【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第32号
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○映画『バルトの楽園(がくえん)』解説

徳島大学附属図書館長 石川 榮作

 この映画の舞台は,第一次世界大戦中,中国の青島(チンタオ)で捕虜となったドイツ兵4700名のうち約千人が収容された板東俘虜収容所(現在の鳴門市大麻町)である。松江豊寿(とよひさ)所長の寛大な計らいによって,ドイツ兵俘虜たちは比較的自由な生活を送ることができ,1918年6月1日にベートーヴェンの『第九交響曲』を合唱付きで演奏した。これがわが国で初めて演奏された『第九』であり,映画はこの『第九』演奏をクライマックスとして,板東の地元民とドイツ兵との間の「心の交流」を描いたものである。
 主役はもちろん松江所長(松平健)であるが,国境を超えた「真の友情」を描くために設定されたのがドイツ側のクルト・ハインリッヒ総督(ブルーノ・ガンツ)である。この両名優の重厚な演技によって全体がひきしまった作品に仕上がっている。
 この二人の俳優のほかに映画全体の柱を支えていて,実際にあらすじを動かしているのは,パン職人カルル・バウム(オリバー・ブーツ)とハーフの少女志を(大後寿々花)の物語である。このパン職人はのちにバウムクーヘンで知られる神戸のドイツ菓子店「ユーハイム」の開業者(カルル・ユーハイム)をモデルとしているが,映画ではこの人物を粗暴な兵士として登場させている。冒頭のスクリーンで描き出される青島戦においてもカルル・バウムは,空中に銃を放ってばかりのオスカー・フランツ(その直後戦死する)と殴り合いをするのみならず,最初に収容された久留米収容所でも脱走を企てたうえ,板東俘虜収容所でも脱走を企てる。しかし,逃げ込んだ地元の農家で温かいもてなしを受けたことにより,人間への不信感も溶けて,自らの意志で収容所に戻る。そのカルル・バウムに松江所長は収容所でパンを焼いてくれないかと頼む。カルルがパン生地をこね始めたとき,彼の目からは涙がこぼれる。猛獣のようなカルルが,松江所長の温かい心に触れて,人間に戻った感動的な瞬間である。やがて戦争が終わって,自ら作ったケーキを手にして挨拶のために松江所長の家を訪れたとき,そこの馬丁宇松(平田満)に殴られてももはや乱暴にやりかえすこともしない。それどころかカルルは,父オスカー・フランツを探し求めて板東俘虜収容所にやって来た少女志をを,自分の娘として引き取ることを松江所長に願い出る。亡き戦友に乱暴を働いた罪ほろぼしでもあるが,それ以上に天涯孤独となった少女の父親となることによって,少女を幸せにするとともに自らの人生にも光を見出そうとしたのである。少女志をもそれを受け入れて,彼女が『第九』演奏の最終場面で松江所長夫人(高島礼子)に感謝の気持ちを示しながら泣きすがる場面は,何度観ても感動せずにはいられない。そのとき映画の中の登場人物たちとすべての観客の心が一つになるのである。カルルと志をが全体のあらすじを動かしているのは明らかである。
 上記の主要人物のほかにも,重要な役割を果たしているのが,もちろんドイツ兵俘虜たちと地元民であり,また撮影に協力したエキストラも忘れてはならないであろう。ドイツ兵俘虜たちが催した「俘虜製作品展覧会」の場面では,『第九』演奏の場面と同様に,徳島県民のみならず,日本在住のドイツ人たちが大勢エキストラとして出演しており,当時さながらのドイツ兵と地元民との間の「心の触れ合い」がスクリーンに映し出されており,その意味においても大きな意義がある。「すべての人間は兄弟となる」という真の意味での『第九』の精神を見事に歌い上げたこの感動作を今一度ご鑑賞ください。


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