【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第42号
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○「知的感動ライブラリー」(15)

徳島大学附属図書館長 石川 榮作

ヴェルディの歌劇『マクベス』解説

T.ヴェルディと歌劇『マクベス』の初演
 ジュゼッペ・ヴェルディは1813年にレ・ロンコーレに生まれ,1901年にミラノで死去したイタリアのオペラ作曲家である。『ナブッコ』(1842)や『アイーダ』(1871)そして『オテロ』(1887)など,数々の優れた作品を残しており,それらは現在でもひんぱんに上演されている。『マクベス』は1847年に初演されたヴェルディ中期の作品である。台本はフランチェスコ・マリーア・ビァーヴェ(アンドレーア・マッフェイ補筆)であるが,物語の大筋はほぼシェイクスピアと同じである。もちろんオペラとしてシェイクスピアと異なる点も多い。以下,ヴェルディの歌劇『マクベス』のあらすじを辿り,シェイクスピアと比較しながらその特質を探り出すことにしよう。

U.ヴェルディの歌劇『マクベス』あらすじ
【第一幕】
 スコットランドの武将マクベスは反乱軍を鎮めて同僚のバンクォーと一緒にダンカン王のもとに帰る途中,魔女たちに出会う。魔女たちはオペラにふさわしく大勢であるが,シェイクスピアの三人に合わせて三グループに分けられている。魔女たちはグラミスの領主マクベスに対して,のちにコーダの領主となり,さらにはスコットランドの国王になると予言し,これをそばで聞いていたバンクォーに対しては,彼自身は国王にならないが,彼の子孫が国王になると予言する。魔女たちが姿を消すと,まもなく使者が現れて,ダンカン王がこのたびマクベスをコーダの領主に任命したことを伝える。これまでのコーダの領主は王の裁きにより処刑されたというのである。マクベスは魔女たちの予言を信じ始め,やがて王冠をも手に入れるという野望に燃える。その王冠簒奪(さんだつ)のチャンスはすぐにめぐってきた。ダンカン王がマクベスを称えるためマクベスの居城に宿泊することになったのである。ダンカン王より一足先に自分の城に到着したマクベスは,夫人に唆されたこともあって,ダンカン王を暗殺することを決意する。ダンカン王一行が到着し,食事も終わって城内が寝静まると,マクベスは暗闇の中に血の剣の幻影を見て恐れてしまうが,勇気を起こしてダンカン王の寝所に入り,ついに暗殺を実行する。あわててマクベスは短剣を持ち帰ったが,それをマクベス夫人が持ってダンカン王の寝所に行き,暗殺を泥酔している従者たちの仕業としてから戻って来る。翌朝,マクダフがバンクォーと一緒にダンカン王を起こしに来て,その暗殺が発見される。オペラにふさわしくダンカン王の死を悼む合唱が長く続いて,幕が下りる。
【第二幕】
 ダンカン王暗殺はイングランドへ逃亡したマルカム王子の仕業によるものとされ,こうしてついにマクベスは,魔女たちの予言通り,スコットランド国王の座に就いたのであるが,しかし,マクベスの心は安らかではない。魔女たちによると,バンクォーの子孫がのちに国王になるとも予言されていたからである。マクベスはバンクォー父子を暗殺することを決意する。マクベスの命令に従って刺客たちは,バンクォーを暗殺するものの,その息子フリーアンスは取り逃がしてしまう。その夜,マクベスは客人たちを招いて宴の席を設けるが,バンクォーの亡霊が二度にわたって現れて恐れおののく。マクベスの取り乱しに宴の席もすっかり白けてしまう。不安に苛まれるマクベスは,翌朝,魔女たちのところに出かけて,再び予言を求めることにする。
【第三幕】
 マクベスは暗い洞窟で魔女たちに会う。魔女たちは地獄から次々に精霊を呼び出して,「マクダフに気をつけろ」,「大胆に振る舞え,マクベスは女から生まれた男に負けることはない」,「バーナムの森がマクベスの城に向かって動かない限り,マクベスは滅びることはない」と予言させる。これらの予言をマクベスは喜ぶが,そのあと現れた八人の王の幻影にマクベスは恐れおののいて,気絶する。マクベスが再び意識を取り戻したところへ,マクベス夫人が現れて,二人はイングランドに逃亡しているマクダフの城を攻めてその妻子を皆殺しにすることを決意する。
【第四幕】
 イングランドへ逃亡していたマクダフは,スコットランドの国境にやって来て,祖国がマクベスによって荒らされ,家族が惨殺されたことを嘆き悲しむ。マクダフとともに軍勢を率いているマルカム王子は,バーナムの森で軍勢たちに木の枝を切り取って,それに身を隠して進軍するよう指示する。一方,マクベスの城ではマクベス夫人が夢遊病にかかって,手についた血の染みが消えないという妄想にとりつかれている。そばでそれを侍女と医者が観察しているが,もう手の施しようもないほどである。マクベスは味方に裏切り者が続出して,怒り狂っているところへ夫人の死の知らせが届く。さらにバーナムの森がマクベスの城に向かって動き出したとの報告も受ける。森の木を手にして進軍してきたマルカム軍に攻め込まれて,窮地に立たされたマクベスが今や唯一頼みとするのは,「女から生まれた男に殺されることはない」ということのみ。しかしマクダフと向かい合って聞き知るのは,マクダフは母親の腹を裂いてこの世に出てきたということ。ついにマクベスは討ち取られて,マルカム王子が今やスコットランドの国王として即位する。マクダフを称える歌を合唱して,幕が下りる。

V.ヴェルディの歌劇『マクベス』の特質
 以上のように見てくると,ヴェルディの歌劇『マクベス』は大筋においてシェイクスピアの展開とほぼ同じであることが分かる。ただ戯曲を歌劇へ移し変えたため,物語構成の緊密さという点ではシェイクスピアの戯曲には及ばないが,それも当然のことであろう。ヴェルディの歌劇はマクベス悲劇を極端に簡略化しており,シェイクスピアにおける筋の展開よりもさらにスピーディである。まずはその筋の簡略化にヴェルディの『マクベス』第一の特徴があると言えよう。例えば,ダンカン王がマクベスとバンクォーに挨拶する場面の省略はオペラの機能性から割り出されたものである。ヴェルディはこの場面を非常に興味深い音楽的手腕で要約している。ダンカン王の行列は,一夜の宿を提供するマクベスとその夫人の敬礼を受けながら,舞台を横切るだけである。ダンカン王は結局のところ一言も話さず,暗殺される際に「誰だ?」という叫び声を上げるだけである。このオペラではダンカン王は一つの案山子(かかし)として象徴的に描かれており,彼に取って代わろうとする人間の個人的な野望の対象でしかないのである。このような筋の簡略化はそのほかにも至るところで見出せるであろう。
 このように筋は簡略化されているのに対して,シェイクスピアにおいてよりもずっと細かに描かれているのがマクベス夫人である。ヴェルディの『マクベス』の第二の特徴は,このマクベス夫人の性格付けがより深くなされていることにあると言ってよかろう。マクベス夫人は夫よりも大きな野望を持ち,夫にダンカン王を殺害させてしまうのもシェイクスピアにおいてよりもずっと強烈である。特に第二幕で歌い上げる「王冠への喜び」は圧巻である。このようにマクベス夫人の性格が強烈であるだけに,後半になって夢遊病的症状を見せる場面は,逆に慈悲というものを感ぜずにはいられない。この「夢遊病の場」の音楽は,第一幕の序曲と同じメロディであり,このうえなく魅力的であり,このオペラのクライマックスと言ってもよいであろう。ヴェルディがこのマクベス夫人の音による造形にいかに大きな力を注いだかは,容易に理解できよう。
 このマクベス夫人の内面に劣らず,その内面がより細かく描かれているのがマクベスであることは言うまでもない。ヴェルディの『マクベス』第三の特徴はこのマクベスの内面の深化にあろう。第一幕の冒頭で魔女から予言を受けて,野望を抱く場面といい,そのあと夫人と交わす二重唱の会話といい,また第二幕でバンクォーの亡霊に恐れおののく場面といい,さらに第三幕でマクダフの城を攻撃する決意をする場面などは魅力的な音楽でもって主人公マクベスの内面が深化されており,そのほかにも特に第四幕でマクダフに刺されて息を引き取る前に自らの境遇を歌い上げる場面などは,観客の涙さえ誘う魅力をも持っている。さらにこのヴェルディのオペラで注目すべきは,第三幕でマクベスは魔女たちの予言を聞いたあと気絶することになっている点であろう。このマクベスの気絶によって魔女たちの予言がマクベスの夢の中で展開されたようなかたちとなっており,マクベスの内面がよりいっそう深化される結果となっている。シェイクスピアの原作にはない,ヴェルディのオペラの注目すべき特徴と言えよう。
 ヴェルディの『マクベス』第四の特徴は,その魔女たちの果たす役割がかなり大きくなっていることである。第一幕冒頭で観客をまず独特の『マクベス』世界に誘うのも魔女たちの合唱である。シェイクスピアの戯曲においてよりも魔女たちの役割は大きくなっており,マクベスとマクベス夫人についで第三の主人公はこの魔女たちと言っても過言ではあるまい。以前に衛星放送で2度放送されたことのある1993年サヴォンリンナ音楽祭の『マクベス』では,第四幕の最終場面で天井から大きな王冠が降りて来て,魔女たちをすっぽりと覆い隠すかたちとなっている。結局は魔女たちが王冠をいただくことが象徴されており,とても印象的な演出である。人間の運命はまさに魔女たちによって操られていることがここで象徴的に表現されているのである。
 ヴェルディの『マクベス』第五の特徴は,オペラにふさわしく合唱が効果的に用いられていることである。第一幕最終場面では,シェイクスピアの原作には見られない,ダンカン王の死を悼む合唱が長く続いており,まるで地獄の扉が開くような壮大な合唱で,舞台を盛り上げていることは言うまでもない。また第四幕においてはマクダフの悲しみが合唱によって盛り上げられており,一方最終場面ではマクダフを称える合唱が続いて最期を盛り上げている。合唱を効果的に用いることによって,シェイクスピアの戯曲を巧みにオペラへと移し変えていると言ってもよいであろう。ヴェルディの『マクベス』はヴェルディの才能がすでに十二分に発揮されている,若き時代の傑作のうちの一つである。


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