【す だ ち】徳島大学附属図書館報 第28号
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○「知的感動ライブラリー」(1)

附属図書館長 石川 榮作

日時 平成19年5月31日(木)午後4時30分〜午後6時40分
場所 徳島大学附属図書館本館(常三島)3階大視聴覚室
東映映画『バルトの楽園(がくえん)』(平成18年6月封切り,2時間10分)


作品の解説

まず映画の舞台は,第一次世界大戦中,中国の青島(チンタオ)で捕虜となったドイツ兵 4,700名のうちの約 1,000名が収容された徳島の板東俘虜収容所(現在の鳴門市大麻町)です。題名の「バルト」とは,その俘虜収容所の松江所長(松平健)がはやしていた「カイザー髭(Bart)」のことで,「楽園(がくえん)」とは,そのドイツ俘虜たちによってベートーヴェンの『第九』が演奏された「音楽の園」という意味です。これが日本における『第九』初演(1918年6月1日)ということは,皆さんもご存じのとおりです。
この映画の主役は松平健の扮する松江所長ですが,もう一本の柱を支えるのがドイツ側のクルト・ハインリヒ総督(架空の人物)です。この重要な総督役を演じるのが,『ベルリン・天使の詩』や『ヒトラー 最期の12日間』で有名なブルーノ・ガンツで,松江所長の「カイザー髭」とは対照的に「ほお一面の髭」(Vollbart)をつけて登場しています。この両俳優の重厚な演技によって,国境を越えた真実の友情が感動的に描かれています。
この二人の名優のほかに映画の柱をしっかりと支えているのが,パン職人カルル・バウム(オリバー・ブーツ)とハーフの少女(大後寿々花)の物語です。カルルは久留米収容所でも何度か脱走を企てたことのある粗暴な兵士として登場し,その後板東俘虜収容所へ移されてからも脱走します。しかし,逃げ込んだ地元の農家で粗末ながら温かいもてなしを受けたことにより人間への不信感も溶けて,自らの意志で収容所に戻ります。誰に助けられたのかと尋ねられても,その農家に迷惑をかけることになるので,「ただ山中を逃げ回っていただけだ」と答えます。そのようなカルルの心を悟った松江所長は,かつてパン職人であったカルルにこの収容所でパンを作ってくれないかと頼みます。収容所内の製パン所に案内されてパン生地をこね始めたとき,カルルの目からは涙がこぼれます。猛獣のようなカルルが,松江所長の温かい心に触れて,人間に戻った感動的な瞬間です。
カルルの話はそれだけではありません。ある日,一人の少女がドイツ兵の父を探し求めて板東俘虜収容所へやって来ます。その少女「志を」は,母が日本人というハーフの娘で,母が病没したためドイツ兵の父を探しているのです。松江所長の計らいでその父親探しが始められますが,その父はカルルらの戦友で,無念にも青島戦で戦死していたことが判明します。しかもその父フランツは,映画の冒頭で映し出されるシーンですが,日本兵を相手にして戦うことができないと言って,銃を空に向けて放つばかりで,ついにはカルルと殴り合いをしたこともあります。日本人を相手に戦えないというその戦友の真意をカルルは,この少女を目にして初めて理解するのです。やがて第一次世界大戦が終わり,ドイツ俘虜たちが解放されて帰国することになったとき,カルルは神戸に残ってパン職人になる決意をしますが,そのときその少女を自分の娘として引き取ることを松江所長に願い出ます。
亡き戦友へつらくあたった罪ほろぼしであるとともに,天涯孤独となった少女に対して父親代わりになることによって自分自身のこれからの人生にも光を見出そうとしたのです。少女志をも最後にはカルルの申し出を受け入れます。このカルル・バウムと少女志をの物語は,兵士の粗暴な面も含めてまったくのフィクションですが,このパン職人のモデルはのちに「バウムクーヘン」で知られる神戸のドイツ菓子店「ユーハイム」の開業者・(カルル・ユーハイム)です。
以上のほかに,この映画の見せどころは,やはり何と言っても,ドイツ兵たちが帰国するにあたって催すことになった最後のベートーヴェン『第九』演奏場面です。ハインリヒ総督の挨拶が終わって,『第九』の音楽が響き始めると,スクリーンには故郷ドイツの美しい風景が映し出されますが,そのとき青島の戦いで両目の視力を失った兵士ドンゲルが突然「ドイツが見える・・・祖国ドイツが見える!」と呼び出す場面は感動的です。『第九』演奏の間に交互に映し出されるドイツと日本の美しい風景は,この失明のドイツ兵の目から見た「心の風景」です。そのドイツ兵の色眼鏡の下から涙が流れ落ちる場面は,決して見逃せません。またこの最終場面は,先に催した「俘虜製作品展覧会」のシーンと同様,多くの地元民たちもエキストラとして出演しており,当時さながらのドイツ兵と地元民の「心の触れ合い」が感ぜられて,その点でも大きな意義があると言えましょう。
国境を越えた真の友情と人間愛を描いた映画『バルトの楽園』を是非もう一度ご鑑賞ください。


参考文献

 古田求 『バルトの楽園』(潮出版社,2006年5月)
 林啓介 『「第九」の里 ドイツ村」(井上書房)
 棟田博 『日本人とドイツ人』(光人社NF文庫)
 横田庄一郎 『第九「初めて」物語』(朔北社)
 横田新 『松江豊寿』(歴史春秋出版)


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