【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第43号
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○「知的感動ライブラリー」(16)

徳島大学附属図書館長 石川 榮作

ヴェルディの歌劇『リゴレット』解説

1.歌劇『リゴレット』の初演
 イタリアのオペラ作曲家ジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901)は,1850年の春,ヴェネツィアのフェニーチェ座から次の謝肉祭における新作オペラの依頼を受けて,ヴィクトル・ユーゴーの戯曲『王様はお楽しみ』(1832)をオペラ化するために,台本作家フランチェスコ・マリア・ピアーヴェにその台本執筆を頼んだ。そのユーゴーの原作戯曲は,16世紀のフランス国王フランソワ1世の不品行な行為とその寵臣たちの反逆を取り扱ったものだったので,1度上演されただけで,あとは上演禁止という問題作であった。台本作家ピアーヴェはヴェネツィアの検閲係官と親しくもあったので,オペラなら問題になるまいと楽観視していたが,やはりオペラも完成直前になって上演禁止となった。しかし,オペラ好きの保安庁長官の尽力により,音楽はそのままで,舞台を移して,登場人物や題名を変更することで許可された。ところが今度はヴェルディの方が妥協を拒否したため,上演計画は暗礁に乗り上げ,フェニーチェ座の支配人が台本作家ピアーヴェを通して説得にあたり,現行のようにすることでやっと決着し,このオペラは1851年3月11日に初演を迎えたのであった。このように初演までには何かと問題が生じたオペラではあったが,しかし,この『リゴレット』はヴェルディの個性が見事に開花した円熟期最初の傑作であり,「イタリアのヴェルディ」から「世界のヴェルディ」へと国際的な名声を獲得した作品でもあり,これを契機にヴェルディは,『椿姫』(1853)や『アイーダ』(1871)をはじめとする数々の傑作を生み出していくのである。
 以下,まずは歌劇『リゴレット』のあらすじを辿ったあとで,今回使用するDVDの見どころ・聴きどころなどを述べることにしよう。

2.歌劇『リゴレット』のあらすじ
【第一幕】
 2分程度の短い前奏曲が終わって,幕が開くと,そこは北イタリアのマントヴァ公爵の宮廷の広間である。ここでは毎日のように賑やかな宴が催されている。マントヴァ公爵は色好みな美男で,貴族の人妻でも町娘でも気に入れば,自分の好きなように弄(もてあそ)ぶといった不道徳な男であった。今夜の舞踏会の席でもマントヴァ公爵は,集まってきた貴婦人たちを目で追いながら,生活信条である恋の自由を謳歌した「あれかこれか」を歌う。彼は今夜もチェプラーノ伯爵の奥方を誘惑しようと懸命になっている。
 タイトルロールのリゴレットはこの宮廷に道化師として仕えている。彼は背中に大きな瘤があるという不具の身を逆手にとってマントヴァ公爵のお気に入りとなって,公爵の不品行を煽ったりするので,廷臣たちからは嫌われている。廷臣マルッロはその道化師リゴレットが情婦を囲っているという噂を広めているところへ,一旦退いていたマントヴァ公爵が奥の間から出て来るのに伴ってリゴレットも現れる。リゴレットはチェプラーノ伯爵夫人をなんとしても手に入れたいと思っているマントヴァ公爵に向かって,「いっそのこと夫の伯爵を追放するか,首を刎ねてしまえばどうか」と放言すると,常々道化のからかいの的にされている廷臣たちは激怒し,仕返しを企み始める。広間に集まった人々が各自の思いを歌って,音楽は大アンサンブルとなって高まっていく。
 やがてそこへ謀反の罪で捕らえられていた,年老いたモンテローネ伯爵が釈放されて登場する。老モンテローネ伯爵はマントヴァ公爵に娘を弄ばれたことを知って,かなり激怒している。このモンテローネ伯爵に対してリゴレットは,「公爵のお慈悲で釈放されたのに,自分の娘の名誉を主張するとは」と言って,相手を罵る。老モンテローネ伯爵はこのリゴレットの言葉に侮辱を覚えるとともに,マントヴァ公爵にも「たとえ首を刎ねられようとも,神に復讐を求めるぞ」と叫ぶ。するとマントヴァ公爵は,「もうよい!恩赦は取り止めじゃ,彼を召し捕らえよ!」と命ずる。そのときリゴレットは「気がふれとる」と言って,再びその老人を罵る。老モンテローネ伯爵は連れ去られながら,マントヴァ公爵とリゴレットに呪いをかけて,特にリゴレットに対しては「父親の悲嘆をあざ笑うお前は,呪われるがよい!」と叫ぶ。リゴレットはこの老人の言葉に大きな衝撃を受ける。
 その夜,リゴレットは老人の呪いの言葉を気にしながら,家路についていると,殺し屋稼業のスパラフチーレが呼び止めて,商売を持ちかける。リゴレットは取り合わないが,スパラフチーレを見送ったあと,「我らは同類だ。俺は舌先で人を罵り,彼は短剣で人を消す男だ!」と,我が身の惨めさを嘆く。「俺だって人並みの容姿なら,このような道化師になるものか。主人を笑わせるためには,何でもしなければならぬ。俺をここまで邪悪にしたのはあの宮廷の奴らだ!しかし,こんな俺でも家に帰れば,別人になれる。」このように思いながら,リゴレットは家に急ぐ。家では彼の可愛い娘ジルダが待っていて,男やもめの彼の心を和ませてくれるのである。
 家に帰り着くと,娘ジルダが嬉しそうに出迎える。リゴレットは宮廷が腐り切っていることをよく知っているので,美しい娘がいることを秘密にして,また娘にも外に出てはならないぞと命じていたのである。娘は父の溜め息をついているのを見て不思議に思うが,話たがらぬ様子を見て取って,せめて亡き母のことを教えてほしいと乞う。母は孤独で醜い自分を愛してくれたと言いながら,リゴレットは亡き妻を嘆き偲ぶと,娘ジルダは父をやさしく慰める。ただジルダは「ここへ来て3ヵ月になるのに,一度も外に出ていない」と言って,不平を述べる。しかし,リゴレットは父親として絶対に外出するなと再度念を押す。そのときリゴレットは人の気配を感じたので,確かめに外へ出かけて行った隙に,庶民に変装したマントヴァ公爵が入り込んで物陰に隠れた。戻って来たリゴレットは,乳母ジョヴァンナに娘を託して,また外へ出かけて行った。しかし,乳母ジョヴァンナはすでにマントヴァ公爵に金で手なずけられていたのであった。
 ジルダは実は教会で一人の若者と出会い,彼に恋心を抱いていたが,しかし,その若者が庶民の服装をしているマントヴァ公爵であるとは知らなかった。ジルダは乳母ジョヴァンナにその若者への恋心を明かして,父にそのことを話さなかったことを後悔していると,その当の若者が現れて驚き狼狽する。マントヴァ公爵は自らを学生だと言って,美しいメロディに合わせてジルダを口説き始める。ジルダは恥じらいながらも,彼に恋心を抱く。外で宮廷の廷臣たちが徘徊する気配を,乳母はリゴレットが戻って来たと思って,マントヴァ公爵に注進すると,彼はあわただしくジルダと別れを惜しみながらもそこを立ち去って行く。
 そのあとジルダは一人バルコニーで甘いあこがれに満ちた胸のときめきを,「慕わしき人の名」のアリアに託して歌い上げる。
 外では廷臣たちがジルダをリゴレットの情婦だと思い込んで,リゴレットへの仕返しとしてその情婦の誘惑を企てていたが,ちょうどそこへリゴレットが戻って来て,チェプラーノ家の奥方を誘拐するのだと彼をまんまと騙してしまう。リゴレットは目隠しをしたままそれを手伝うが,あとで誘拐されたのは自分の娘だと知って嘆き,老モンテローネ伯爵の「呪い」を思い起こして愕然とする。
【第二幕】
 マントヴァ公爵の廷内。マントヴァ公爵はジルダが誘拐されたと知って嘆いているが,やがて廷臣たちがやって来て,彼らがリゴレットの情婦を誘拐したことを聞き知ると,誘拐されたのはジルダだと悟って,再び好色漢に戻り,自分は愛の奴隷だと言って,心を浮き立たせながら,ジルダが閉じ込められている奥の間へと急ぐ。
 廷臣たちがいるその場にリゴレットが物悲しい音楽に導かれながら現れて来る。彼はさらわれた娘の居場所を探りにやって来たのである。ちょうどそこへ一人の小姓がマントヴァ公爵を探しに現れて,そのときの廷臣たちの素振りを見て,リゴレットは奥の間にジルダがいることを悟った。そこへ慌ただしくジルダが泣きながら走り出て来る。「恥ずかしい話はお父さんだけに!」と嘆くジルダの言葉に従って,リゴレットは廷臣たちにその場を退いてくれるよう頼む。
 二人きりになると,父に促されてジルダは,マントヴァ公爵から恥辱を受けながらも,父に向かって,「いつも日曜に教会で」のアリアに託して,これまでマントヴァ公爵と出会った経過と,彼を憎み切れない女心を打ち明ける。
 リゴレットはこのような汚れた宮廷からは立ち去ろうと決意を固めるが,そのとき牢獄に連行される老モンテローネ伯爵が通りすがり,飾られているマントヴァ公爵の肖像画に「悪運の強い奴め」と罵りの言葉を吐く。その言葉を聞いたリゴレットは,ジルダが止めるようにと懇願するにもかかわらず,モンテローネ伯爵の代わりに復讐は自分がしようと誓う。このフィナーレが圧巻である。
【第三幕】
 ミンチョ川の人気のない川岸に二階建ての家があり,その一階は居酒屋になっている。殺し屋稼業スパラフチーレが営む酒場であり,妹マッダレーナが客引きとして手伝っている。この川岸の向こう側にマントヴァの町がある。
 リゴレットは娘ジルダにマントヴァ公爵のことを思い切らせるため,彼のお愉しみの現場を娘に見せようと考えて,その酒場近くにやって来て,身を潜めている。リゴレットはすでに密かにスパラフチーレにマントヴァ公爵の殺害をもちかけている。
 やがてその酒場にマントヴァ公爵がやって来る。そのとき歌うのが有名な「女心の歌」である。歌い終わると,マントヴァ公爵はマッダレーナを巧みな言葉でもって口説く。その口説きの場を目にしたジルダは,恋する人の不実な行為に驚き,苦悩する。リゴレットは娘を慰めながら,マントヴァ公爵への復讐の念をさらに強める。戸外ではリゴレットとジルダ,室内ではマッダレーナとマントヴァ公爵によってそれぞれ4人の思いが四重唱で歌われて,オペラは盛り上がりを見せる。
 この四重唱のあと,リゴレットはジルダに自分もあとを追いかけるので,先にヴェローナへ行くよう命じてから,密かにスパラフチーレに前金を渡してマントヴァ公爵の殺害を依頼する。一方,ジルダはマントヴァ公爵への恋心に逆らえずに,またその酒場の前に舞い戻って来た。嵐の近づく気配を示すその暗闇の中で,ジルダはスパラフチーレとその妹の密談を聞いてしまう。それによると,スパラフチーレの妹はマントヴァ公爵に惚れてしまい,彼を殺さないでほしいと執拗に頼んでいるうちに,「では,真夜中までに宿泊者が来たら,その者を身代わりに殺すことにしよう」ということになったのである。この密談を盗み聞きしたジルダは,自分がマントヴァ公爵の身代わりになろうと決意する。
 スパラフチーレは方針を変えて,新たにこの居酒屋に来る客を犠牲にすることにして,客を待ち受けているが,真夜中30分前を告げる鐘の音を聞くと,ジルダが嵐の中,そこへ足を踏み入れた。このオペラのクライマックスというべき箇所である。
 やがてリゴレットがその場にやって来て,スパラフチーレに約束の残りの金を渡すと,死体の入った袋を受け取って,その場から遠ざかろうとする。ところが,そのとき居酒屋の二階からマントヴァ公爵の例の「女心の歌」を歌う声が聞こえてくる。驚いて袋を開けて見ると,中には深手を負ったジルダが入っていた。嘆き悲しむ父リゴレットに対して娘ジルダは,愛するマントヴァ公爵を許してあげるよう頼み,「天国のお母さまのそばで祈ります」と言って,息を引き取ってしまう。リゴレットは「あの呪い!」と悲痛に叫んで,娘の亡骸の上に倒れてしまう。

3.DVD『リゴレット』の見どころと聴きどころ
 今回使用するTDK(株)のDVDは,2001年にイタリアのアレーナ・ディ・ヴェローナで上演された『リゴレット』をライヴ収録したものである。管弦楽はアレーナ・ディ・ヴェローナ管弦楽団で,指揮はフランスのシャルル・ルボー,演出はイタリアのマルチェッロ・ヴィオッティである。タイトルロールのリゴレットはボローニャ近郊生まれのベテラン歌手レオ・ヌッチ,娘ジルダはアルバニア生まれのインヴァ・ムーラ,そしてマントヴァ公爵はベネズエラ生まれのアキレス・マチャードが歌っている。
 このDVDの一番の見どころ・聴きどころは,何と言っても,ヴェルディ・オペラのベテラン歌手レオ・ヌッチ(リゴレット)とリリック・ソプラノ歌手インヴァ・ムーラ(ジルダ)との息がぴったりと合った二重唱であろう。第一幕後半で娘ジルダが父リゴレットの帰りを出迎えた場面ももちろんであるが,圧巻はやはり第二幕フィナーレであり,リゴレットがマントヴァ公爵への復讐を誓う一方,ジルダがマントヴァ公爵を憎み切れない女心を歌う場面の二重唱には感動しないではいられない。ありがたいことに,このフィナーレはアンコールでもう一度聴くことができることになっている。
 アキレス・マチャードが歌うマントヴァ公爵の「女心の歌」もアンコールで二度聴くことができる。伸びのある明るい声で歌うアキレス・マチャードのマントヴァ公爵は,アンコールを歌うときには観客に笑みさえ見せて,どうしても悪役とは思えないが,オペラとしてはそういうこともよいのではないか。このマントヴァ公爵が第一幕ではジルダを,第三幕では殺し屋稼業の妹マッダレーナを巧みの言葉で口説く場面の歌も聴きどころであろう。
 そのほかに第二幕最初の方で父リゴレットが誘拐された娘ジルダを探し現れる場面の物悲しい音楽も聴きどころであれば,第三幕最後の方でジルダがマントヴァ公爵の身代わりとなる場面なども見どころ・聴きどころである。全体を通してベテランのレオ・ヌッチが身体全体を使っての名演技にも注目したい。そのほか見どころ・聴きどころは枚挙に暇がないほど,このオペラには至るところに美しいメロディがちりばめられていて,ぐいぐいと観客をオペラに引き込んでいく。素晴らしい仕上がりとなっている。是非,この機会にヴェルディの傑作『リゴレット』をご鑑賞ください。これがきっかけでオーストリア・バーデン市立劇場による徳島公演も同時に楽しんでいただければ,なおいっそううれしく思います。


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