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整理
番号
図 名 縦(mm) 横(mm) 阿波国文庫印 不忍文庫印 体裁 和暦 西暦 様式 彩色 閲覧制限 高精細画像
46 淡州海岸図(端裏) 1820 2360 × × (嘉永2頃) 1849 手書 彩色
料紙種類 数量・形態 分間(縮尺) 表装・箱情報 保存状態
楮・雁皮系 1鋪・折り畳み 約4寸1里(約32,400分の1) 端裏 良好
画 像
元データの容量
18,712px × 15,423px
(幅×高さ)
825.6MB
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備 考
徳47「淡州灘之図」と記載内容が同じ.図中の76ヶ所に,沿岸諸村の村名と里程を記した懸紙が付されている.絵図余白に,郡・村境,陣屋,石火矢居場,見張番処,狼煙などの凡例あり.
解 説

江戸幕府は,異国船の来航が頻繁になった幕末の嘉永2年(1849)に,海防体制の一環として沿岸諸藩に対して海岸絵図の作製を求め,海岸線の長さや沖合の水深,番所や大砲台場などの海防施設を図示することを指示した.水深は,海岸から沖に向かって30間(約54m),1丁(約108m),5丁,10丁,20丁,30丁ごとに示された.本図はこうした幕府の指示のもとに作製された海岸絵図(沿海浅深絵図)であり,淡路島の形状は元禄度の淡路国絵図(徳44)を踏襲している.徳島藩では,明和8年(1771)にロシア船が牟岐・日和佐浦沖に現れて以降,たびたび近海に異国船が出没し,藩は海防体制を強化していた.

なお,本図の懸紙に記した内容については,徳47「淡州灘之図」では直接図に書き込まれているので,本図は「淡州海岸図」を作製するための下図とみられる.

なお,本画像データは文部省平成10年度科学研究費補助金研究成果公開促進費による「国絵図高精度画像データベース」事業において作製した.

参考文献
川村博忠(1992):『近世絵図と測量術』古今書院.
金原祐樹(1997):徳島藩の海防に関する二・三の史料,史窓(徳島地方史研究会),27.