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整理
番号
図 名 縦(mm) 横(mm) 阿波国文庫印 不忍文庫印 体裁 和暦 西暦 様式 彩色 閲覧制限 高精細画像
49 御城下絵図(題簽) 1573 1172 × × (享保12頃) 1727 手書 彩色
料紙種類 数量・形態 分間(縮尺) 表装・箱情報 保存状態
楮・雁皮系 1鋪・折り畳み ナシ・見取図 題簽 一部破損
画 像
元データの容量
19,169px × 14,321px
(幅×高さ)
785.4MB
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備 考
題簽に「寶暦(1751-64)頃のものならん歟」との付紙あり.
解 説

初代藩主蜂須賀家政は,天正13年(1585)に阿波国に入部後,吉野川河口に位置し,交通の要地をなす徳島に城下町を建設した.徳島城下町の特徴は,新町川・助任川・ 寺島川などの分流によって形成された中洲上に城下町を建設する「島普請」にあった.城郭は,それまで渭山(いのやま)と呼ばれた城山に置かれ,その周囲の徳島・寺島・出来島・福島・住吉島・常三島(じょうさんじま)などに侍屋敷を配した.本図には,そうした高取士分の武家屋敷地が姓名入りで記されており,藩士名の分析から享保12年(1727)頃の様子を描いていることがわかる.

なお,町屋が置かれた寺島内町・新町・助任地区は空白となっている.


平成17年度科学研究費補助金・基盤研究(B)「GISを用いた城下町に関する歴史情報システムの構築と分析」(研究代表者:平井松午 徳島大学総合科学部教授、課題番号17320135)

参考文献
福井好行(1957):近世城下町としての徳島,徳島大学学芸紀要,7.
服部昌之(1966):城下町徳島における都市構造の変容過程,地理科学,5.
矢守一彦(1970):『都市プランの研究』大明堂.
沖野舜二(1972):徳島-御山下絵図,原田伴彦・西川幸治編『日本の市街古図【西日本編】解説』貸間研究会出版会.
根津寿夫(1994):城下町徳島の再編について-下屋敷を中心に,史窓(徳島地方史研究会),24.