【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第29号
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○「知的感動ライブラリー」(2)

徳島大学附属図書館長 石川 榮作

日時 2007年6月26日(火)午後4時20分〜6時00分
場所 徳島大学附属図書館本館 3階大視聴覚室
作品 ドイツ映画『ふたりのロッテ』(1994年)(字幕スーパー,1時間38分)


作品の解説

原作はエーリヒ・ケストナー(1899-1974)で、監督はヨゼフ・フィルスマイヤー。 映画の原題は『Charlie& Louise Das doppelte Lottchen』(チャーリーとル イーズ ふたりのロッテ)である。ルイーズは正確にはルイーゼと表記すべき であるが,以下の記述においても字幕スーパーに従うことにする。
物語は若い音楽家と学位取得のために家事や育児に目を向ける余裕のないその妻が離婚して,10年が経過したところから始まる。
ハンブルクのライヒ広告代理店の部長を務めるサビーネ・クローガーは,スコットランドでのサマースクールに参加する娘ルイーズをハンブルク駅まで見送る。娘ルイーズはその仕草からして,性格はとてもおとなしく,しとやかなように見える。ルイーズがしばしの別れを惜しんで母ザビーネに甘えるそのさまを停車中の列車の中からからかっているグループがいた。そのグループのリーダー格を務めているのが,愛称チャーリーで親しまれているシャルロッテ・パルフィーである。チャーリーは劇団所属の作曲家である父ウルフと二人でベルリンで暮らしていることがあとで分かるが,とにかく帽子をかぶり,サングラスをかけていて,ルイーズをからかう振る舞いなどからして,いかにもお転婆娘といった感じである。ハンブルク駅を出て,ベルギーのオーステンデ経由で,スコットランドのグラスゴーに向かう途中の列車の中では,外の景色を眺めていて,父からもらったという帽子を落したことから,非常用の急ブレーキの鎖を引っ張って,列車を止めてしまうといういたずら者である。そのときに彼女は「人生には急停車が必要な時もある」という言葉を口にするが,それは父がよく口にしてきた言葉のようである。
一行がこうして長旅のあとスコットランドのサマースクールに到着すると,さっそく部屋割が発表されるが,しとやかなルイーズはお転婆のチャーリーと同じ部屋に割り当てられてしまう。シャワーを浴びて出て来たルイーズは,待ち構えていたようにチャーリーなどからいたずらをされてしまうが,よく見ると二人はよく似ており,皆は驚くばかりである。不思議に思ったチャーリーは,夜にルイーズの枕元に近づいてパスポートで確認すると,1982年8月22日ベルリン生まれで,自分と同じであることを知る。翌日,二人は双子の姉妹であることを悟ると,心からの仲良しになってしまう。しとやかなルイーズもおかけでだいぶ活発な女になってきたようである。二人は母ザビーネ・クローガーのミドルネームがルイーズロッテであり,母が自分の洗礼名を子供たちの名前につけたことをも知り,愛し合っていた夫婦を元どおりにしたいと思うようになった。そこでチャーリーのアイデアで二人は「入れ替え作戦」を展開することにして,それぞれの家庭の情報を教え合った。 3週間のサマースクールを終えた二人は,こうしてそれぞれ相手の家に帰って行くのであるが,当然のことながら,おもしろいことというべきか,珍事というべきか,とにかくさまざまなハプニングが起きる。広告代理店の部長を務める母ザビーネの家に帰ったチャーリーは,洗濯もうまくできなければ,部屋の後片付けも上手でない。昼食に出かける約束時間に戻らない母ザビーネの会社に出かけて,会議中の母に「いつものようにいい子でいるよう」に宥められると,会社の非常ベルを鳴らして,騒動を巻き起こしてしまう。母との再婚を望んでいる広告代理店の上司ディータとその娘ギーシャの4人で夕食をしているときには,その上品な雰囲気を台無しにしてしまうありさまである。一方,作曲家の父ウルフの家に帰ったルイーズは,部屋に散乱しているアルコール類のビンを手際よく片付ける。父ウルフはミュージカル『フランケン博士の怪物』上演を目の前にしてその資金集めに奔走しているが,なかなか資金は集まらない。沈み込んでいる父の前でルイーズは,ピアノを演奏して父を慰める。それどころか父を誘惑するアル中の女性歌手サニーを家庭から追い出すことにも成功する。さらにルイーズは学校ではチャーリーの替え玉で追試験を受けて,勉強の苦手なチャーリーを救う。ミュージカル上演に行き詰まった父ウルフは,そんな中,昔自分が作曲した曲をピアノで弾き始める。静かで,落ち着いた曲であり,ザビーネとの間に双子が生まれた頃に作曲したものである。ルイーズからこの曲の録音を受け取ったチャーリーは,それを母ザビーネの上司ディータに届ける。ディータはその曲がとても気に入る。実はディータは宣伝広告のための音楽を探していたが,なかなかふさわしいものが見つからなかったのである。
こうしてチャーリーとルイーズはついにハンブルクで父母と4人で会う機会を設けたのであるが,父母の言うには「大人の愛はそんなに簡単に元に戻せるものではない」という。父ウルフ側ではアル中の女性歌手サニーは追い出していたので問題はなかったが,最大の問題は母ザビーネは上司ディーに再婚を申し込まれていて,それに応じる決意を固めつつあることだった。そこで父ウルフは双子の姉妹を母ザビーネのもとに置いて,一人でベルリンに帰って行く決意をするが,その夜にチャーリーとルイーズは家を飛び出して,二人の思い出の場所であるスコットランドの灯台へ出かける。夜通し,心配し続けて,やっと情報を得た父母は,飛行機でスコットランドに向かう。ちょうどそのとき灯台は嵐に見舞われ,双子の姉妹は助けを求めているところであったが、父母らに無事保護された。
こうして家族4人は一つの危機を乗り越えることによって元の鞘に収まるかに見えたが,父ウルフはやはり一人でベルリンに帰ることとなり,最終場面は母と娘たちがハンブルク駅で父を見送るシーンである。チャーリーは父に手紙を渡して,列車の中で読んでほしいと言う。母は夫に「あなたの音楽は本物だわ」と褒めて,別れを告げる。ベルリン行きの列車は動き出した。列車は遠ざかって行く。父は娘チャーリーからもらった手紙を開いてみると,手紙にはこう書かれていた。「人生には急停車が必要な時もある」 (Es gibt Momente im Leben,da mus man die Notbremse ziehen!!)見送りの三人は向きを変えて,帰り始めていた。しばらくしてから背後で列車が急停車した音が聞こえてきた。振り返ると,急停車した列車の中から父ウルフがバッグも投げ捨てて走って来る。母ザビーネと双子の姉妹の3人は,喜びにあふれてウルフに走り寄る。4人はプラットホームで抱き合って,喜び合う。
やはり見どころはこの最終場面であり,そこでは父ウルフの作曲した音楽も同時に流れて,さわやかで感動的である。父ウルフと母ザビーネは,10年前には自分たちのそれぞれの仕事や課題に負われる毎日で,幼い双子の将来のことを考えるゆとりはなかったが,こうして10年後の娘たちによるさまざまなハプニングを通して初めて「子供心の分かる大人」になったと言えよう。映画の冒頭にもナレーターによって語られているように,「子供心を忘れない人こそ本当の大人」なのであろう。父ウルフはミュージカル上演に挫折したとき,昔自分が作った曲をふと思い出して,それをピアノで弾くことによって「子供心」を見出したのであり,母ザビーネもそれをテープで聞くことによって「過去」を見つめ直すきっかけを得たのである。映画の中でも重要なセリフとして数回出てきたように、「人生には急停車が必要な時もある」のである。現代の私たちの生活はあまりにも多忙を極めており,ここで急停車も必要なのではあるまいか。新幹線の中では膝の上にパソコンを置いて仕事に専念したり,携帯電話で商談を進めているビジネスマンを多く見かけるようになった。のんびりとした気分で外の景色を楽しむゆとりはまったくない。一日中,仕事に負われて,読書や芸術作品に接する時間がだんだんと少なくなってきている。IT社会となって,確かに便利にはなったが,しかし,それだけいっそう忙しくなってきたことも事実である。私たちの未来の生活はいったいどこへ向かって行っているのだろうか。ここで急ブレーキをかけて,乗り物から降り,その土地を散策してみるのもよいのではあるまいか。日常生活の中でときどきは急ブレーキをかけて,過去を見つめ直し,昔の「子供心」に戻るのも大切なことではあるまいか。この映画は,そういう「子供心」を忘れずに,未来に向かう必要を教えてくれる作品とも言える。このような名画をはじめ,さまざまな芸術作品に接して,心から感動し,人間として生きていることの喜びをかみ締めることのできる「心のゆとり」こそ,ますます多忙な現代社会において最も大切なことではないかと思う。

参考文献

 エーリヒ・ケストナー(池田香代子訳)『ふたりのロッテ』(岩波書店)
 エーリヒ・ケストナー(高橋健二訳)『ふたりのロッテ』(ケストナー少年文学全集第6巻所収 岩波書店)


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