリビア・ハッセー主演の映画であることは,前回の「知的感動ライブラリー」(18)でも詳述したとおりである。なお,さらにその映画以前の1961年には舞台をイタリアからアメリカに移したミュージカル映画『ウェスト・サイド物語』も作られている。以下では,この映画について詳しく解説することにしよう。

2.映画『ウェスト・サイド物語』とシェイクスピア原作との比較
 この物語の舞台はニューヨークの下町ウェスト・サイドである。多くの移民が暮らすこの下町では,二つの非行少年グループが鋭く対立している。一つは白人系のジェット団で,もう一つはプエルトリコ系のシャーク団である。シェイクスピア原作の二つの名家,モンタギュー家とキャピュレット家の対立は,この映画では二つの非行少年グループの対立に換えられている。
 白人系のジェット団を率いるのはリフという名のリーダーで,その先輩にトニー(シェイクスピアではロミオにあたる)がいるが,トニーは今はジェット団から身を引いて店屋で働いている。一方のプエルトリコ系のシャーク団は最近ニューヨークに移ってきたばかりで,リーダーはベナルド(シェイクスピアではティボルト)といい,彼にはアニタ(シェイクスピアにおける乳母と同じような役割を果たす)という恋人がいる。またベナルドにはマリアという可愛い妹(シェイクスピアのジュリエットにあたる)がいて,兄は妹がチノという自分の仲間(シェイクスピアではパリス伯爵)と結婚することを望んでいるが,妹マリアはチノに対して特別な感情を抱いてはいない。人物設定はシェイクスピア原作とよく似ているが,マリア(ジュリエット)がベナルド(ティボルト)の妹になっている点が大きな違いである。
 この二つの非行少年グループの対立には特に理由はないが,最近このウェスト・サイドに移って来たシャーク団が急速に勢力を増してきて,この下町の広場を占領していることが,以前からのジェット団には目障りなのである。現在のジェット団のリーダーであるリフは,先輩格のトニーに応援を頼む。トニーは今は店屋で働いているが,リフから頼まれたこともあり,今夜行われる体育館でのダンスパーティ(シェイクスピアでの舞踏会)に出かけることを約束する。トニーは「何かが起りそうだ」を歌い,何かいいことが起ることを期待して,その夜,ダンスパーティに出かける。そこでもジェット団とシャーク団は喧嘩になりそうな気配だが,主催者の仲立ちによってダンスが始まった。そのダンスの最中にトニーはシャーク団のベナルドの妹マリアの姿を目に留めて,たちまち彼女に惹かれてしまう。マリアの方も同様である。トニーは予感していた何かいいこととは,この出会いのことだったと感動しながら,マリアと見つめ合い,マリアにキスをする。その瞬間,マリアの兄ベナルドがそれを見て怒り,妹を仲間チノにあずけて一足先に帰宅させる。トニーがベナルドの妹マリアに手を出したことがきっかけとなって,ジェット団とシャーク団の対立はますます深まる。
 二つのグループがそれぞれの本拠地に戻って対立感情を強めている一方で,トニーは一人でマリアの暮らすアパート街に出かける。するとマリアはアパートの非常階段の上に立っていた。トニーは路上からマリアに呼びかけて,二人は非常階段の上で再会する。二人は「トゥナイト」を歌って,愛を確かめ合う。この場面はシェイクスピアではバルコニーのあの素晴らしい場面に相当し,このミュージカルでも特に「トゥナイト」の歌によって最も魅力的な場面となっている。トニーは,翌日の夕方,仕事が済んでから,マリアの働いている婚礼衣裳店を訪れることを約束して,家に帰って行く。
 翌日の夕方,約束どおり,婚礼衣裳店が締まったのち,トニーはマリアを訪ねて行き,婚礼衣裳の並ぶ店の中で,二人は婚礼のさまを心の中で思い描く。この場面はシェイクスピア原作のロレンス神父の教会での婚礼にあたると考えられよう。この婚礼衣裳店での逢引の際に,マリアは兄ベナルドがますますジェット団に対して反感を抱き,今夜にも喧嘩が始まることを恐れて,トニーに二つのグループの無意味な衝突を止めさせてほしいと願う。トニーは愛するマリアのためにも二つのグループを和解させようとする。その夜,二つのグループがそれぞれ歌を歌いながら決闘場に向かう中,トニーとマリアもそれぞれの場所で「トゥナイト」を歌い,さらにベナルドの恋人アニタもまた決闘ののちのデートを楽しみにして歌を歌うが,このときの五重唱が最高に素晴らしい。この映画の一番の盛り上がりの場面と言ってもよいであろう。
 二つのグループは高速道路の下の広場で小競り合いを始めた。トニーがあとからやって来て,争いを止めさせようとする。シェイクスピアのヴェローナの広場での両家の若者たちによる小競り合いを思い起こさせる。シャーク団のベナルド(ティボルト)がジェット団のリフ(マキューシオ)をナイフで刺して,殺してしまう。それに怒りを覚えたトニー(ロミオ)が,かっとなってベナルドを殺してしまった。シェイクスピアと同じ展開であるが,このミュージカルでは従兄弟ではなく,恋人の兄を主人公は殺すことになっている。
 マリアは恋人トニーが兄ベナルドを殺したことをチノから知らされ,そのあとすぐにトニーが彼女の部屋に現われると,トニーに対して怒りを覚えるものの,トニーへの愛情を抑えることはできない。悲嘆に暮れながらも,二人は愛を確かめ合って,一緒にどこか二人だけの場所へ逃げて行くことを約束して,その夜はともにマリアの部屋で過ごす。
 翌朝,兄ベナルドの恋人アニタがやって来て,トニーはあわてて窓から外に飛び出して行く。この場面はシェイクスピアで「ひばり」の声を聞いてロミオがマンチュアへ向けて逃げて行くシーンにあたる。アニタはトニーがここに来ていたことに怒りをあらわにするが,マリアがいかにトニーを愛しているかを知って,彼女に理解を示す。アニタはチノがトニーとマリアの関係を知ってから,怒り狂い,銃を持ってトニーのあとを追っていることを知らせる。トニーは旅立ちの費用を用意してもらうためにドクの店(ロレンス神父の教会にあたる)に出かけているはずである。マリアは銃を持ったチノが追いかけていることを,どうしてもトニーに知らせなければならない。しかし,そのとき警部が事情聴取にやって来て,身動きが取れない。マリアはアニタに目配せで合図を送って,ベナルドの恋人アニタにその役を頼む。
 アニタはトニーがいるはずのドクの店へ行くが,そこにはジェット団の若者たちがいて,地下室にいるトニーに会わせてもらえないばかりでなく,ひどくからかわれて屈辱的な目(シェイクスピア原作で乳母がロミオの仲間たちにからかわれることにあてはまる)に遭わされる。アニタは怒りを覚え,かっとなって「マリアがチノに殺された」と嘘をついて帰って行った。地下室にいたトニーは,そのことをあとでドクから聞き知るが,この場面は42時間の仮死状態になったジュリエットを死んだものと思って,ロミオの従僕バルサザーがロミオに悲報を伝えた場面を思い起こさせる。
 トニーはドクから用立ててもらった金でもって,マリアとともに逃亡しようと考えていたが,それももはや叶わなくなったので,気が狂ったように,拳銃を手にしてチノを探し始めた。「チノ!チノ!」と大きな声を挙げながら,チノの行方を探しているうちに,広場の柵の向こうにマリアの姿が見えた。トニーは信じられないような気持ちで,うれしそうにマリアの方に急いで走り寄って,マリアと抱き合う寸前,チノの放った拳銃の弾に当たってしまった。マリアの腕に抱かれながらトニーは息を引き取った。二つのグループの若者たちがその回りに集まってくると,マリアはチノから拳銃を受け取り,皆にその拳銃を向けて,彼らの無意味な争いを嘆くが,拳銃を放つことなく,その場にくずれおちてしまう。シェイクスピアの原作ではこの最終場面でジュリエットはロミオのあとを追って,短剣で自らの胸を突き刺してしまうが,このミュージカル映画ではマリアはそのような行為には出ない。ただトニーの死を嘆くだけである。この最終場面がシェイクスピアの原作と大きく異なる点である。
 ニューヨークの下町ウェスト・サイドを舞台に繰り広げられた二つの非行少年グループの無意味な対立には,アメリカのかかえた移民たちの深い人種問題が強く訴えられていることは明らかである。この映画の冒頭部分で上空からの撮影でニューヨークの中心街から始まって,そのあとで下町の風景をもスクリーンに映し出しているが,それはこの物語が単なる『ロミオとジュリエット』の伝説物語ではなく,アメリカの現実の物語であることをほのめかしていると言える。その深刻な現実物語をアメリカらしいダンスと歌のミュージカルで表現したところに生き生きとした新鮮さを感じないではいられない。

3.映画『ウェスト・サイド物語』の見どころ
 このミュージカル映画の見どころは,やはりダンスと歌であろう。映画の最初の方ではかなりの長い時間を費やして,二つの非行少年グループの対立のさまを描いているが,いずれの若者たちはいかにも楽しそうにダンスをしながら,広場や街を飛び回る。喧嘩をしているというよりは,遊戯をしているような印象さえ受ける。筋の展開はない部分であるが,観客を結構楽しませてくれる。筋の展開が止まったところで,本来のミュージカルが始まると言ってもよいであろう。
 体育館で行われるダンスパーティの場面も,もちろん見どころである。特にトニーとマリアが初めて出会う場面は,誰もが「ときめき」を覚えずにはいられない。さらにダンスパーティのあと,マリアの住むアパートの非常階段で二人が愛を確かめ合う場面は,二人で歌う「トゥナイト」の歌でもって圧巻である。この二人の歌は吹き替えであるようだが,何度見ても見飽きることがない。バーンスタインの音楽がその場面を盛り上げている。
 その夜,二つのグループの若者たちが決闘の場へと向かう場面で,トニーとマリア,そしてアニタとともにスクリーンに映し出される五重唱は,すでに上で述べたように,この映画のクライマックスでもある。しかし,それを境にあらすじは一気に最後の悲劇へ向かって,転がり落ちて行く。悲しい場面で歌を歌い始めるのには,拍子抜けしてしまう気もするが,全体的にミュージカルのおもしろさを楽しませてくれる傑作であることは間違いない。この機会に是非,このミュージカル映画の最高傑作をご鑑賞いただければ幸いである。


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