【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第31号
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○「知的感動ライブラリー」(4)

徳島大学附属図書館長 石川 榮作

日時 2007年8月31日(金)午後2時〜午後5時(途中,休憩あり)
場所 徳島大学附属図書館本館 3階大視聴覚室
作品 ヴェルディ歌劇『椿姫』(全3幕)


作品の解説

 歌劇『椿姫』はヴェルディ(1813-1901)の中期の作品である。ヴェルディはそれまで歴史物語に素材を求めて男声優位のオペラばかりを書き続けてきたが,ここで初めて同時代の話を取り上げて,しかも女性への愛に目覚め,恋心の綾を繊細に描き上げたのであり,その意味ではヴェルディにとっては「異色作」であり,画期的な作品と言える。
 この作品の原作は,『三銃士』や『モンテ・クリスト伯』で有名なアレクサンドル・デュマの息子デュマ・フィスが自ら経験した恋をもとにして24歳のときに書いた『椿を持つ女』である。この小説がベルトセラーになり,気をよくしたデュマ・フィスはこの小説を5幕ものの戯曲に直して、それは1852年にパリのヴォードヴィル座で初演された。そのときパリに滞在していたヴェルディは,そのデュマ・フィスの戯曲『椿を持つ女』を見て,すっかりそのドラマが気に入り、翌1853年1月イタリアの故郷ブッセトーに帰ると,さっそくその作曲に取りかかり,わずか2ヵ月足らずでそれを完成させた。題名は原作の『椿を持つ女』ではなく,『ラ・トラヴィアータ』(道を踏みはずした女)とし,同年3月6日にヴェネツィアのフェニーチェ座で初演されたが,初演は歌手の選択などが原因で失敗に終わってしまった。翌1854年5月4日ヴェネツィアのテアトロ・ガッロで再演されたときは,初演とは異なる歌手を起用して,熱狂的な拍手喝采を浴びたという。現在においてもたいへん人気のある作品であることは,世界各地でひんぱんに上演されていることからも明らかである。

第一幕
 これから始まる悲劇を予感させる,悲しげなメロディの前奏曲が終わって幕が開くと,いきなり華やかで享楽的な感じを表す音楽である。舞台は1850年頃のパリ,高級娼婦ヴィオレッタの家では華やかなパーティが開かれている。そのサロンに集まってきた客人たちとヴィオレッタは楽しく談笑しているうち,ガストーネ子爵によって若者アルフレードが紹介される。アルフレードは南フランス出身の純情青年で,以前からヴィオレッタを崇拝するとともに,彼女の病気を心配していた人物である。アルフレードが客人たちに促されて頭に浮かんだ詩を即興で歌うと,それは合唱に受け継がれ,続いてヴィオレッタが同じメロディで歌い,それに一同が唱和する。有名な「乾杯の歌」である。そのあと隣の部屋からワルツの音楽が聞こえてきて,客人たちはそこへ移動するが,その折りヴィオレッタは胸を押さえながらよろめいてしまう。
 部屋にはヴィオレッタとアルフレードだけになる。アルフレードはヴィオレッタの病気を心配しながらも,1年も前から彼女を慕っていたという自分の想いを切々と打ち明け,「この想いは神秘的で崇高な愛だ」と歌う。ヴィオレッタは「私のことなんか忘れて」と軽くあしらうが,彼の熱烈な愛の告白に彼女の心は大きく揺れ動く。彼女は胸に飾っていた椿の花を渡して,「この花がしおれたらまた会いましょう」と応える。
 やがて空が白み始めると,客人たちは帰っていく。一人になったヴィオレッタは,先ほどのアルフレードの愛の告白を思い出して,自分の心の動きに戸惑う。胸の鼓動を感じながら,自分の心に愛を目覚めさせたアルフレードの面影をしのぶ。しかし,突然,娼婦という自分の現実に思いを馳せて,不安に駆られてしまう。その不安を打ち消すように,「快楽から快楽へ,いつも自由な生活を楽しもう」と歌う。その途中で,窓の下からアルフレードが「神秘的で崇高な愛」と歌う声が聞こえてくる。アルフレードーの想いを打ち消すように,ヴィオレッタは快活に「楽しむのよ!」と歌う。

第二幕(第一場)
 今まで快楽の世界で生きてきたヴィオレッタは,アルフレードの求愛によって初めて真実の愛を知り,パリでの社交界の派手な生活を捨てて,郊外の田舎家でアルフレードとともにひっそりと暮らしている。そのような暮らしを始めて3か月が経った頃,アルフレードは女中アンニーナから「ヴィオレッタが内緒で私財を処分して生活費を工面している」と聞いて,自分の甘さを恥ずかしく思い,金策のために急いでパリに出かけて行く。
 そのようなところへアルフレードの父ジェルモンがヴィオレッタを訪れて来て,息子と別れてくれるようにと頼む。ジェルモンは自分の家の事情を語り始め,ヴィオレッタがいては,妹の縁談に差し障るというのである。ヴィオレッタの方もいかにアルフレードを愛しているかを切々と訴えるが,次第に泣きながら別れる決心を固めていく。彼女が「いっそ死んでしまいたい!」と感情を高ぶらせて泣き出すのを,ジェルモンは優しく慰める。このあたりの二重唱は,ヴィオレッタの微妙な心の動きとジェルモンの苦悩が見事に表現されていて,聞きどころの一つである。
 ジェルモンが帰って行くと,ヴィオレッタは女中アンニーナを呼び,友人フローラの夜会への招待状に出席の返事を届けさせる。ヴィオレッタがアルフレードにも手紙を書き残そうとしているときに,突然アルフレードが戻って来て,ヴィオレッタは動揺しながら、こみ上げてくる感情を抑え切れずに,「私を愛してね,私があなたを愛しているのと同じくらい!」と語りかけ,万感の思いをこめ「さようなら!」と言い残してその場を去って行く。
 あとに残されたアルフレードは,ヴィオレッタが出て行ったのは金策のため家財道具を処分するためだと思っていたが,やがてヴィオレッタからの別れの手紙が届けられて,アルフレードは逆上する。そこへ父ジェルモンが訪ねて来て,「故郷の風景を思い出してほしい」とアリア「プロヴァンスの海と陸」をしみじみと歌い出す。印象的な旋律で,このアリアも聴きどころの一つである。しかし,アルフレードは故郷に帰ろうと勧める父の言葉にも無関心で,ふとそばに置いてあったフローラの夜会の招待状を見つけ,ヴィオレッタに裏切られたと思い,父の止めるのを振り切って,家を飛び出して行く。

第二幕(第二場)
 舞台は数日後の豪華なフローラの夜会である。客人たちはヴォレッタとアルフレードが別れたことの噂話をしているが,そのあとこの日の趣向の一つとして仮装舞踏会が行われ,ジプシー女たちの占いの歌とスペインの闘牛士たちの男声三部合唱と踊りが繰り広げられる。筋の展開に関係のないところで,このような合唱が聞けるところもオペラの楽しみである。
 その日の趣向である仮装舞踏会が終わると,アルフレードが現れ,すぐそのあとヴィオレッタが元のパトロンであるドゥフォール男爵と一緒に姿を現し,緊迫した雰囲気が漂い始める。アルフレードは賭けのカードを始め,勝ちを収め続け,ドゥフォール男爵もその賭けのカードに参加するが,アルフレードが勝利を収める。それから人々が食事のために別室に移動したあとで,ヴィオレッタはアルフレードと二人きりになると,ここを立ち去るように請い願う。何も事情を知らないアルフレードは,ヴィオレッタが心変わりしたと勘違いし,逆上して,大声で全員を呼び寄せてから,借りを返すと言って,ヴィオレッタに金を投げつけて,彼女を侮辱する。アルフレードの怒りと,それに対するヴィオレッタの悲しみの表現が見どころ,聴きどころである。人々が口々に女性を侮辱したアルフレードを激しく非難しているところに,父ジェルモンが登場して,息子を叱りつけあと,フィナーレの場面を迎える。アルフレードは後悔し,ヴィオレッタは真実を語ることができずに苦しむ。全員がそれぞれの思いを歌い終えたところで,幕が降りる。

第三幕
 第一幕の前奏曲とよく似た憂いをおびたメロディの前奏曲が終わると,舞台はヴィオレッタの寝室である。フローラの夜会の日から数ヵ月が経過した謝肉祭の日,うす暗い部屋のベットの上に胸の病で余命いくばくもないヴィオレッタが横たわっている。医者が診察を終えて帰ったあと,ヴィオレッタはアルフレードの父ジェルモンからの手紙を読み始める。彼女は父子二人でそのうち詫びに行くというこの手紙をこれまで何度も読み返してきたが,悲痛な声で「もう遅過ぎるわ!」と叫び,アリアを続けて歌う。ここも聴きどころの一つである。瀕死のヴィオレッタはうわ言のように,アルフレードとの愛の日々を回想する。そして死を予感して,「すべて終わりよ!」と吐き出すように歌う。あまりにもせつなく悲しいメロディで,聴きどころであることは言うまでもない。そのうち外からはカーニヴァルを祝う人々の合唱が聞こえてくる。ヴィオレッタの家の前を楽しげに騒ぐ人々の列が通り過ぎる。戸外の喜びに満ちた音楽と,瀕死状態のヴィオレッタの対比が際立って,たいへん印象的な場面である。
 そこへ女中のアンニーナが走り込んで来て,そのあとからついにアルフレードが駆けつけてきて,ヴィオレッタとしっかり抱き合う。感動的な瞬間である。アルフレードは過去に彼女を誤解していたことを詫びながら,「パリを離れて,いとしい人よ」と一気に歌い出す。それに続いてヴィオレッタも甘いメロディを歌い出す。このオペラで最も印象的な見どころ,聴きどころである。二人の胸の鼓動が伝わってくる切ない音楽であるが,歌い終わると,ヴィオレッタの体力はもう限界に来ている。やがて呼び寄せられた医者とともにアルフレードの父ジェルモンも駆けつけて来る。ジェルモンはヴィオレッタを息子の嫁として抱き締め,心は後悔の念に苦しめられるばかりである。ヴィオレッタはアルフレードに自らの肖像画を手渡す。そのあと彼女は「不思議だわ!」と起き上がり,生き生きと「私はまた生きられるわ!」と叫んだかと思うと,次の瞬間,パタリと床の上に倒れて息絶えてしまう。


参考文献

音楽友之社編スタンダード・オペラ鑑賞ブック(2)『イタリア・オペラ(下)ヴェルディ』2000年第3刷
名作オペラブックス2 ウェルディ『椿姫』音楽友之社1987年
デュマ・フィス作(吉村正一郎訳)『椿姫』岩波文庫1987年第59刷


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