【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第44号
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○「知的感動ライブラリー」(17)

徳島大学附属図書館長 石川 榮作

ヴェルディ歌劇『アイーダ』の解説

1.ヴェルディ歌劇『アイーダ』の執筆と初演
 地中海と紅海を結ぶスエズ運河は,約10年の難工事を終えて,1869年11月に完成した。それを記念して祝うモニュメントとしてエジプトの首都カイロに歌劇場が建設されることになったが,その柿(こけら)落としに上演される作品の執筆依頼を受けたのがヴェルディであった。そのときヴェルディは時間不足を理由に断ったが,フランスの有名なエジプト学者オーギュスト・マリエット・ベイによる架空物語『メンフィスの神殿』をパリ・オペラ座の秘書カミーユ・デュ・ロクルがフランス語で書き改めた台本を見て,作曲を決意した。結局,カイロ歌劇場の柿落としには間に合わなかった(代わりに『リゴレット』が上演された)が,1871年1月初演という契約で,さっそくアントーニオ・ギスランツォーニにイタリア語による台本を依頼し,二人で話し合いながら作曲を進めて,1870年11月にはほぼ完成した。ところが,1870年7月に勃発したフランス=プロイセン戦争の影響などもあって,初演は延期を余儀なくされて,やっと翌1871年12月24日にカイロ歌劇場で初演を迎えたのであった。

2.歌劇『アイーダ』のあらすじと見どころ・聴きどころ
【第一幕】
 第一場は古代エジプトの首都メンフィスの王宮の広間。エジプトはエチオピアに脅かされて,戦争が迫っている。若い武将ラダメスはこの戦争の最高司令官になることを希望している。彼はこのエジプトの王宮で奴隷として暮らしているアイーダを密かに愛している。この場面のアリア「清きアイーダ」が最初の聴きどころである。一方,アイーダの方も,実はエチオピアの王女であり,その身分を隠して暮らしているが,武将ラダメスを密かに愛している。ところが,エジプト王ファラオの娘アムネリスもまたこの武将ラダメスに恋をしていて,彼の愛を得ようとしている。彼女はアイーダが恋敵ではないかと思い,アイーダに探りを入れたりしている。このあたりの二重唱,三重唱も素晴らしい。
 使者がエチオピアの来襲を伝え,エジプト王ファラオは祭司長ランフィス同席のもとで,宣戦布告し,ラダメスを最高司令官に任命する。一同は戦勝を祈願して,「勝ちて帰れ」の合唱が響き渡る中,広間から立ち去る。一人あとに残されたアイーダは,思わず「勝ちて帰れ」を口にして,祖国エチオピアへの愛と恋人ラダメスへの愛の板挟みに苦悩する。
 第二場はメンフィスの火神の神殿。祭司長ランフィスは巫女や祭司たちと万物の創造主フターに呼びかけ,褒めたたえながら,ラダメスとエジプト軍の戦運を祈る。最高司令官に任命されたラダメスは出陣に向けて聖なる剣を授けられる。
【第二幕】
 第一場はエジプト王女アムネリスの住居の広間。アムネリスは女奴隷たちに取り囲まれて,凱旋の祝賀会のために豪華に着飾っている。そこへ祖国敗戦の知らせに悲痛の思いのアイーダが入って来る。アムネリスはアイーダの本心を探るために,ラダメスは戦死したと嘘の報告をする。するとアイーダはひどく嘆き悲しんだので,アムネリスはラダメスとアイーダの仲を確信して,怒りを覚え,居丈高に身分違いの恋は止めよと言い付ける。アイーダは自分も実はエチオピアの王女の身分だと言い返したいところであったが,その気持ちを抑えて,悲しみに耐えながら,アムネリスに許しを願い出る。このあたりの二人のやりとりも見事というほかない。
 第二場はテーベの都の城門。エジプトの人々がエチオピアに対する戦勝を祝うために集まっている。この場面で演奏されるのが有名な凱旋行進曲である。続いてバレエも盛り込まれていて,オペラの醍醐味を味わうことができる。そのあと凱旋馬車に乗ってラダメスが帰還する。エチオピアの捕虜たちもあとに従ってついて来るが,アイーダはその中に父アモナスロがいるのを見て驚くが,父アモナスロは自分がエチオピア王であることを隠したままである。ラダメスはエジプト王にエチオピアの捕虜たちに恩赦を出すように嘆願するが,祭司長ランフィスと祭司たちはあくまでも捕虜たちを殺すことを主張する。この場面の合唱も印象的である。
 結局のところ,妥協案として,アイーダの父アモナスロが人質として残り,残りは全員釈放されることになった。一方,エジプト王ファラオは最高司令長官ラダメスに褒美として娘アムネリスを妻に捧げて,彼を王位継承者にすることを宣言する。アムネリスは歓喜にうちふるえ,アイーダは深い絶望に打ち沈む。ラダメスは心の中で「私は玉座などいらぬ。アイーダが欲しいのだ」と叫ぶ。この場面の合唱もオペラを盛り上げていて,感動的である。
【第三幕】
 舞台はナイル川の岸辺。イシスの神殿の前。ラダメスとの婚礼を明日に控えたアムネリスは,祭司長ランフィスに伴われて,イシスの神殿に婚礼の祈りを捧げに入って行く。
 一方,アイーダは恋人ラダメスに会うためにそこに現われるが,ラダメスが最後の別れを告げるなら川に身投げしようと心に決めている。アイーダはラダメスを待つ間,二度と帰ることのない故郷を想い,アリア「わが故郷」を歌う。しかし,その場にまず最初に現われたのは彼女の父アモナスロであった。父はアイーダに,ラダメスを唆してエジプト軍の作戦計画を聞き出すように要求する。アイーダがためらうと,父アモナスロは親子の縁を切ると脅かし,「お前はファラオの女奴隷に過ぎない」と叱る。この親娘のやりとりも聴きどころだが,アイーダは仕方なく父の要求に従う決意をすると,父は木陰に隠れる。
 ラダメスが現れ,アイーダはラダメスとアムネリスの祝宴が明日に控えていることに嫉妬の念を示すが,しかし,ラダメスの方は再び起こりかけている戦争で勝利を収めたら,国王にアイーダとの結婚を嘆願するつもりであることを約束する。ただそれでも民衆の怒りやアムネリスの復讐から逃れられないことをアイーダは心配して,こうなったら一緒に逃げるしかないと提案する。「ここから逃げて愛の国で一緒に暮らしましょう」と言うアイーダに対して,ついにラダメスも逃げる決意をするが,そのあとラダメスはアイーダを愛するあまり,彼女の誘導尋問にかかり,「ナパタの谷には兵はいない」とエジプト軍の軍事機密を洩らしてしまう。その途端にアモナスロが木陰から飛び出して,自分がエチオピア王であることを明かし,三人で逃げようともちかける。この場面の三重唱も聴きどころである。
 三人が逃げ出そうと決心したとき,アムネリスが神殿からそれを見咎めて,祭司たちや番兵たちがそこへ押し寄せる。ラダメスはアイーダとアモナスロを逃がし,自分の意志で祭司長に剣を捧げて捕らえられる。
【第四幕】
 第一場は王宮の広間。エジプトの王女アムネリスはラダメスが自分の恋敵と一緒に逃げようとしたことに怒りを覚えるが,しかし,それでも愛するラダメスの命を助けたいと思う。ラダメスが彼女のもとに連れて来られると,アムネリスはラダメスに向かって,アイーダの父親は逃げる途中殺されたが,アイーダは生きていることを知らせたあとで,アイーダを捨てて自分を愛するなら死罪から救ってやろうと約束する。しかし,ラダメスはアムネリスの申し出を決然と断り,あくまでもアイーダへの愛を貫き通す。このときの二重唱も格別素晴らしい。
 ラダメスは地下牢に連れて行かれると,アムネリスは「私自身があの方を祭司たちに与えてしまった」と嘆く。やがて背後でラダメスが裁判にかけられている様子が聞こえてくるが,ラダメスは一切の釈明を拒み,ついに裏切り者として地下牢に生き埋めの刑に処せられることとなる。アムネリスはこれを聞いて激しく嘆き,「神々よ,彼をお救いください」と祈るとともに,取り乱して祭司たちを呪う。この場面のアムネリスの苦悩はとりわけ圧巻であり,このオペラの最大の見どころ・聴きどころであろう。
 第二場はヴェルディ自らが考え出したとされる,下に地下牢があって,上が火神の神殿という二重舞台。薄暗い地下牢に閉じ込められたラダメスは,アイーダを恋い慕い,彼女の行き先を案じていると,地下牢の奥からアイーダが現われる。アイーダはラダメスの死刑を予感して,彼と運命を共にしようと思って,先にこの地下牢に忍び込んでいたと語る。驚いたラダメスは若くて美しいアイーダに死んではいけないと説得するが,もはや重い石の蓋は動かない。ラダメスはあきらめて,天国で結ばれる喜びを賛美するアイーダと抱き合いながら,人生に別れを告げる。上の神殿には王女アムネリスが現われて,祭壇に跪いて,愛する人の永遠の安息を祈る。そのときアイーダはラダメスの腕の中で息絶えて,幕が下りる。感動のクライマックスである。

3.歌劇『アイーダ』の魅力と本質
 歌劇『アイーダ』の魅力は,何と言ってもまずはスペクタクル・オペラとしての壮大な舞台にある。特に第二幕第二場で凱旋行進曲とともに繰り広げられるエジプトの壮大な舞台転換は最大の見どころである。そのあとのバレエも,そのときの音楽も楽しみである。オペラの醍醐味を味わうことのできる場面であろう。
 しかし,このオペラの本質は,エジプトとエチオピアの戦争の背後で展開される,一人の武将ラダメスの愛をめぐっての二人の王女アムネリスとアイーダの心の戦いにあると言わなければならない。特に第二幕第一場で展開される二人の王女の激烈な「対決」の二重唱は圧巻である。主人公はタイトルが示すように,アイーダであるが,しかし,その恋敵アムネリスの存在も欠かせない。アイーダとアムネリスの心の戦いも見どころ・聴きどころだが,とりわけ第四幕第一場におけるアムネリスのラダメスに対する報われぬ愛の嘆きと苦悩は圧巻である。このオペラになくてはならない場面であり,そのあとに続く最終場面の真の感動も,地下牢でラダメスとアイーダが永遠の愛を誓い合う一方,上の神殿ではアムネリスが愛するラダメスの永遠の安息を祈る場面があって初めて実現するものである。アムネリスの存在にも注目したいところである。
 私は四年前にベルリン国立歌劇場であの有名な女性指揮者シモーヌ・ヤングの指揮による『アイーダ』を観る機会に恵まれたが,最終場面の舞台の二重構造とともに,地下牢の二人の愛の誓いと上の神殿のアムネリスの祈りに大いに感動したことが今でも忘れられない。そのときアムネリスを歌ったのが,現在ワーグナー作品でもお馴染みのワルトラウト・マイアーであった。アムネリス役にも一流歌手が起用されていることが明らかである。アイーダと同じ程度にアムネリスもこのオペラの主人公と言ってもよいであろう。アムネリスがいて初めて成り立つ『アイーダ』である。その間(アイダ)にいるラダメスも重要不可欠な人物であることは言うまでもない。
 徳島大学附属図書館所蔵の『アイーダ』(ミラノ・スカラ座,1985年12月)はロリン・マゼール指揮で,アイーダはマリア・キアーラ,アムネリスはゲーナ・ディメトローヴァ,そしてラダメスはあの有名なテノール歌手ルチャーノ・パバロッティが歌っているが,三人とも最高の出来である。その中でもとりわけアムネリスが私は好きである。特に第四幕第一場のアムネリスの愛の苦悩が圧巻である。この機会に是非とも,鑑賞してみてください。


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